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音無し姫の子守唄  作者: 若桜モドキ
■8.強敵、それはお嬢様
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あなたのしあわせ

「ハッカ、大変ね」


 あたしの隣を歩くシアが、苦笑しながら言う。

 たぶん、侍女の間に流れている噂のことを言っているんだろう。

 あのひどく下世話な噂は、ミスティリエ曰く結構広まったものらしい。そういうものを聞こうともしないし、聞いてくる知人などいないだろうナタリアやアイシャすら聞いたという。

 マツリやエルディクスがいうには、誰かが意図して流しているのではないか。目的はわからないけれど、何らかの意思を持って広められている人為的な噂ではないか、という。

 対処は難しいとのことで、ひとまず否定する日々だ。

 それでも消えないから、いよいよ誰かが流している疑いが強まっている。

 周囲をいつもの三人に囲まれ、あたしは現在移動中だ。リードの部屋で昼食をとってからの昼寝のコース。事前に手配されているのか、件の令嬢はどこにも見当たらない。

 ついでに人もいないから、シアもいつも通り、だ。

 いたら、彼女は最後尾をしずしずついてくるだけだろう。互いに互いの立ち振舞が、それぞれに悪影響を与えることはよくわかっている。あたしは未来の王妃にふさわしい姿を見せていなければいけないし、シアはそんなあたしの侍女としてふさわしい働き方を求められている。


 つらい、と思わないわけではない。

 いつも親しく声を掛け合える、そんな二人だったのに。


 本当の姉妹だったら、きっとこうはならなかった。姉妹姉妹と言っても、血の繋がりがないのは明らかなのだ。そこを無理強いすることはできない、侍女であるだけで儲けモン、だ。

 だけど、それを代償に飲み込んだ『声』は少なくなくて。

 普段は押し殺すそれを、ふとした瞬間に顔をのぞかせてしまうそれを、シアだけがすぐに気づいてそっと背中を支えてくれる。あたしのせいでいろいろ、苦労させているのに。

 平気、と声を綴る代わりに、笑顔を浮かべておく。

 確かに大変だと思う。

 そんなことは、もうわかりきっていることだ。

 覚えることもまだまだ多いし、一人で出歩くことさえできない。まぁ、後者は一生続くことなんだけども、何ヶ月も経った今もまだ慣れ切らない。一人がいいと叫びたくなる。


 閉じ込められたような生活自体は、周囲が気にするほどは苦ではない。元々そんなに外に出ていきたいだとか、外への渇望は強くはなかった。基本的にあたしは家の中が好きだった。

 今は、それでよかったと思っている。

 ちょっと散歩にいくのだって、ぞろぞろ連れて歩かなきゃいけない。城の中なら安全だろうという理論は、実際はまったく通用しないものだった。城だからこそ危ない、のだ。

 ひきこもり気味でよかった。

 もしもあたしが外にでることが大好きだったりしたら、それがどうしても必要なことだとわかっていても、それでもやっぱりつらいだろう。籠の鳥になったようだ、なんて物語に出てくるお姫様みたいなことを、半ば本気で、冗談みたいな声で言っていたかもしれない。

 でも、逆に言えば、そんな文句を口にできるのは自分一人で出て行っていい、自分の気の向くまま好き勝手に歩き回れる、そんな『外』の存在を知っているからだ。


 リードは――きっと、知らないのだと思う。

 彼は生まれながらの王子様で、幼い頃から次の王様になるのが決まっていた人だ。好きな時に家の外に出ていって、何をするでもなくぶらぶらと歩き回ること。お腹がすいたら家に戻るか食べ物を買って、そして再び外に飛び出したまま夕暮れまで外を堪能すること。

 城の外では当たり前のそれらを、きっと彼は知らない。

 たった一人の王子様として、大事に育てられてきたに違いないから。彼の喪失は、そのまま国の消失へと繋がりかねないのだ。そんな彼に外出など、許されたようには思えない。

 視察、という名目で城の外にでることはあるかもしれないけれど、そんなの一人でできることではないし散歩でもない。彼はあたしがしる『外』を知らない、知ることもないのだ。

 ……知っていても、彼はそれを望まないのだろう。

 そう思うと、あたしが思うことなんて、ただのワガママにすぎない。


 決めたはずの覚悟は、こうして何度も積み上がっていく。ゆっくりとだけど、あたしはこの世界に馴染んでいく。時々つまずくのは、そう、ご愛嬌ってことで気長に見てほしい。

 それでも受け入れがたいのは、やっぱりお風呂だろう。

 アレだけは無理だ、マツリを経由してエルディクスに泣きを入れた。

 シアがそばにいるなら、とお風呂とかは一人で入れるようになったけど、基本的に一人っきりになれる時間はないと言っていい。回りにいるのはみんないい人だ、至らないところしかみつからないだろうあたしを、必死に支えて手を引いて導いてくれている良い人ばかりだ。

 だからこそ。

 彼らを疎ましいと思う自分が、嫌になる。


「餓えもなく恐怖もない生活。その代償に背負わされた責任」


 隣で、シアがぼそぼそとつぶやく。

 ちらりと見た横顔は、とても真剣なものだ。声もそう。少し低いそれは、教会で下の子を叱る時にしていた、真剣な響きをしている。怒っているというより、緊張しているのかな。

 ねぇ、とシアが、あたしを見て。


「ハッカ。ハッカにとって、今は幸せなのかな」


 まるで羽をもがれたように自由を奪われ、誰かがいなければ部屋から出ることも叶わず。近しい人に会うことも、きっと制限される。ある程度落ち着いた頃に、一度ぐらいは教会に変えることができるかもしれないけど、きっとそれが最初で最後の『帰省』になるのだろう。

 あたしの世界は城になり、ここで生きてここで死ぬ。

 個人は極力否定され、王妃、という配役を与えられて演じ続ける。

 そのかわり、あたしはもうひもじい思いをすることはない。清潔でいられないことを理由に体調をくずすこともない。欲しいものは手に入るし、できないことなんてないくらい。

 それは、そういう世界は――あたしとって、幸福なのか。


 わからない、そんなことはわからない。

 そもそも、前の生活が幸せだったかもわからないからだ。


 あたしの幸福な時間は、家族を失ったあの日確かに消えてしまって、残りは惰性で存在しているだけだった。自分のためというよりも、神父様やシスターがそういうから生きていた。

 生きているだけで幸福だと、そういう人もいるかもしれない。

 だけどあたしはまだ、そう言いきれないだろう。この生活にどうしても『苦しい』を感じてしまう限り、あの日あのまま、そう思うあたしは一生そばにいる。生きている限り消えない。

 あぁ、それでも――シアは別だ。

 シアだけは、違う。

 あたしは足を止めて、隣を歩くシアを抱きしめる。


「え、ちょ、ハッカ?」


 慌てる身体を抱きしめる。あったかい、優しい。色んな物が心に流れこむ。あの教会での日々の中に幸福を見つけるなら、それはシアとの出会いだ。彼女の存在があたしの幸せ。

 大丈夫だ、あたしはシアがいるなら、きっと平気でいられる。

 幸せだって、にやっと笑って見せるから。

 そんな声にならない思いを伝えるため、ぎゅうぎゅうと抱きしめる。ハッカってば、とくすぐったそうにするシアは、だんだん苦しそうに身をよじった。


「わかったわかった、わーかりました。ハッカが幸せなのはわかったからー」


 よしよし、と背中を撫でられる。

 姉妹だと互いにいうけど、どう見てもあたしが妹だ。

 生まれたのはあたしの方が早かったはずだけど、何だか変な感じ。

 しばらくして、あたしはシアを解放し、ゆっくりとリードが待つ部屋に向かう。少し身支度に手間取ったから、もう食事の準備はできているかもしれない。

 散歩を奪われたリードの楽しみは、だいぶ幅を狭められていると思う。その数少ない残された楽しみの一つは食事と昼寝だ。食事が遅れると、それだけ昼寝が削られてしまうだろう。

 怒られるかな、と少し足を速める。

 あたしだって彼と過ごす時間は、嫌いではないのだから。

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