メールでプレゼント<問題編>
時間が過ぎ去るのは早いもので、もう長袖を着ている人をちらほら見かける。
休日の街並みと言うのはとにかく人が多く、まるで軍隊アリの活動を横から見ているような感じだ。
太陽は必死に熱を与えようとするが、絶妙な距離がその熱さを緩和させ、地面の温度をわずかばかり上昇させるにとどまる。
それさえも、冷たい秋風に吹き飛ばされ、天気以上の肌寒さを感じさせる。
「上着、着てくればよかったかな」
長袖のシャツを着たTはそう言いながら、近くにあったファミレスへと駆け込んだ。
自動ドアが開くと、入店時のピンポーンという音が鳴り、店員が出てきて「何名様ですか?」と尋ねてくる。
Tは「一人、禁煙席で」と伝えると、店員が適当な席を選んで案内をしてくれた。
案内された席に向かおうとすると、その席の近くに、コーヒーを飲みながら携帯電話をいじっている友人Uの姿を見つけた。
「お、U、お前もファミレスかよ。珍しいな」
Tは店員に「ここでいいです」と伝えると、Uの向かい側の席に座った。
「Tこそ、どうしたんだ? 今日は休みだろ」
「ああ、さっきまでゲームセンター行ってきたんだ。電子マネー切れたからそろそろチャージしないといけないな」
「どんだけゲーム好きなんだよ」
はぁ、とUがため息をついている間に、Tは呼び出しボタンを押し、チョコレートケーキとドリンクバーを注文した。
「いいじゃないか、休みの日ぐらいゲームセンターで廃人になるくらい」
「お前ゲーセンマニアかよ」
「といっても、音ゲーだけだけどな。あ、そうだ。俺の友人が、俺へのプレゼントって言って送ってきてくれたものがあるんだ。ちょっとコーヒー取ってくるから、その間これが何か考えて置いてくれないか?」
そういうと、Tはスマートフォンをいじり、Uの前に置いて席を立った。
「ん、なんだ? どれどれ?」
Uがスマートフォンをみると、どうやらTの友人からのメールらしい。
内容は以下の通り。
「Tへ
誕生日おめでとう。誕生日プレゼントだ。受け取ってくれ。
よさいよちひゆらそおせちあやうのえく
しきなちかんきなくなけりましひくはせ
とけもむほそせらんひゆやふすてらなえ」
Uが謎の文章に頭をひねっていると、Tがホットコーヒーを持って戻ってきた。
「U、わかったか?」
「いや、てかこれ、暗号?」
Tは席に座ると、スティックシュガーをコーヒーに入れ、スプーンで溶かした。
「暗号、ねぇ」
「いやいや、暗号だったら紙と筆記用具いるじゃないか」
「一応、あるにはあるが」
そういうと、Tは持っていたカバンからA4サイズの紙とボールペンを取り出し、Uに手渡した。
「お前、いつも持ってるけど何なのそれ」
「ああ、小説のネタ練るときにいつでも書けるようにと思って」
Uは早速受け取った紙に、ボールペンで何か表を書き始めた。
「ん、なんだそれ」
「よくあるじゃん。こういうのって、パソコンのキーボードのひらがなをアルファベットに変換するってやつが」
「キーボード配列全部覚えてるのかよ」
「まあ、俺パソコンには詳しいから」
全部の配置を書き終えると、今度はそれに合わせてアルファベットを書き始めた。
「えっと、この文字をアルファベットに置き換えると、9xe9av8oc6pa374k5h……って、全然文章にならねえじゃねえか」
「いや、うん、まあ、考え方が間違ってるんじゃないのか?」
「なるほど、っていうことは、逆に一旦アルファベットに変換してそれをひらがなにすると、yosaiyotihiyurasoosetiayaunoekuは、んらとちにんら……ってやっぱり文章にならん」
「キーボードから離れたらいいんじゃないのか?」
ちょうど店員が、Tの頼んだチョコレートケーキを持ってきたので、Tはそれを受け取り、フォークで一口切り分けた。
それを口に入れようとしたとき、Uは「あっ」と声を出した。
「わかった。これはパソコンのキーボードじゃなくて、携帯かスマホの入力方法を使うんだ。それで、ひらがなからアルファベットに変換するのさ」
「ほぅ?」
「つまり、これを携帯の入力機能でアルファベット入力をすると、vd@vh……あれ、やっぱり文章にならない」
Uは頭を掻きながら、自分の携帯電話とTのスマートフォンを見比べる。
「いや、Tはスマホだから、きっとスマホのフリック入力で変換するんだ。てことは、8d@8hn……って大して変わってねえよ」
「どうやら違うみたいだな」
Tは苦しむUを眺めながら、ホットコーヒーをすすった。
時折、入店や退店時のチャイムの音が鳴るほかは、ゆっくりとしたBGMが流れる程度の店内。
UはA4の紙にあれこれと書いていくが、まったく見当がつかないようだ。
「だ、ダメだ。暗号系は結構得意なはずなんだが、まったくわからん」
「さすがにUでもダメだったか」
「てか、お前が誕生日だったってこと自体しらなかったぞ。いつだったんだ?」
「おとといだが?」
Tは三杯目になるコーヒーを飲み上げると、席を立とうとした。
「なんだ、教えてくれれば何かおごってやったのに」
が、Uが声をかけたので、立ち上がるのをやめた。
「お、おごってくれるのか? じゃあ、今日飲みにでも行くか」
「いや、それは別にいいんだが、まずはこれを解きたい」
そういって、Uは再びA4の紙と向き合った。内容はすでに紙に移しており、スマートフォンはすでにTに返している。
かなり空白が埋まってきたのを見て、Tはもう一枚A4の差し出した。
「そういえば、もちろんTはこれ、わかってるんだろ?」
Uが例の文章をボールペンで差すと、「もちろん」とTは答えた。
「結局これって、Tが欲しかったものなの?」
「ん、まあ、そうだな。欲しかったといえば欲しかったかな」
「なんだ、煮え切らない答えだな。ヒントになると思ったのに」
「ヒントが聞きたかったのかよ。まったく、俺はヒントなしで一瞬でわかったというのに」
「な、一瞬、だと!?」
「もっとも、Uにはもしかしたら縁がないかもしれないな。使うことが無いかもしれないし」
そういうと、Tは残ったケーキを平らげ、席を立った。
「さて、毎度おなじみのUへの問題。
私の元に送られたメール。内容は以下の通り。
『Tへ
誕生日おめでとう。誕生日プレゼントだ。受け取ってくれ。
よさいよちひゆらそおせちあやうのえく
しきなちかんきなくなけりましひくはせ
とけもむほそせらんひゆやふすてらなえ』
なんとなく暗号にも見えるこの文章。果たして、私への誕生日プレゼントとは一体何なのだろうか。
最近ではこういうものをよく見かけるので、使ったことがある人はピンとくるかもしれない。しかし、使ったことがない人にとっては何のことかさっぱりだろう。
一つヒントを与えておくと、この文章自体に意味はないが、この文章を変えてしまうと、意味がなくなってしまう。
わかった人は、感想欄やメッセージにでも解答を残しておいてくれ」