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プロローグ

突然だが、吉野彼方という男の生涯を語ろうと思う。

彼は、どこにでもあるような家庭で生を受け、両親の愛情を受けながら育った。だが、不幸なことに高校2年の夏、彼はトラックにひかれそうになった猫を助けようとして死んだ。

小学生の頃の甘い初恋や、中学生の頃に河川敷で必死になってエロ本を探していた思い出等いろいろあるのだが、要約してしまうと彼の生涯は原稿用紙半分にも満たない人生だった。と、言い切るのはまだ早いのだが、走馬燈というものを体験し、既に意識が体から離れているので、死ぬのだろうなと思っている。

しかし、17年付き添ってきた体なのに、こうして俯瞰してみると赤の他人のように見える。

俺って結構不細工だったんだな。鏡の前とは大違いだ。

稚魚のようにピクピクと痙攣していた身体が徐々に力を失い、赤黒い液体と共に顔が白くなっていくのが分かる。

あぁ、やはり死ぬのか。

横たわった彼の腕の中で猫が顔を出して鳴いている。

少なくとも俺の死は無駄じゃなかったんだな。

少し安堵すると突然睡魔が襲ってきた。

ダメだ。とても眠い。俺の身体はどうなるのだろうか、そういえば六文銭とか持ってないぞ、俺もしかして三途の川を渡れないのか?

そんなことを考えていると視界がブラックアウトした。



・・・音

どこからか音が聞こえる。

海の底から外界の音を聞くように籠った音だが、なぜか心地が良い。

規則的なその音は徐々にクリアに聞こえてきた。

なんだろう、心音か?

しかし、もう身体の無い俺にとってはあり得ない音だ。

音の所在を知るべく、俺はゆっくりと目を開けた。

本当に目を開けたのか気になるぐらいの暗闇が眼前にあった。


「あ、彼が目を覚ましました」

振り向くと少女がいた。周りをよく見ると俺は少女に抱きかかえられているのが分かった。あの音は彼女の心音だったのか。

「思ったより早かったね」

どこからか少女より少し大人びた声が聞こえた。


「ノーラ、どうしようか。この子にするかい?でもね彼は平々凡々で、とても魔王を倒せるような魂を持ってないよ」

「そうなのですが、もうここまで連れてきてしまったので」

「うーん。そうか、君がそういうなら。喜べ少年、君は選ばれたんだ。魔王討伐という大役を」

魔王討伐?何をいっているんだ、全然理解できないぞ。


「うん。そうか、魂のみになってしまったから反応をしようにも出来ないんだった。ノーラ、頼んだ」

ノーラと呼ばれた女の子は何かを呟き出した。その言葉は俺が日常的に使っているモノではなく全く理解できなかったが、何故か心地のよい感じがした。

まるで母の体内で聞く子守唄のような、そんな...

すると今まで気にしてはいなかったが四肢の感覚や五感が少しずつ見に宿るような感覚を覚えた。


「吉野カナタさんでしたっけ。あなたを見たのは、ほんの一瞬なのでいまいち覚えてないのだけれど、こんな感じだったかな?」

と、彼女は何処からか姿鏡を持って俺に見せてきた。

今までほぼ毎日当たり前のように見てきた、短髪でどこかうだつの上がらない自分の体がそこには写し出されていた。

「お・・・おれの・・・からだ・・・うっ!!」

突然苦しくなり俺はその場で崩れ落ちて悶えた。

「大丈夫ですか!?」

「ん?・・・ああ、君はこんな短い間に呼吸をすることを忘れてしまったのか。いいかい?それは君の体だ。落ちついて、ゆっくり生前ことを思い出すんだ。焦らなくていい、君が今まで全身に入れていた体の力をゆっくりと入れるんだよ」

言われるがまま、力を入れる感覚を徐々に思い出した。

あはは、生きるのって楽じゃないんだな。


「はぁ・・・はぁ・・・」

「ちゃんと、呼吸が出来たようだね、いい子だ。いいかい。君は一度死んだ。そして今、生き返ったんだ」

「死んだ・・・のか?」

「そうですよ。私を庇って」

今まで感覚で見ていた彼女の姿をしっかりと見る。

年齢は10代前半くらいだろうか。整った顔つきに乱雑に切ったであろう髪が特徴的だ。そして・・・耳?

彼女の頭部には漫画やアニメでしか見たことのない猫の耳がごく自然に付いていた。


「あんたは・・・人間なのか?」

「ニンゲン?ああ、人間ですか。うーん、違うと言えば違いますね。神様、私ってなんなんでしょうか?」

「亜人・・・だよ。なり損ないのね。よく見てごらんネコの耳をつけているが尻尾がないよね。本来亜人ならあるはずなんだが。人の形を模すとね、自然と尻尾の存在が不要になってくるのさ。そう考えれば、ノーラはなり損ないと言うより進化した亜人になるのかな。君の世界には居なかったからね。さぞ、不思議だろう」


亜人、創作物語の典型的な人種と言うのはわかるが、実物をみるのは初めてだ。

「亜人・・・らしいですよ。彼にこれまでのこと、これからのことを説明してくれますか?」

「ノーラは神使いが荒いな。ああ、良いとも。まずは私も人の姿を模すとしようか」

目の前に閃光が走り、その中から一人の女性が姿を表した。

白髪で顔はよく見えないが、きれいな人だろう。神々しく光るローブをまとったその姿は俺の想像するような女神そのものだった。

「女神・・・?」

「君にはそう見えるのかい?自己紹介からしようか。私は神だ。ちなみに性別は無いから女神ではないよ。少なくとも君達よりは遥か高位な存在だ。私は君の住んでいる世界ともう一つの世界を管理している。監視しているといったほうが正しいかな」


もう一つの世界?

「もう一つの世界が気になるかい?まあ、そう焦るな。順を追って説明するよ。えーと、その世界が今ピンチなんだ。100年ぐらい前だったかな、魔王を自称する奴が現れてしまってね、住んでいた魔物を凶暴化させてしまったんだ。そのせいでもう一つの世界。そこの住人は”エルドラド”と呼んでる。そのエルドラドが今ピンチなんだ」

「だったら神様が直接魔王を倒せばいいんじゃないか?」

「少年。私は、監視してるって言ったじゃないか。傍観しかできないんだよ神様って。不自由だろ?だから魔王を倒せる者をノーラを通して探していたんだ。なかなか見つからなくてね、途方に暮れていた時に危うくトラックに轢かれそうになったところを君が助けてくれたんだ。身を挺してね」

「その件に関しては、ありがとうございました。でも、私はあの世界で死んでも痛いだけで神様が蘇生してくれるので・・・」

「つまり、君は犬死ということだな」

ははは、と神は笑うがこちらは笑い事ではない。何せ死んだのだから。


「俺は、これからどうなるんだ?」

「取り合えず君にはエルドラドに行ってもらって魔王討伐をしてもらうよ。これは天命だよ、誇りに思ってもらっていい」

「天命って・・・」

「初めに言ったように君はとても平凡な人間だ。おそらく魔王を倒せる器ではない。そこで君には一つ能力を与えることにする」

そういうと神は俺の額に手をあて、何かを唱えた。

すると額から何かが入り込むような不思議な感覚を覚えた。

「ん!・・・何をしたんだ!?」

「まあ、百聞一見にしかずだ。とりあえず、このヒモで髪を結ってみるといい」

「俺、結えるほど髪長くないぞ」

「いいからいいから」

言われるがままに髪を結おうとすると髪が少し延びる錯覚を覚えた。そのまま髪をまとめて結んでみると一瞬ではあったが俺の意識が体から離れていく気がした。


「なっ!何が起こってるんだ!?」

ふと、自分から発せられている声がやけに高い気がした。

下半身に違和感を覚え下を向くと、二つの膨らんだ山が視界に入った。

「何だ・・・これ」

「君は女性を見たことがないのかい?」

「そんなわけないだろ・・・って、女性!?」

ノーラが再び出した姿鏡を見てみると、そこには全く知らない女性の姿があった。

不思議なことに同じしぐさを鏡の中の女性はとっている。つまり・・・


「女になったのか・・・俺は?」

「正解。なかなか可愛くて嫉妬しちゃうな。エルドラドでは魔術と言う結構反則的な力がある。君が魔術を使えるようになるには、遺伝子そのものを変える必要があるんだ。君には自らの遺伝子情報を書き換える力を授けた。髪を結うのはトリガーみたいなものだよ」

「可愛いですね。グラマーですね。堪らないですね!」

ノーラが俺を抱き締め頬を擦り寄せてくる。

「ついでに、付き人兼監視役としてノーラをあげよう。後は、この魔導書も。魔術には詠唱が不可欠だ」


「ちょっと待った。俺はまだ魔王を倒すって決めたわけじゃ・・・」

「これは失敬、利害関係がまだ成り立ってなかったね。じゃあ魔王を倒したら君をもとの世界に返してあげるよ」

元の世界に返してくれるのは願ってもない事だ。しかし、今まで普通に暮らしていた俺に魔王を倒すなんて大役をこなせるわけがない。

「俺にはむ・・・」

「おお、やってくれるんだね!これで話は成立だ。さあ、行っておいで」

突如足元が崩れ俺とノーラは地の底へと落ちていった。

「やるって言ってないぞー!!」

「あはは。何と言っているか聞こえないよー」

何と薄情な神様だろうか。生まれて初めて神を恨んだ。


落ちていく中でノーラが、

「これからよろしくお願いしますねカナタさん」

とにっこりと笑みを浮かべる。そんな状況じゃないんだよな。

「ああ!もうどうにでもなれ!!」

俺は目を瞑り覚悟を決めた。





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