演者の仮面
「……と、とりあえずお疲れ様」
先ほどまで令嬢達がかわるがわる座った場所に、今度はマツリが腰を下ろす。
進行係を勤めただけの彼女だが、だいぶお疲れだった。まぁ、あの令嬢方のエスコートが相当な重労働なのは、あたしにもよーくわかる。エルディクスにねぎらうよう伝えよう。
シアは三人分のお茶を淹れ、あたしの隣に座った。
全員の顔に、疲れがくっきり浮かんでいる。
「あー、ロザリーが来るとは思わなかったなぁ……」
ああああ、とソファーにぐったりと身を投げ出すシア。あたしもそうしたい。できないけど心はもうそんな感じ。予想外だった、なんであの子がここにいるのか、もうわけわからない。
疲れ果てたあたしとシア。
その横で、マツリは何かの書類に目を通していた。
「えっと、ロザリー様だったかしら……彼女、ローヴェリア侯爵家のご令嬢だったのね」
ふと何かに気づいたマツリが、そんな言葉を漏らす。
どうやら見ていたのは、城にやってきた十人の令嬢について書かれたもので、ほら、とマツリが見せてくれたロザリーについての情報には、確かにそういう名前の家の出身とあった。
だけど、ローヴェリア家なんて、聞いたことがない。
勉強の中で国内の主要な貴族の名前は教わったけれど、そこにはなかった。侯爵、ともなれば上から二番目なんだし、主要と言われる範囲に入っているはずだけど。
「ローヴェリアって、なんかすごいんですか?」
「そうね。格、という意味では候補の誰よりも。ローヴェリア家は王族に代々使え、王妃を数人以上だした家なの。爵位は侯爵だけど、その歴史は公爵家であるライアード家にも並ぶほどだと聞いているわ。フェリシアナ家は、それをわかってて養女にしたんじゃないかしら……」
「わ、わぁ……」
想像を超えるロザリーの素性に、あたしもシアもびっくりだ。
だが、納得がいった。
そんな過去がある家柄に生まれ、蝶よ花よと育てられればああもなるか、と。逆にそんな家柄がどうやったら没落し、おそらく一人娘の令嬢が孤児になってしまうんだとも思う。
親戚ごと潰れてしまったのだろうか。
マツリは詳しく知らないらしく、でも『よくあること』と語った。財政的に厳しい局面になる貴族はそう珍しい話ではなく、そのために使われるのが婚姻――政略結婚なのだそうだ。
財力のある貴族や、貴族とのつながりを欲しがる富豪。そういうところに娘を嫁がせたり嫁をもらったりで、血のつながりを作り、そこからどうにかして潤いを手に入れる。
……ローヴェリアとは、そういう『仕組み』で成り立っていた家だという。
どうやら美女が生まれる家柄だったそうで、まぁ、確かにロザリーは今も昔も結構な美少女だけど、その美しさを武器に――言葉は悪いけれど印象としては、娘を出荷していたと。
この国の王様はリードやその父親のようなひとばかりではなくて、他国からよくわからない一夫多妻制を持ち込む程度に女好きの人もいる。何人か出たという『王妃』は、おそらくそういう時に売り込んだ娘なんだろう。そうやってローヴェリア家は、成り上がっていった。
あぁ、だからロザリーは大事にされたのだろう。
いつか金持ちと結婚し、お金の流れを生むためだけに。
孤児になっても美しさに固執していたのは、きっとそういう事情もあったんだろう。彼女の家ではきっと美しいのが一番で、その美しさにいくらの価値がつくのかが重要だったのだ。
しかしその前に家は没落、というか消滅。お金を作るはずだったロザリーは、哀れ一文無しの孤児になってしまい、あたしやシアがいたあの孤児院に流れ着いた。
しかし金がほしい家があれば、家柄がほしい家もある。
そのやり方がどうであれ、ロザリーは王妃となった娘がいた一族の末裔で、彼女は先祖のように『売れる』くらいには美しい。しかも最低限の教育は受けていて、前向きだし貪欲だ。
彼女なら、王子に取り行って王妃になれと言われたら、ううん、言われなくても息をするようにそうするだろう。そういう一族でなくても、彼女自身の性格がそういう感じだ。
ローヴェリア家の栄光にあやかろうと、フェリシアナ家は彼女を養女にしたのだろう。没落したとはいえ家柄は悪くはないし、よくも悪くも育ちと教養はしっかり身についていたし。
かの家の令嬢ならば王妃すらも望めるだろう、と踏んで。
そして、城にきた。
たぶんあたしのことは聞かされるか、調べるかして知っていたに違いない。あの自信たっぷりの立ち姿は昔と同じで、なんというか……トラウマ、とまではいかないんだけれど。
二度と見たくはなかった、かな。
「ロザリーは王妃狙い、か」
「他は愛人半分、騎士半分……ってところかしら」
「あー、騎士様も貴族ですからね。そっか、お見合いみたいな感覚なんだ」
「だから、要注意するべきは王妃狙いを公言する二人ね。どっちもそれにふさわしいから」
貴族間のしがらみというやつは面倒でもあるけれど、時として武器になる。よくある『派閥』と呼ばれるアレだ。ヘタすると貴族やそれに連なる人々が、最大で三分割かもしれない。
血筋も家柄も、王妃とするに問題のない二人。
クリスティーヌと、ロザリー。
この二人につく貴族は少なく見積もることはできない、とマツリはいう。リードの父親に信頼さいれていた伯爵の娘と、王族との縁が深い没落したとはいえ歴史ある名家のお嬢様。
対するあたしは、神託に選ばれただけの小娘だ。さすがに神託があからさまにないがしろにされることはないと思うけど、あたしにはなにかのものさしで測れるものがないから怖い。
目には見えない、あたしが立たされた場所。
それはあまりにも不安定なものだ、簡単に崩せてしまえるほどに。
「ま、なるようになるよ。ね、ハッカ」
「……」
こくん、とシアの言葉にうなづく。
そう、まだ始まったばかり、今からぐだぐだと悩んでも仕方がない。なるようにしかならないのならば、その時その時にできる限り、自分なりにがんばるしかないんだ。
「それにしても、クリスティーヌ嬢には初めて逢ったけど」
お茶を飲みながら、ぼんやりとマツリがつぶやく。
その黒い瞳は、なぜかあたしに向けられて。
「どことなく、彼女はハッカに似ているように思えたの。見た目じゃなく、中身とかが」
「ハッカに……似てました?」
「付け焼刃的って言うのかな。ハッカはまだ、礼儀作法とか苦手でしょ?」
わたしもそうだけど、とマツリが言う。
確かにそういう意味では、あたしはまだまだ全体的に付け焼刃。最低限ならどうにか出来はするけれど、自分でも他国の王族とかの前で見せられるとは思えない。
動きはぎこちないだろうし、時々うっかり間違える。
「彼女の場合、あの口調というか、考え方がなんだか『無理してる』感じがするの」
「無理……?」
『演技ってこと?』
「そうね、演技っていうのが、一番近いのかも。とにかく何だか、ああいう彼女、というものを無理矢理に作ってる感じがして。ほら、さっきも、いつもの彼女なら言いそうにないし」
「んー、確かにそういわれたらそんな感じもしますけど……」
シアが腕を組んで言う。
確かに、演技といわれれば解決する『不自然さ』はある。
マツリが例としてあげた、さっき見せたロザリーへの反応もそうだ。あたしが持つイメージだったら、彼女はあそこでロザリーに追随すべきなのだ。以前、マツリを笑っていたように。
だけど彼女はしなかった、それどころか苦言を口にした。
あの日はルーフィにあわせてやっただけ、ということなのか。合わせる気持ちは、わからないでもない。彼女はたぶん周囲が自分の味方でなければ、癇癪を起こすような感じだったし。
今日のアレは、クリスティーヌ自身の意思、となるのか。
「まぁ……どっちにしろ、扱いにくい令嬢であることに、代わりはないわね」
「ですねぇ……」
マツリの言葉に、あたしとシアはこくこくとうなづく。
そう、演技しているとかいないとかは、あまり関係ないことだった。
どっちにしたって、彼女は王妃の座を狙ってここに来ている。
ある意味、あたしにとっての最大の壁であることに、なんら変化はないのだから。