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音無し姫の子守唄  作者: 若桜モドキ
■9.甘言は囁く
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母の名前

 近づかないよー、とか、どの口が言っていたんだろう。

 自分の立場をわかっているつもりで、やっぱりわかってなかったのかもしれない。


「花嫁様、お久しぶりですね」


 などと小さな声で言う、窓の外に潜んでいた男。

 そこには人目を忍ぶように影に隠れる、あのディオン・セヴレスがいた。会うなといわれた矢先に、どうして自ら遭遇しているんだろう。バカじゃないの、あたし、バカじゃないの。

 窓を閉めて、見なかったことにしようとしたけれど。


「おっと、そうはいきません」


 その前に、窓枠を掴まれて、阻止されてしまう。

 ……あぁ、自分に声が無いのが、これほど恨めしいことは無い。

 呼び鈴は手が届かない場所にあるし、ナタリア達がいるところまでは遠い。現行犯でとっ捕まえるのが一番だっていうから、こうなれば暴れて音を立てて人を呼ぶしかないだろうか。

 意を決して、適当なものを床に叩きつけるべく室内を振り返ろうとして。


「僕は、あなたの母君のことを知っていますよ」


 笑い混じりに告げられた言葉に、動きも、呼吸を奪われる。

 だめだ。

 信じちゃダメだ。

 わかっている、この男に知ることなどできないと。

 怪しいのに、胡散臭いのに。なのにあたしは、立ち去るという選択肢を捨てて、話の先をねだるように彼に振り返ってしまった。悔しさと期待と好奇心が混ざった、嫌な感情が浮かぶ。

 だけど一度止まった足はもう動かない。

 こうなったら、彼から聞けるものを聞くしか無い。


 そんなあたしに満足したのか、ディオンは饒舌に語りだす。

 彼が知っている、という――あたしの『母親』のことを。

 といっても、彼自身もそう詳しいわけではないらしい。ただ、十六年ほど前にあたしとそっくりの容姿を持っている『少女』を、偶然見かけたそうだ。当時、彼女は子を身ごもっていたらしく、彼が最期に見た段階はおそらく産み月といった感じのお腹をしていたという。

 逆算すると、確かにあたしとの繋がりを感じさせないでもない。

 こんな容姿は珍しいし、無関係とするにはさすがに無視できない共通点だ。


 彼女はとある小さな家で、一人で暮らしていたそうだ。

 夫――あたしの『父親』らしい人物は、見かけなかったという。ただ、何者かの庇護を受けていたようで、本当にその家で暮らしているだけだったそうだ。ディオン自身は見かけることはなかったそうだが、おそらく食事などは外から運ばれてきていたのだろうとのこと。

 ある日、彼女を訪ねる男がいた。

 その男のとの関係は、ディオンにはわからなかったらしい。父親かもしれないし、そうではないのかもしれない。きょうだい、という可能性もあるが、問題はそこではなく。


「その男性は、彼女をこう呼んでいましたよ。レイア――と」


 レイア。

 おそらくそれが彼女の名前。

 あたしと同じ容姿をした、十六年前に彼が見かけた少女の名前。


「初めて見た時から、あなたとの繋がりを考えていました。彼女とあなたに何の関係もないとするには、その見目はあまりにも稀過ぎた。でも、それを尋ねることはできなかった」

『なぜ?』

「それを問いますか。このような場所に、閉じ込められているというのに」


 くすり、とディオンが笑う。

 閉じ込められている、といわれても実感は無かった。

 むしろ、後宮と呼ばれている場所に押し込められている彼の妹の方が、よっぽどその言葉を当てるにふさわしい。あたしは望めば城の中のどこへでもいけるけど、彼女らは基本的にあの場所から出ることを許されていないし、立ち入れる場所も限られているという。

 しかも、そうやって閉じ込められることを我慢するに足る恩恵を、リードには与えるつもりは微塵もないのだ。彼女らはその飼い殺しとも言える状況に、いつ気づくんだろうか。

 それを踏まえて我が身を振り返ると、やっぱり閉じ込められてはいない。

 あたしは自由だ、比較的、だけど。


「しかし、あなたは不思議に思わなかったのですか?」

『何を?』

「王妃の両親、というものに対する、周囲の反応ですよ。未来の王妃、しかも神託に選ばれたとなれば名乗り出ないのがおかしいでしょうし、探されないなどありえないはずだ」

『意味がわからない、けど』

「つまり、意図してあなたに真実を伏せている――という意味ですよ、花嫁様」


 にやりと笑うディオンに、あたしは言葉を失った。

 彼は、リードやエルディクス達が何かしらの手段で調べて、あたしの実の両親を知っていると言いたいんだ。だけどそれを隠している、あたしに黙っている、と。

 そんなことを彼らはしない、とあたしは思うけれど。

 でも、不安はある。

 以前エルディクスが言っていた、言葉。


 ――正直、罪人も覚悟していたから、ただの孤児でよかったよ。


 それってつまり、あたしの素性に何か後ろ暗いものがあったら困るってことだ。そりゃあ神託が選んだ未来の王妃が、実はとんでもない犯罪者の娘でしたなんてなったら大変だし。

 神託が優先されたとしても、いろいろと禍根を残すに違いない。

 あたしでもそう思うくらいだから、リード達がそれを考えないわけはないだろう。不安定なこの状況において、あたしの素性がいつまでも闇の中ではいざという時に困るかもしれない。

 もし、そうだったらどうしよう。

 あたしは罪人の子供で、だからお父さん達に預けられ、孤児になって。調べるうちにそこらへんがわかって、だけどあたしにも誰にも知られてはいけないからと隠されていたとしたら。

 彼らはリードを立派な王にしたくて、そのために神託に頼った。

 ならば、それの不利益になる要素はきっと、排除するに違いない。

 あたしを有無を言わさず、強引に城へと連れてきたように。


「近いうちに連れ帰って差し上げましょう、レイアが暮らしていたその家に」


 ディオンが何かつぶやいたけど、あたしにははっきり聞こえなかった。近いうちに、レイアの家に、それ以外が聞き取れず、問いかけようとしたけれど彼はあっという間に去っていく。

 声がないから呼び止めることもできず、あたしはぐちゃぐちゃの心を抱え立ち尽くした。



   ■  □  ■



 どれくらい、半開きの窓の前で立ち尽くしていただろう。

 がちゃり、と扉が開く音がして、あたしの肩は跳ね上がるように震えた。扉の方へ振り向くとそこにはシアがいて、窓の前でぽつんと立っているあたしをみて不思議そうな顔をする。


「あれ? ハッカ、そんなところでどうかしたの?」


 何かあったの、という問いかけに、あたしはゆっくりと首を横に振る。何もない、大丈夫と文字を書く。そうすればシアは安心するし、本音をごまかすのは――この世界では必須技能だから当然あたしも身につきつつあって、自然と『寝起きだったから』という理由もつけた。

 とはいえ相手はさすが姉妹。まだまだ付け焼き刃なあたしのごまかしをどことなく感じたらしい彼女は、ほんの少しだけ怪訝な表情をしたけど、それでもあたしは口を閉ざした。


 ――言えない。


 彼が、ディオンがここに来たことを、母の話を聞かされたことを、なぜかどうしても伝えられなかった。一瞬でもみんなを疑ったことなんて、絶対に言えるわけがなかった。

 本当は伝えるべきなんだって、わかっているんだ。

 みんながあたしをだますなんてありえないから、全部話して頼るべきなんだ。今までだったらきっとそうできた、できたはず。だけどあたしの口と指は、結局何も言わなかった。

 口にすれば、何もかもが霧の向こう側に消えてしまいそうで。

 やっと手に入れた『母』の名前すら、跡形も無く手から零れ落ちそうで。


 ほんの少しの罪悪感と、意識するごとに大きくなる期待。裏切られるかもしれない、裏切りになるのかもしれない、意味が無いのかもしれない罠かもしれない。

 相容れない感情。

 その中で、あたしは無言であることを、選んだ。

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