謀
「…あいつが帰ってくるのか!?」
あの士官が長い、諸国修行の旅から帰ってくるという噂が流れました。
姫様の、心待ちにしていたその刻が。
ヤマドリは、心乱されました。
姫様の幸福は、即ち自らの終末。
しかし、幸か不幸か、士官の帰還は宰相の失策によって取り消しとなりました。
いつも気丈な姫様が「もうあいつが此処に帰る日はこないのだろうと」涙を流しました。
ヤマドリは、ただ姫様の肩を抱くだけでした。
***
宰相は罷免され、代わりに群臣内で頭角を現していた男が宰相となりました。
これが皮肉にも、ヤマドリの寿命を縮める結果となったのですが。
新宰相は確かに頭も切れ、彼の施策は全てが的確で御座いました。
ですが、政策の目的を実現させるまでの手段が非情に過ぎただけなのです。
「―――あのヤマドリは、どうにかならんのかのう」
姫君の父君たる王が、宰相に問いました。
「昔、白い翼の国を滅ぼした際に、白い翼の女王の恋人であったヤマドリが
『ヤマドリ族の男が鴎の国に入る時、鴎の国に災いあれ』と呪いをかけ、事実そうじゃったろう。
―――あのヤマドリが来るまでは、な」
父王は、ヤマドリの存在こそが魔法使いの呪いであると恐れていたのです。
「それに、姫は『もしこのままあいつが戻らぬなら、私はお前の妻になろう』などと口にしてたというではないか。
ワシの娘をセイレーン何ぞにくれてやる気にはどうしてもなれん
―――何としても、あの男を呼び戻せ。姫は、喜んでそちらに嫁ぐだろう」
***
「…縁談、だと?」
姫様は、顔に憂いを見せました。
「私は、自らの恩人こそを夫に迎えようと欲している。
顔も知らぬ男に嫁ぐのはどうにも気が進まぬが…行くよりあるまい」
ヤマドリは、姫様の位に沿わぬ縁談に心を痛めました。
***
鴎の国の浜辺に、豪華な船が停まりました。
姫様のみならず、ヤマドリも含めた群臣達も港で出迎えました。
華やかな甲冑に身を固めた男が、船から降りて参りました。
「ああ…彼だ!彼だ!私の命の恩人よ!」
他でもない、一度帰国を拒んだはずの士官で御座いました。
「自らの慢心によって客死すると思われた所に、祖国の救いが参ったのです。
恩義に応えぬ訳には参りませぬ…もう、私は自らの想いを隠しませぬ。姫様、お慕い申し上げます」
士官は姫様の手を取りました。
「ああ、この世に生まれてからというもの、この様に幸せなことなどない。
お前も祝福してくれるだろう?誰よりも私の事を想ってくれるお前の事だからな」
もうこの時点でヤマドリの心臓は痛み始めていたのですが、それを顔に出すことなく、姫様の手に口吻致しました。
***
追い討ちをかけるような通告が、宰相殿より出されました。
「ヤマドリを始めとする、異類の将軍たちの任を解く」
表向きは、姫様の婚礼の資金を捻出するため。
本音は、父王の意向を反映した放逐。
ヤマドリを慕う兵士たちは、宰相殿の邸に押し寄せ、ヤマドリを城に残すように要求致しました。
『ヤマドリ様はこの国の財政が苦しい時にありて自ら俸給の減額を申し出、
また戦功としての俸給も少ししか受け取らなかった男だぞ!』
『鴎の国に、最も忠誠を捧げているのはヤマドリ様に他あるまい!!』
しかし、頑として宰相殿は意思を曲げようとはせず、遂にヤマドリ達は荷物を纏めざるを得なかったのです。