あの日
私の仕えている国、アーメルは軍事力に秀でた国だ。
その反面、資源に恵まれていないという弱点もある。
そのため、周辺国のウェアルやサフィラとは大昔から貿易協定を結び、資源を輸入してもらっている。
あの日、私は貿易に必要とされている文書を、馬を三日走らせてウェアルに届けてきたばかりだった。
私が疲れて騎士舎に帰っても、労ってくれる同僚はおろか、騎士団で唯一の女だということもあって、一部の例外を除いて、私に話しかけてくる物好きもいない。
あの日は疲労がピークに達していたこともあって、視線を避けていつも以上に人気のない通路ばかりを選んで自室に帰った。
王室騎士にもなると、待遇は貴族顔負け。
多大な報酬はもちろんのこと、騎士一人一人に広い自室が与えられ、一人ずつ世話係がつく。
私の世話はツルナという娘がしてくれている。
ツルナはミズキの一つ下の十七歳で、とても明るくて気を利かせるのも上手い子だ。
それに人懐っこくて可愛い。
妹に欲しいくらいだ。
あの時もいつも通り自室であの子に、旅先での出来事を話していた。
ツルナが私の話を聞いて笑う。
その笑顔で疲労も何処かへ消え、私もつられて笑いながら話を続ける。
その時、突然部屋のドアのノックされた。
「あ、私が出ますね。ミズキさんは疲れてるんですからそこにいて下さい」
「うん、お願い」
するとツルナは笑顔で頷き、椅子から立ち上がってドアへ向かう。
ドアを開けると、そこには見慣れた青年がいた。
青年はツルナに気づくと、「よぉ!」と気前のいい挨拶をした。
「あ、こんにちはチガヤさん。どうなさったんですか?」
「ミズキいるか?ちょいと渡したい物があるんだが・・・」
そう聞きながらも、チガヤは既に自身で確認しようと部屋の中を伺っていた。
その様子にツルナは少し笑う。
「ミズキさんなら中ですよ。どうぞ」
「ああ、悪いな」
チガヤの入室を確認して、私は渋々立ち上がる。
「こんにちは、チガヤ殿。今日は何のご用ですか?」
私は言葉に少し刺を混ぜてチガヤに放る。
出来ればこんな疲れた日にこいつの相手をしたくなかった。
チガヤは騎士団の中で唯一私に話しかけてくる物好きだ。
だからこそ私はこいつをなかなか信用できない。
何か裏があるように思えて仕方ないのだ。
おまけにこいつに会えば長話に付き合わされることもしょっちゅうで、精神的にも疲れてしまう。
出来れば無視してしまいたいけど、それはできない。
チガヤはこんなでも、王室騎士団の副団長なのだ。
つまり、騎士団のトップ2にあたる身分の持ち主だ。
流石にそんな身分の相手を無下に扱える程、図太い神経を私は持ってない。
まぁ今のところ、チガヤが身分を無駄に振りかざす様子はないし、陽気な性格でツルナと仲がいいようなので、距離を保って関わっているつもりだ。
いつもチガヤの方からその距離を詰めてくるが。
チガヤは許可もなく、私が座っているソファーの反対のソファーに腰かけた。
「これをお前に渡せと言われた」
そう言ってチガヤが取り出したのは一通の手紙だった。
しかもアーメルの王族の印が押されている。
「これって・・・」
「明日の朝、王の間で陛下がお前を待ってる。なんか極秘の任務の依頼があるそうだぞ?」
「はぁ!?」
驚きのあまり、私はつい敬意も糞もない声を上げてしまった。
「・・・まぁ、普通驚くよな。俺もお前を呼ぶって団長から聞かされて驚いた驚いた」
「騎士団長殿から、ですか?」
「ああ、つかお前を陛下に紹介したのも団長。本来その任務は団長だけに任されたものらしいけど、もう一人協力者が必要になって、何故かお前が指名された」
「・・・団長は何で私を?」
「知るか!」
ですよね!
チガヤにまともな答えを期待したことを私は少し後悔した。
「でもな?俺はあの人が騎士団の名簿で協力者にするやつを探してた時に側にいたけど、お前の名を見つけた時のあの人の顔は忘れられないな・・・」
「え?」
「なんか嬉しそうで懐かしそうにしてんのに、どこか悲しそうっつうか・・・。ミズキ、お前団長と付き合ってたこととかあるのか?」
「付きっ!?いやいや、そもそも私団長の顔も知りませんから。知り合いでもありませんよ」
「でも騎士団長様ってミズキさんと同じでサフィラの人ですよね?歳もそんなに離れてはいない筈ですし・・・」
私の後ろに立って話を聞いていたツルナが思い出したように言う。
チガヤも「そうなんだよなー」と納得がいかないとばかりに私に視線を寄越してくる。
「そんなの偶然ですよ。第一、私は天涯孤独の身なんです。生まれた村は早々に出たし、歳の近い友人もいませんでした」
この時はそう言ってチガヤとツルナの追及を無理やり打ち切った。
チガヤは「陛下と団長を待たすんじゃねーぞ」といって帰って行った。
チガヤが帰り、ツルナは仕事に戻った。
私は部屋へ一人残された。
そして何故か一人になれてほっとしてる私もいる。
たぶんあの話をしたせいだ。
あの団長が私の名前を名簿で見てどうのって話。
私はあれ以上、あの話をしていたくなかった。
あれ以上あの話を続けられていたら、無に返した筈の記憶が不快でしかない感情を山程引き連れてよみがえる気がしたから。
溜め息をついて目を閉じると、暗闇の中に一人の少年が浮かんだ。
彼は私の記憶から顔を消されても尚、あの日のように何かを私に言っていた。
彼の言葉は何だっただろうか。
もう忘れた。
思い出したくない。
出てこないで。
読んでくださり、ありがとうございます<(_ _*)>