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音無し姫の子守唄  作者: 若桜モドキ
■9.甘言は囁く
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悪夢のような筋書き

「ま、そんな感じで、別人みたいに真面目になってるらしいんだよね、彼。これでハッカに近づいてきたり余計なこと言わなきゃ、こっちもそれ相応には喜べたんだろうけどさ」


 結局、この集まりの主題は、そこにある。

 今まで決して素行がいいとはいえなかった人物が、ハッカに急接近。

 しかも、彼女の悩みであろう部分を、これでもかと的確につくという言動。

 気にならないわけには、いかなかった。

 なにせ、彼の妹は王妃を狙って城にいるのだ。直接こちらに手を出せない妹の代わりに揺さぶりをかけてきた、という可能性を捨て去ることはできなかった。

 王妃の兄ともなれば何らかの役職も得られる、妹に協力することには利益があった。


 ハッカは、自分の素性を知らない。

 ロージエ夫妻が、誰から自分を預かって実子にしたのか。


 実の両親というものが、どこにいるのかということを、何も知らない。それを知っていた夫妻はすでにこの世の人ではないのが、リード達にとってはこの上なく致命的だった。

 せめて彼らが第三者に、ハッカの素性を伝えていてくれれば。

 だが実子にするほどなのだ、それは隠そうとした、と言っていいだろう。そこまでするわけなのだから、手がかりもなにも無いのだろう。あまり期待はできない。

 ハッカの出生についても問題だが、それよりまずはディオンとクリスティーヌだ。この二人から何とかして片付けないと、他まで手が回らない。ことは慎重にしなければいけない、この場にいる面々以外に頼る宛がない以上、あれもこれもと問題を抱えることは避けたかった。


「まずはディオンから黙らせるか……あいつの目的、なんなんだ?」

「もしかすると、あること無いこと吹き込んで、身を引かせるのかもしれないわ」

「あること無いことって?」

「そうね……ハッカの容姿は呪われているからだ、だとか。実際にそういう風に言われたこともあったそうだし、可能性としてはありうると思うの。あとは、リードには恋人がいるとか」

 いねぇよ、というリード本人の言葉は無視し、マツリは続ける。

「事実はどうでもいいの。揺さぶりをかけるのが目当てなら」


 そう、実際にいてもいなくても、そこは問題ない。

 その話を、ハッカに聞かせるだけで、この策は効力を発揮してくれる。

「ハッカはやさしいから、自分のせいでって……きっと、思うはず」

「あー、なるほど。それで自主的に身を引かせるってわけか」

 実に最悪だね、とエルディクスが低い声でつぶやいた。

 もちろん、そう簡単に身を引くなんてできない。

 だが、ここで効力を発揮してくれそうなのが、神託に選ばれたというところだ。彼女を王妃に導くそれは、同時にその場から逃げるための手段にもなる二面性があった。


 ――自分は神に選ばれたから、教会なり神殿なりに入ります。


 なんて言われれば、我こそはと引き取り先に名乗りをあげるものは多いだろう。実際にその申し出が叶わずとも、いろんな騒動を引き起こすだろうし、後に影響を残すのは間違いない。

 神に殉じたいという彼女の意思を尊重すべき、という声だって上がる。

 あわよくば、我が子を王妃にという連中を中心に。

 そうなったらもう、リードにもエルディクスにも誰にも、どうすることもできない。

 ハッカはおそらく城を出て行くし、今いる令嬢から王妃が選ばれる。リード自身が嫌々とはいえ『選んだ』というのが、まずかった。欲しくない、という言葉で突っぱねることが難しいからだ。そうでなくても唯一の王族である、いつまでも抵抗していられる状況ではない。

 最終的にはフェリシアナ家のロザリー、そしてセヴレス家のクリスティーヌのどちらかが王妃の座を手にするだろう。どちらもそれなりの勢力が後押しをしていて、育ちも申し分ない。

 現状、神託と一騎打ちするよりはずっとマシだ。


「つまり、何かあっても向こうには勝算があるってことか……」

「だからこそ、最初にして最後の壁である、神託という比類なき後ろ盾を手に入れているハッカの排除に出てきたんだろうね、きっと。それだけで、少なくとも庶民からの支持は抜群だ」


 それを成功法でねじ伏せるのは、あまりにも難しいことだ。しかし勝つためには、誰もが認めざるを得ない神託に選ばれた彼女を排除しないといけないのだ。

 そのためにディオンは、ハッカがもっとも気にするポイントを刺激したのだろう。

 リードは、今頃は三人の騎士と部屋でお茶を飲んでいるだろうハッカを思う。彼女なりに立派な王妃になろうと、日々がんばっているのは知っている。だからこそ自分がリードやこの国の害になると知らされたら、彼女は自ら身を引いてそっと去ってしまうだろう。

 そんなの、とリードは心の奥でつぶやき、握る手に力を込める。

 彼の身の内にたぎり始めた炎に、油を注いだのはテオだった。


「あと……これは、信憑性の薄い噂ではあるが」

「なんだよ、テオ兄」

「ヤツの好みは全体的に色素の薄い女だそうだ。華奢で小柄なのが好みだとか。幼い顔立ちだとなおさらいいらしく、多少値が張ってもその場で金を出して買っていくのだそうだ」


 一瞬、全員の動きが止まる。

 最初に現実へと戻ってきたのは、エルディクスだった。

「え、何、それどこ情報?」

「俺の部下が、なじみの『店』で聞いてきた」

 どんな店かは、あえて誰も問わない。

 察しがついている者は絶句し、つかないものは理解できなかったからだ。

 周囲が反応に困っているのに気づかないのか、無視しているのか、テオは続ける。

「とにかく色素の薄さが重要らしい。金髪というより、銀髪の……白いのが」

「え、あの、それって」

 マツリはほんのりほほを赤くし、シアは絶句して真っ赤になり。

 エルディクスとユリシスは、若干表情を引きつらせ。

 そして、リードは。


「ふ――ふざけんなっ」


 だん、と机をたたいて立ち上がる。

 顔は真っ赤で、ただでさえ炎のような瞳は、いつに無く赤く燃え盛っていた。

 エルディクスが制止しなければ、今すぐディオンを斬り捨てに向かいそうなほど。

 さすがにそれはまずい。テオが聞いてきたものはあくまでも噂に過ぎず、ディオンははっきりと目に見える形でハッカに何か、良からぬことをしたというわけではないのだ。

 あくまでも今は、邪推とも言える『疑い』。

 その程度でいちいち人を斬って捨てていたならば、一日に何百人という人が殺されなければいけなくなる。証拠がなければ手出しはできない、相手が貴族であろうとなかろうと。

 だが、リードからすると今怒らないでいつ怒るのか、という感じだった。


 色素の薄い女を買っていく。


 金髪というより、銀髪の。

 小柄で華奢で幼い容姿。


 テオがいう『店』の意味がわからないほど、リードは世間知らずではない。ディオンがどういう店でそういう見目をした女を、どういう意図で『買った』か、ちゃんとわかっている。

 そして偶然にも、そう、偶然にもハッカも色素が薄い。

 真っ白い髪に白に近い灰色の瞳に、日に焼けていない色白の肌。

 小柄だし、年齢の割には全体的に華奢な身体つきだ。


 もしも、もしもだ。

 彼が何かしらでハッカに目をつけて、彼女を合法的に手に入れようとしたならば。一夜を買われていく女達が、手に入らないハッカの代用品という存在だったならば。

 王妃をめぐる騒動は、やはり使い勝手のいい『手段』だった。

「妹にメロメロにさせて、ハッカの身請けを狙うとかも、アリだよねぇ……」

 うわぁ、と嫌そうな顔でエルディクスが言う。

 クリスティーヌにメロメロの自分、というのがリードには想像できない。だが手段としてはむしろ正攻法といえよう。その目的はどうあれ、色仕掛けというのは『よくある話』だ。


 仮にリードがクリスティーヌに手を出してしまったとする。

 もちろんそんなことあるわけがないのだが、もしも何らかの事情や罠のせいでそうなってしまった場合、自分はきっと彼女に対して責任を果たすだろう、とリードは思う。

 ハッカが王妃になったとしても、立場は今まで以上に軽くなる。

 悪く言えば、用済みになってしまう。


 もしもクリスティーヌに子供などできていようものならば、愛人という曖昧な立場で置いておくわけもいかない。男児であれば次の王となるが、母がそれでは格好がつかないからだ。

 そうなればハッカを王妃ではない状態にしなければいけない。

 その時、行き場がない彼女を誰が引き取るか。

 セヴレス伯爵家ならば、これまでの功績から考えそれに値する家柄だろう。新たな王妃の実家に元王妃が、というのはどうかという声も上がるに違いないが、押し通せばどうとなる。


 もちろん、これもあくまでも予想だ。

 リードがハッカではなく、クリスティーヌに心奪われた場合、あるいは彼らの罠にかかって万事休すとなった場合に考えられる可能性。最悪の未来、とはまさにこのことだ。

 エルディクスからすると半分ほど冗談だったのだが、リードはそうは思わなかった。

「あれは俺の花嫁だ……そうじゃなくても、あいつにくれてやるもんか!」

 小声で、しかし全員にはっきりと聞こえる声で叫び。


「いいか! 絶対にあの野郎を、ハッカに近づけるんじゃねぇぞ!」


 と、シアを指差して命令する。

 リードはそう頻繁に、ハッカと時間を共にすることはできない。

 自分は彼女を守る最大の盾となる存在であるというのに、それゆえに彼女と絶えず一緒にいてやることもかなわず、いざという時に守ってやることができない。

 だからこそユリシスが護身術を仕込んだ彼女の姉妹と、あの騎士達にすべてを託す。

 考えてしまった最悪のシナリオへの怒りに震えるその姿は、彼の心がどういう感情をあの小さな花嫁に向けているのか、本人以外のすべてに伝わるわかりやすいものだった。

 もっとも……本人は決して、それを認めないだろうが。

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