そらと海のいろ
恥ずかし過ぎたあの頃へ
誰もが持つ「想う気持ち」、その炎は胸の奥に灯り、明日への光となります。
私たちノザラシ製薬は、皆さまの思春期に寄り添い成長を促すことを理念とし、全ての経験が美しい結晶となるよう、誠実努力を根柢に、日々研究開発、製造販売に邁進しております。また、混沌たる環境の中、若人たちの魂管理に携わる妖精界からも、高い評価と信頼をいただいております。
未だ成就ニーズが満たされぬ今世の皆さまにも更に貢献したい私たちの情熱をダイレクトに伝える為に、新たに創作媒体への取り組みも開始致しました。
今後とも変わらぬご支援をどうぞ宜しくお願い致します。
ノザラシ製薬 代表取締役 谷屋岳武
恋は突然である。お子様から御年輩の皆様まで、誰もが落ちる謎の魔法である。我を忘れ冷静さを蹴散らし、時として未来をも揺らす。殆どが露の如く消え、心に燃え滓が残る事もある。
取り敢えず、ヒトの恋路は笑ってはならぬ。
「一緒に歩くの、なんだか申し訳なくなるよ」
「なんで。なんか嫌だった?」
「ち、違うよ、だって……釣り合ってないんだもの。私、地味だし」
「そんな事ないよ、全然地味じゃないよ。岩野田さんは、せ、清楚っていうんだよ!」
右は交際開始直後の十代初恋カップルの会話だが、くれぐれも笑ってはならぬ。「こっぱずかしい」「馬鹿みたい」などと、茶化す事もならぬ。
素直に「羨ましい。自分もこんな時間が欲しい」とオノレの心に正直になるが良い。もしくは「自分も若い時分に経験したかった」と悶絶し、のた打ち回り渇望するのが、真っ当で大変好ましい。
いにしえより伝わるは、真っ赤な林檎とネイビーブルーのティシャツの逸話であろう。いつの世の女子にも、可愛らしさを貫くは年下の男子であろう。
セオリー通りの生徒が今、氷川商業高校入学式の会場にいる。岩野田みかこという名の、アーモンド型の奥二重が印象的な、スラリとした和風女子である。
(河井君の始業式は昨日だったよね)
集中力が途切れて少し下を向くと、顎より少し伸びた漆黒のボブが緩く揺れた。
(今は授業中かな)
彼女が思いを巡らすのは案の定、年下の彼氏の事である。北国の春は遅く、日陰にはまだ根雪の名残が残っている。
「お、何だよ」
所変わり同市内、市立氷川中学の二年三組教室。親友の大澤リュウジの背中をシャーペンで突いているのが、件の河合マサキである。がっつり眼力とキュートなおデコを持つ、利発なちびっこ男子である。
「ちょっとズレて座れや。お前の背中で前が見えねえ」
「おう悪かったな。変わるべ。センセー席替えしていーですかー」
ガタガタと移動する二人の身長差は三十センチはあろうか。
「小さいと難儀だべ」
「テメエ様がデカ過ぎるんだべ」
こう見えてどちらも全国中学バスケのエース格、学校の看板選手。しかし中身はまだまだコドモ。机上には真新しい教科書とノート。どれもピカピカ初々しく、角は尖って痛いのであった。
市立氷川中学は全国に名をはす教育指定校である。教育熱心な御家庭が校区を目指して転居する、不動産価値もうなぎ上りの御立派な中学校である。
その第二学年に河井マサキは在学中だ。岩野田みかこの在籍は昨年度まで。そしてワタクシの手元には今、薄い茶封筒がある。中には捺印の並んだ書面が一枚、ヒラリと入っている。
営業部三課〇〇年度3 51831603号
先手:市立氷川中等学校 二年三組 河井 マサキ
後手:道立氷川商業高等学校 情報処理科 一年B組 岩野田みかこ
発動開始日 〇年三月吉日 ハルヤマ動物園 爬虫類館 白ヘビ前
初恋案件の指示書である。尚、発生時の略説は以下の通りであった。
『河合マサキ(先手)は氷川中入学直後の美化委員会にて、当時三年の副委員長の岩野田みかこ(後手)にひと目惚れ。片思いを続けていたが、高校受験目前の情緒不安定な岩野田を見て意を決し、校内で合格ジンクスの評判・人気の高い「バスケ部リストバンド」を岩野田に貸出。
三月下旬、岩野田、氷川商補欠合格。リストバンド返却予定日を河合により大澤・佐藤カップルとのダブルデートに変更され、終日ハルヤマ動物園へ。
(備考:当時岩野田はバスケで有望な大澤のファン。特に大澤が年上彼女・佐藤ミヤコと遠距離恋愛中である件が岩野田のツボ)
動物園・爬虫類館内にて、河合は岩野田にリストバンドを譲渡。告白に至りその後成就。
(備考:氷川中でのバスケ部リストバンドは彼女の証)』
高校合格の喜び、憧れの大澤カップル達との楽しいお出掛け、からの、氷川中ジンクスのリストバンドの効力を活かす成就までの美しき流れ。中坊初恋イベントとして非常に有効であったと言えよう。
当日はワタクシも現場に立ち会っていた。白ヘビ舎の前での告白はナニでソレだが、前任者はネットでの春休み無料配信映画を布石とした。某英国魔法使い作品である。
「天候と予算の関係で無理ヤリ感は承知だったのですが」
「ご英断です。この時期の動物園は混雑も有りませんし、邪魔も入らず何よりでした」
「だけど白ヘビさんは恋愛運じゃなくて金運でしたね」
「しかし銭が無くては色恋も進みませんし、昨今の不景気にはピッタリですよ」
笑顔で引き継ぎをした早春の午後であった。気温は低いが快晴で、動物園名物のトビのフリーフライトは、二人の門出を祝うように舞った。
我等は恋の妖精さんである。ヒトの繋がりに纏う様々な流れを管理運営、日々の成長を促し見守るのが、我が成就株式会社の業務である。
尚、ワタクシは北支店営業三課、初恋部門の中堅である。ルックスは蕾のままミイラになったアラサー女子。可愛い恋の担当なので、通称名はカワイという。
響きが奇しくも河井と似ている。素敵な御縁となりますよう、心より祈念致す次第であります。