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翼持つ者たちの唄  作者: はぐれイヌワシ
2/7

白い翼の国で


あれ以来、例のヤマドリのお顔が優れません。

毎日の様に、海に階段が続いている鴎の国の宮殿まで飛んで行って、あの姫様の様子を窺うのです。

しかし、どうやっても宮殿の中には入る事が出来ません。

近づこうとすると、セイレーン族だけを拒む見えない壁に邪魔されるのです。


郷に戻れば、彼は民衆に最も人気のある当世最強のセイレーンです。

当然、美しい―――もしかしたらあの姫様より―――女セイレーンが沢山言い寄ります。


しかし、いくら姫様に似ている女と遊んでも、

客観的に姫様より美しい女と戯れても瞼の裏に移るのは鴎の姫様だけ。

共にいるのが姫様で無ければ―――どんな愛の言葉も接吻もそれ以上の行為すらも

―――意味を成さないのです。


「いい加減、あの国の姫など忘れてしまったらどうだ?」

旅で何が在ったのかを悟った長老が囁きます。

「嫁なんぞ、今言い寄って来てくれている女達の中からお前好みの奴を見繕えばいい話だ」

しかし、頑ななヤマドリは。


「長老殿、俺がどうしてもあの国に仕えたいか言ったらどうします?」


長老は憂い。

「―――あの国の見えない壁は、

白い翼の国が滅ぼされた後にお前より強いかもしれない魔法使いが作った、

我が郷のセイレーン族にのみ作用する呪いだ。

我々の体内に刻まれた呪いさえ解ければ、宮殿にも入れるようになるだろう。

―――しかし魔法使いは、あの国の近くの森に潜み、今も復讐の機会を窺っている男だ、

お前が出向いても協力はすまい」


「情報有難う、では早速行って参ります、今まで有難う御座いました長老殿!」

言うなりヤマドリは物凄い速さで飛び立ちました。


「ああ、しまった!とんだことを口走ったものだ!!」

長老は急いで追いかけますが、何しろヤマドリは飛ぶのも早く、追いつけっこありません。


あっという間に姿を晦ましてしまいました。


長老は、ヤマドリが一度羽ばたけば止められる者等何処にも居ない性質のセイレーンだった事を

今更思い出しつつ、郷の戦士を呼び集めました。


***


さて、ここはかつて白い翼の国があった廃墟の近くの森。

その奥にある一軒家では、彼と同郷のヤマドリ族の魔法使いが日々、怪しげな研究に取り組んでいました。

といってもその大半は何らかの形で役立ったりするので、

戦争になるといつも色んな国から莫大な報酬を貰って研究に参加していました。


そこに

「お邪魔致します、高名な魔法使い殿」

武勇は確かかも知れんが頭はそれほど良くないらしい故郷の若いセイレーンが乱入して来た物ですから。


「裏切り者予定のヤマドリが何の用だ。

―――そもそもどうやって道中の獣達をやり過ごした、あれは俺が実験の為に放し飼いにしていた奴らなんだが」

眉間の皺を更に深くしました。

「それならみんな倒してきました。では用件に入ります。

『鴎の姫様に恋をしてしまったから、我々一族の呪いを打ち消す薬を貰いに来ました』」


「…正気かぁ?」

「愛に正気も狂気もあるものか。俺は、とにかく姫様の側に居られるなら」

「…来い。見せてやりたい物がある」

魔法使いは、ヤマドリを奥の部屋に通しました。


***


そこには、とても色の白い、ヤマドリの知らない美しい女性が描かれた肖像画が飾ってありました。


「…誰ですか、これ」

「嘗てこの地に存在した『白い翼の国』の女王であり―――俺が全てを捧げ、永遠の愛を誓い合ったひとだ」

「!」


「18歳の誕生日を迎えて諸国を巡っていた俺は、偶然出会った白い翼の女王に一目で恋をした。

時が流れて結婚式を目前に控えたある日、鴎の軍勢がこの国に押し寄せた。

持てる力の全てを振るって彼女だけでも護り抜こうとしたが…かなわなかった。

息絶えた彼女を抱え、一人逃げ延びた。

俺は魔法で自らの翼の色を純白に変え、愛する女王の墓守としてこの森に留まる事を選んだ」

「…」


「同時に、俺は彼女を殺した『鴎の国』に呪いをかけた。

『ヤマドリ族の男が鴎の国に入る時、鴎の国に災いあれ』と。そしてヤマドリ族は鴎の国に入れないようにした」


「…つまり、俺が鴎の国に入ったら、鴎の国に何か悪い事があるかもしれないって事か?」


「愛に正気も狂気も無い、と言ったな。今が俺の呪いを成就させるいい機会かもしれん…外で待っていろ」


***


そして小一時間後…

「ほら、出来たぞ?」

それは、光を通さない真黒な小壜に入った、一見して不味そうな薬でした。


「お前に渡す前に言っておくけどな」

「ん?」

「この薬は、液体だけでは唯の栄養価も何もない唯の液体だ。

魔法使いと被魔法者…つまりお前が『代価』を支払って、初めて魔法の効果が出る」

「代価って…契約か?」


ヤマドリは、何かを思い出したかのように真っ青になりました。


「まさか…俺は喋れない状態で」

「ああ、遥か北の国の、口が利けなかった結果泡になってしまった『前例』はそうだったけどな。

あれから件の魔女はその人魚姫の父王によって幽閉され、

もっと軽い誓言で同じ効果が発現する薬の開発をさせられたそうだ。

結果、俺が今作った改良版の完成翌日に泡になったそうだがな」


今2回程出てきた『泡になってしまう』という表現。

これは人魚達の間では『死より恐ろしい』事とされています。

普通、500年程の寿命を持つ人魚はその時を迎えると、人間と同じ様に肉体を残して魂は砂の下に沈みます。

しかし、寿命を全う出来なかった人魚は肉体も魂も泡となって消えてしまうのです。

肉体無き人格の消滅は、最も不幸な事とされているのです。


そして、嘗ては人魚と祖を一つとしていた空飛ぶセイレーン達も寿命を全うできないと

羽だけになって散ってしまうのです。



「…って事は、俺はあの城に入っても普通に喋れるって事で良いんだな?」

「ああ。ついでに足も地上を問題無く歩ける強度になっている。その代わり――――」

「誓言の内容は?」


「『お前が姫を助けた事を言ってしまった』『姫が人間の男を選び、お前を宮殿から追い出す事にした』

このどちらかが起こってしまったら、その時点でお前の心臓は張り裂けて肉体も魂も散ってしまう」


「」

(…肝心な事が伝えられないなら、何も変わってねーじゃねーかよ!!)


「どうして、よりによってその事実だけ」

「流石の魔女も誓言をここまで緩めるのが精一杯だったんだろうよ。

…さて、鴎の国に災いが起こるかも知れなくても、お前は姫様に会いに行きたいか?」


「それでも俺は姫様に会いに行くよ。昔よりは、魔法薬も進歩しているって解ったし」


「お前は…天国に向かえる魂は欲しいか?」

「?」


「死したセイレーンの魂は砂の下に眠るが、人間の魂は天国に向かい、転生を繰り返す。

人間と結ばれることで我らセイレーンの魂は人間と同様に天国へ向かえる様になるという。

セイレーン達は故に人里に降りて、人間と同質の魂を求めるというが…」

「それなら欲しいです!天国ってどんな所なんでしょうねぇ?」


「もし姫様の愛が得られないとしても、か?」

「―――」

ヤマドリは、今はまだ応えられませんでした。


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