三人の護衛騎士
候補が出揃って数日。
彼女らと、彼女らが連れてきた侍女のおかげで一気に女性の気配が増えた城内は、元々侍従と呼ばれる人が多かった頃と比べると、やはりどことなく華やかな雰囲気が強いと思う。
最初は女性騎士なんて、という感じだった一部の騎士や兵士も、今は目の色が違う。彼女らの実力は本物だから、それを認めないわけにはいかないからだ。
なおかつ騎士はイコール貴族階級の出身者である証で、二十代前後の若い人が多い。
侍女にしろ騎士にしろ、あるいは何かしらの部署にいる文官さんにしろ、城仕えという時点ですでにこの上ない誉れだ。まぁ、要するに結婚相手として、申し分ないということになる。
ちなみにあたし付きの女性騎士も、何度か口説かれたりしているそうだ。
もっとも、片っ端から断っているそうだけど。
まだ結婚など早い、と彼女らは楽しそうに笑った。
女性は刺繍などをして家を守っていればいい、ぐらいに思っている人も少なくはないというご時世であえて剣を手にした彼女らには、結婚するという概念にさえ興味がなさそうだ。
物語のように、自分より強い相手以外は嫌と、本気で言いそう。
そして、そのイメージが実にしっくりと来る人達だ。
勇ましく、凛々しく、かっこいい。
城内の人気はすっかり、女性騎士の皆々様が独占中である。まぁ、ひょっとするとひょっとするかもな候補の皆々様に注目を向けるわけにもいかないわけだから、自然な流れだろう。
とはいえ、ここまで女性騎士に同性からの人気が出るとは、予想外なわけで。
「ナタリア様、かっこいいなぁ……私もああなりたい」
と、あたしの隣でうっとりするのはシア。
今あたしは、部屋から部屋へと移動途中にある渡り廊下にいる。シアや数人の侍女を連れてのお散歩ついでの移動だ。ここから見える訓練場の周囲には、侍女の姿がとても多い。
その視線が向かっているのは、あたし付きの女性騎士三人の一人、ナタリア。男爵家の令嬢である彼女は、俗にいう剣術の天才というやつで、男だったらなぁと言われ続けたという。
今は休憩時間のはずなんだけど、どうやら他の騎士と手合わせ中らしい。
長く伸ばした暗い色みをした銀髪を揺らし、背も高く屈強な男性騎士相手に立ち回る姿は確かにかっこいい。軽やかに相手の攻撃をかわし、練習用の木剣を相手の首筋に突きつける。
勝負あり、と審判役の男性騎士が腕を振り上げた。
きゃあああ、と侍女の黄色い悲鳴が響き渡る。
「やっぱりナタリア様強いねー」
かっこいいなぁ、と言うシアに、こくん、と頷く。
シアは、苦笑するような顔をして。
「でも、これでまた手合わせしたいって人増えるだろうね、ナタリア様」
しみじみと言った。
そう、あたしとシアは何も見物するために足を止めているわけではなく、通りかかった時にナタリアが勝負を挑まれてしまって、それがちょうど今終わったところだった。
■ □ ■
それは数分前のこと。
あたしはシアを伴って、図書室から帰るところだった。といっても勉強ではなく、何でもいいから時間つぶしになりそうな書物を、片っ端から借りるためだ。
外に、出なくてもいいように。
リードの散歩コースになっているせいなのか、普段よく時間つぶしに使う中庭は今や令嬢の戦場と化している。侍女を伴い、互いにけん制しあいながら立つ集団はかなり異様なものだ。
前に、何も知らずに庭に出たらすごい目で見られて、シアと半泣きになりながら逃げ帰った嫌な記憶を思い出す。お前はお呼びじゃねぇんだよ、みたいな声が聞こえた、気がした。
そんなわけで、あたしは極力あそこに近づかなくていいように、本を確保したり部屋に教師などを招いたりなど、いろいろ苦慮しているのだ。引きこもりしたい、全て終わるまで。
まぁ、あまりにも鬼気迫り過ぎたんだろう、リードまで庭に出なくなっているのは、彼女らの誤算だ。それでもまったく出ないわけにはいかないので、ご機嫌伺いに歩いているのをたまに見かけている。笑ってたけど、あれは後でエルディクス辺りに愚痴ってそうな顔だ。
よほど疲れているのだろう、お昼寝のお誘いが日常の予定に組み込まれている。よくわからないんだけども、あたしが傍にいるとよく眠れるとか言い出して。
時間としてはほんの一時間ちょっと。
でも、それだけでだいぶすっきりした顔になるから、不思議。何もできないあたしでも彼にできることがあると思うと、少しうれしかった。恥ずかしさとかは二の次だ。
実は、本を手に入れたら一度部屋にそれを置きに戻って、それからリードを尋ねる予定だったりする。まぁ、時間的には余裕を持って行動しているから、遅れてはいない。
「お二人は、本当に仲がよろしいのですね」
「あの二人はすでに新婚みたいなんですよー、ナタリア様」
などと二人にからかわれながら、ちょうど庭に面する渡り廊下に差し掛かったところで。
「――失礼だが、そちらの騎士がナタリア嬢か」
立派な格好をした一人の男性が、いきなりあたし達の前に現れた。黒に近いこげ茶色の髪を短く切りそろえた彼は、身なりからして騎士なのがわかる。
しかも、それなりの立場についている、ユリシスのように部下を抱える騎士だ。
「私は確かにナタリアだが、何か」
「手合わせを願いたいのだが」
彼はあたしには見向きもせず、ナタリアだけを見ていた。
以前の一件の影響で、表立ってこっちに手を出してくる貴族は見当たらない。とはいえ姉を妹をどうにかして、という風に考えないとも限らない。なので相手が騎士だとしても、いや騎士だからこそできるだけ気をつけるように、とエルディクスには言われている。
だがどうやら彼の目当てはナタリアで、あたしはどうでもいいようだ。
「申し訳ないが、私は今、姫様を護衛する任についている。それはまた後日」
「ここは城の中だ、賊など入らない」
「だが」
「ならば姫の了承を得ればよいのか。……いかがですか、姫」
いきなり話題を振られ、あたしはとっさにうなづいてしまう。
ほとんど条件反射というか、無意識だ。あたしが知る誰よりも強い彼の気配に、押されるままの行動だった。姫様、と少し困ったナタリアの声に申し訳無さが募る。
それにあたし自身、一度くらいは見ておきたかった。
彼女が、戦うその姿を。
それをそっと伝えるとナタリアは苦笑し、わかりました、と言って彼と去った。それであの訓練というか手合わせとなり、ナタリアはそれに勝利を収めて戻ってきたわけである。
「申し訳ありません姫様、時間をとらせてしまって」
悔しそうな男性騎士にすっと背を向け、彼女はこちらに向かってくる。
ほとんど乱れのない息、やっぱり鍛えている人は違う。
『いいの。ナタリア、かっこよかった』
「ありがとうございます、姫様」
ナタリアははにかむように、ふわりと目を細めた。
「では、お部屋に戻りましょう」
あの二人も待っていますし、とナタリアが笑う。
二人というのは、彼女と共にあたしに仕えることになった残り二人の女性騎士だ。
子爵令嬢のミスティリエと、男爵令嬢のアイシャ。
エルディクスに似たタイプの、明るく付き合いやすいミスティリエ。そして物静かでおっとりとして、剣を手にするとは思えないほどおとなしいアイシャ。真面目なナタリア。
こうして三人をバラバラにみると、どうして友情が成立するんだと思うほどまったく異なる性格。実際、趣味の類も違うし、どういうきっかけで出会って親しくなったんだろうと思う。
だけど違うからこそ、奇妙な噛み合わせで繋がったのかもしれない。
最初はあたしとは年齢も離れているし、かなり緊張した。立場上、呼び捨てにしなければいけないこともあって、どういう風にすればいいのかわからずに胃が少し痛かったりして。
もっと気楽に付き合う相手を選べたら、なんて思う。
今の立場では、叶うはずもないのに。
やっぱり、あたしがまだ『帰りたい』のかな。
ただのハッカという、白い容姿の小娘に戻りたいのかな。
でも、そう思うと胸にぷかりと浮かぶのは、彼の後ろ姿だった。たった一人で立ち続け、歩き出さなければいけない彼の背中だ。さみしげで孤独で、誰かが支えなきゃいけない背。
ただのハッカに戻れば、あたしはあの後ろ姿を見ることもない。
触れることなど、あるはずもない。
――それは、それだけはイヤ。
だったら、あたしはここで生きていくべきなんだろう。
少なくとも、離れるのをイヤだと思えるうちは。
彼が、あたしを要らないって言うまでは。