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妖精さん 外に出る

 私は妖精だ。

 隔離された妖精の世界で、ある日発生した妖精だ。

 妖精は自然物から生まれ、自我を持ち、繁殖せずにいつか消えるもの。

 ということを私は知っている。生まれた時から知っている。他にも半端に知っている。総てを知っているわけではない。

 妖精は陽気に、気ままに、只々過ごす。

 過ごし方は様々で、花の香りを楽しみ、水を浴び、同胞と騒ぎ、独りで陽を浴びる。

 私の過ごし方は好奇心を満たすことだった。

 気になることで考えることが多く、自身もその対象。周りを観察し、自己を見つめ、同胞に奇異の目で見られることもあったが楽しく過ごした。

 そんな日々の中、あることに気付く。過ごし方にばらつきある中で、共通の娯楽があることに。

 読書だ。物語が書かれた書物がある。浅い洞窟に置かれている汚れない書物。誰かが決めたわけでもなく、皆が集まり、皆が楽しむ。

 記されているのは「人間」の物語。

 強大な敵に立ち向かい打ち倒す剣士の話。絶望的な災害を前に同族を団結させる子供の話。人知れず存在する悪を裁く魔法使いの話。

 それらの物語に皆は心躍らせた。

 私はその様子を見て思った。もっと多くの物語があれば、もっと皆が喜ぶのだろうか、と。だから物語を生み出そうと思った。


 出来なかった。


 話が浮かばなかった。そもそも経験が足りないし、人間を知っているのに人間を理解できていない気がする。

 経験が必要だ。ここでは得られない経験が。

 そう結論したら心が躍った。

 早く人間を観に行こう。人間を理解し経験を積めばきっと物語は生める。いや、面白い経験をすればそのまま物語にしてもいい。


 この世界には出口が存在する。

 本当に出口かと聞かれると根拠は無いが、言い伝えで出口とされている場所がある。その場所は、同胞の誰もが過ごす為に選ばない平原の只中にある。

 そこは地面に円陣が書かれていて、内側には理解が及ばない模様が描かれている。それは弱く発光している。

 その脇に棒が二本刺さっていて、片方は看板。並んで布が掛けてある。

 看板には、「片道出口」とだけ書かれている。

 棒に掛けられている布は身体を覆うことができる大きさで、紐で首元に固定できる作りだ。

 出ていく者への餞別だろうか。とりあえず身に着けて行こう。物語の冒険者はマントを羽織るものらしい。

 なんとなく恰好がついた気分だ。

 それで、この出口とやら。円陣に入ればいいのだろうか。特殊な手順とか呪文とかは必要ないのだろうか。

 円陣の中に足を踏み入れる。すると、模様の光が少し強くなり、視界が急に暗くなった。


<◇>


 急に暗くなった視界が徐々に明るく

「ゴッホッ!」

 ならない。しかも埃っぽい。思わず咳き込む。

 場所が変わった、のだろうか。常識的な出口ではないと思っていたけど、瞬間で変わるとは。

 周囲に視線を移す。どうやら完全な暗闇ではないらしい。後ろを向くと、漏れ出るような微かな光が見える。

 扉、かな。見たことないが、知識として知っている。合っているなら出入り口として機能する筈。

 先ずは光を目指そう。そう決めて歩を進める。

 その時、生涯で味わったことのない激痛が襲った。

 あまりの痛みに悲鳴すら出ない。

 痛みの元は下なのに、衝撃が頭の先まで突き抜けたかのような感じられた。

 立っていられない。

 耐えようと思うが、堪らず前のめりに倒れこんでしまう。

 大きな音が辺りに響く。

 倒れる音、伴って動いた何かの音、何かが崩れ落ちる音。

 まずいことをしてしまったか。逃げる? 隠れる? 何処に? どうやって? それより痛みで動けない。

 そのまま悶絶していると、近付いて来る音。その音は近くで止まったかと思うと、目標としていた光が徐々に大きくなっていく。

 扉が開く。

 光の中には自身より二回りは大きな人影が立っていた。

 影は警戒している雰囲気で呟いた。

「女、の子?」

 言葉は通じそうだ。ならば交渉できることに賭けるしかない。

「助けてくれ……」


<◇>


 男は目を閉じ、しばらく考えるように沈黙すると、

「つまり、だ。君は妖精界から裸マントスタイルで倉庫に転移してきて木箱に小指をぶつけて悶絶していたんだね」

 そう判断した。

「そうなのか!?」

「そういうことだと思うよ。本当はこちらが混乱して君に説明してもらいたかったんだけど、それはもういいや」

 男は疲れと諦めを滲ませながら頭を垂れる。

 現状は男に運ばれ、別室の寝床に座り対面しているところ。窓が開かれ明るく、一般的な部屋だと思われる。

 痛みで喘いでいる最中に聞かれたことは簡単に答えた。その間に痛みは消えていた。

 この男。冴えない外見だが、判断力や理解力は私を上回っているようだ。人間だし、頼ってみるか。

 この状況で協力を仰ぐには、

「私に何でもしていいから、助けてください」

 少しポーズをつけて、色香を漂わせつつ、

「君に色気は無いからその方法は厳しいかな」

 むう。男の脱力した表情が、感情が死んだ表情に変わった。多分、失敗だ。

 ならば、

「くっ、私は拷問には屈しないぞ!」

 今度は険しい表情を作ってみる。

「いや、なんかズレてるから。助けて欲しいんじゃなかったの」

 これも駄目なのか。

 私の対人間スキルは期待していた成果を生まないようだ。悔しい。

 さらに別の手を、と動こうとしたところで男が制するように口を開く。

「とりあえず、だ。僕は君を援助するから。だから落ち着こう。ね?」

 何故か話が良い方向に。失敗しかしていない筈だが。

「この街、というよりこの店は昔からの決まりで妖精が現れたら援助することになっているんだ」

「それは伝説の始まり的な!?」

「妖精の出現は偶にあるから、そこまで大層な話じゃないね。あと最後まで聞いて」

 思わず身を乗り出してしまった。黙って下がる。

「昔の領主とこの店の主との決め事でね。領主が店に助成金を出し続ける代わりに、妖精が出現したら適当に援助する、というものだよ」

「色々とはっきりしない決まりがあるのだな。人間はもっときっちりしてるイメージだったが」

 世界の危機に妖精が現れるとか、そういう話ではなさそうだ。

「領主が助成金を出し続けているから無視できないよ。妖精に助けが必要なのは強く実感しているし」

 男は溜息で言葉を区切る。

「僕の裁量で、助け過ぎず、ルールを曲げない程度に、とのことだ。この地に縛るのが目的じゃないから、旅立ちたいなら止めないよ。最低限の世話は絶対にするけどね」

「なるほど、願ったりだ。して、最低限の世話とは?」

「服だよ」

「……なるほど、願ったりだ!」

 特に意識していなかったが、人間は防具とは別に服を着るらしい。人間に近付く為に模倣するのは適しているだろう。

「なんだか疲れるな、精神的に。じゃあ、先ずは自己紹介をしよう。私はこの店で食事の提供と依頼の仲介をしている。名はエフライムだ」

 そう言うとじっとこちらを見つめてくる。ふむ、人間には他種族との生殖にロマンを感じる者もいるらしい。なるほど。

「そんなに見つめられても……すまないが私は」

「いや違う。きっと違うからその先は言わなくてもいい」

 殊更に疲れた表情で言動が止められる。

 間違いだとしたら一体何だというのだろう。

「君の名前だよ。君の名前が聞きたい」

 エフライムはまた溜息を吐き出している。

 しかし、名前、か。

「すまない、考えていなかった。そうだな、名前がある方が便利だ」

 妖精は自然発生する。特定の個体に拘ることもなかったし、名付け親というものは存在しないし名乗らない。

「そうだな。ヨウセインとでも名乗ろうか」

「ひどい」

 即否定だった。

「んー、”メルティ”で、どうだろう?」

 考えた素振りで全然考える時間は掛けていなかった提案だった。

「異論は無いが、それは、かつての偉人の名前とかか?」

「特に意味はないけど。知り合いに同じ名前はいないし、叱る時に怒鳴りやすいかと」

 がっかりだよ!

 しかし異論はない。名前をもらったことは喜ばしい。でも、期待外れで理由が気に食わない。

 総じて、じっと不満げに異論はない雰囲気を表現しつつ睨みつける。

「……異論はなさそうだね。それじゃあよろしく、メルティ。色々教えるし、必要なら世話をしよう」

 そう言って手を差し出してくる。これは知っている、握手だ。敵意が無く、好意を示す挨拶。

「……よろしく、エフライム。とりあえずは色々教えてもらおう」

 こちらから相手の手を握り、握手を交わす。

 その瞬間だった。

「マスター! いつまで油売っているんですか! 早く戻って、くだ、さい?」

 突如部屋に女が飛び込んでくる。

 エフライムより一回り小さい女だ。私より一回り大きい。白い前掛けが印象的だ。

 女は言葉尻が萎み、そのまま少し黙ってこちらを見つめると。

「サボって何しているかと思えば……変態」

 そういって足早に去っていった。

 それを見たエフライムは慌てた様子で立ち上がり、

「ち、違うんだ! きっと君が至った結論は間違いなんだよ!」

 女を追いかけていった。

 何か不都合な事があったのだろうか。

 部屋。寝床の上。男と、裸マントで二回り小さい者。ふむ。

 ああ、店だと言っていたな。それを投げだして私の相手をしていたのか。それは人間社会ではいけないことか。

 とりあえずはここで待つことにしよう。

 私の物語は始まったばかり。焦ることはない。

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