0..白い世界の少年
「もし死ぬ前に、自分が一生体験できないような至高のおもてなしを受けるコトのできるサーカスって言うのがあったら、キミは行くか?」
男とも女とも見て取れぬ(おそらく女であろう)道化師は僕に訪ねた。不思議な世界…“歪み”や“混沌”と称すのが一番適切かと思われる。いつもとは一風変わった夢に僕は困惑し、返事を出し渋った。
道化師は口ごもる僕に道化師特有のにんまりとした笑みを浮かべ、僕のご機嫌を取ろうとしたが、僕は少しピエロが苦手なのだ。じわりと恐怖が僕を襲った。
「ああ、お金は要らないよ。デモ代わりに君の魂を戴く。死にたくなった時…若しくは、死ぬ運命を授けられたトキ…ボクはキミの助けになるだろう。」
宙を舞う道化師を見て、僕はそのサイケデリックに色を変える瞳に吸い込まれそうになった。そして道化師はどうやら男性の様だ。
彼は僕が言葉を発さずとも、僕の思考が理解できているようで、そのまま一人で言葉を続けている。
「どうやって行けばいいのかって?簡単さ、キミが行ける範囲で、“ここならばサーカスを開けるだろう”と思える場所を探せばイイ。行くなら今の内だよ、だってキミはもう少しでお家から出られなくなるんだから…ねえ。
さあ御立合い御立合い!今宵披露させていただきますは、一人の少年の悲しい運命――そして至高の幸福の物語で御座います!」
道化師の周りに愉快な広告チラシがビラビラと舞い散る。道化師の手の動きに合わせて花が咲き乱れたが、少し目を凝らしてみるとそれは造花であった。
花から目を離して道化師に視線を戻すと、道化師は三つの球の上で一輪車をこぎお手玉をしていた。正直見ているこっちが不安定で怖いと思った。
「笑いあり涙あり快楽あり恐怖ありのこのサーカス団“A”!!団長はワタクシ【ノラ】で御座いますではうら若き少年よ是非当サーカスにお越しいただいた暁には貴方の舌の根が乾くまで息の根が止まるまでお付き合い致しましょう貴方のご来観をワタクシ含め団員総出でお待ちしております続きはテントでお話しいたしましょうそれでは!」
道化師は消え、僕は夢から覚め、目を開けた先には白い天井が映っていた。僕は白い布団をはがして靴を履くと、カーテンをゆっくり開けて外に出た。
サーカスの行われそうな場所なんてあそこしかない。この建物を出て大通りの西、噴水広場を抜けた門の先にある、広い平原だ。そんなところ以外にテントが張られるなんてあり得ないし、張れるようなスペースがない。
僕は何だかとても冷静で、僕の厳格な父のことを思い出しながら、いつも泣いている母のことを思い浮かべながら、もうこの現実とはおさらばすることを決めた。僕は腕に刺さった針を抜いてベッドの上に置き、そして置手紙をした。
「父さん母さん、永遠に愛している」