すれ違う想い
そんな日々が続くかと思っていた頃、ヤマドリを兄のように慕った士官がこう言い出しました。
「この連邦の外へ出て、修行をしたいのです」
姫様は、直ぐには許可を出せませんでした。
ヤマドリは、何故彼の望みを聞こうとしないのかを問い質しました。
「あの男が、修行先で、良い女を見つけてしまわぬかと、心配なのだよ」
姫様の其の発言が何を意味しているか、理解できぬほど愚かでもありませんでした。
「昔、船上での宴の最中に嵐に見舞われ、海に投げ出された事があってな。
浜辺に流れ着いた私を最初に見つけ、介抱したのがあの男だ」
その前に、貴女を浜辺まで運んだのは誰だと、どんなにか告げたかったでしょう。
しかしそれを口にしてしまった瞬間、ヤマドリの存在自体が無に帰するのです。
***
彼の修行の旅は、とても長いものでした。
時々便りを鴎の国に寄越しましたが、その手紙を見る度に、姫様は彼を恋しく思いました。
ヤマドリの気持ちには気づいていなかったのでしょうか?
いいえ。姫様も、そこまで鈍いお方ではございませんでした。
姫様は軍事をヤマドリに任せ、また城では大きな権限を与えました。
されど其れは有能な臣下に対する待遇で、ヤマドリを夫に迎えようとしていたわけでは御座いませんでした。
「もしこのままあいつが戻らぬなら、私はお前の妻になろう」
姫様はそう言って笑いましたが、ヤマドリにはそれだけでも十分でした。
***
幾年が過ぎたある朝。
『雷鳥の姿が、城から消えた』との報告がございました。
後には、ヤマドリに宛てられた一通の手紙。
「敬愛するヤマドリさんへ。
この城は、鳥籠に囚われた鴎しかおりません。
貴方はここの姫を愛していらっしゃるようですが、果たしてそれは命を賭けるほどの恋で御座いますか?
この国は、功ある将軍たちを使い捨ててきた国です。
貴方の無償の愛が裏切られる日が来るのが怖いのです―――俺の故郷へ至る地図を同封いたします」
地図には、雷鳥の故郷である高山の郷へと至る道筋が記されておりました。
ヤマドリは、その地図を火にくべました。
「悪いな、俺は彼女の魂こそが欲しいのだ」