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音無し姫の子守唄  作者: 若桜モドキ
■8.強敵、それはお嬢様
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お嬢様の華麗なるお言葉

 ロザリーは、以前同じ孤児院にいた女の子だ。そう、あたしに貴族への苦手意識と、あの頃は使うことなんて無いと思っていた知識を植え付けて去っていった、あのはた迷惑な子。

 彼女は、事故で両親を亡くして、親戚がいなかったから孤児院にやってきた。

 今ならわざわざ孤児院に、と思うけど、まぁ、そこら辺はいろいろあったのだろう。

 没落する貴族、というのは意外と多いらしいし。実際、クリスティーヌの母親の実家も没落しているし、没落を通り越して処刑された家もついこの前出ているし……。


 堂々たる態度でソファーに腰掛けるロザリーは、本人が言うところによると生まれながらの貴族で、身も心も生まれも育ちもすばらしくお嬢様。確かに長い長い金髪はくるくると縦方向にまかれていたし、髪留めも無いに等しいあの孤児院でもそれを保とうとした。

 三日でぐっちゃぐちゃになってたけど。

 孤児院に不釣合いなドレスも、数日でどろっどろにされていた。

 悪ガキの目に止まったのが運の尽き。シスター達が脱げっていったのに、少しも聞き入れなかった結果だ。自業自得なのに泣き喚くものだから、とても面倒だったのを覚えている。


 だが彼女はその程度でへこたれる、しおらしい子じゃなかった。

 すべては高貴な自分への嫉妬なのだ、と解釈するという行為に出たわけだ。当たり前の注意など何をしても、嫉妬、という言葉の前にはじかれて正当な主張も彼女には届かない。

 次第にみんな彼女に関わることをやめた。

 からかったり話しかけたりする、その価値も意味もないとみなされたから。小さい子供はむしろ怯えてすらいたと思う。だってすぐに怒鳴る、怖いに決まっていた。

 それすらロザリーは、高貴な自分への畏怖と捕らえたのだろう。

 まぁ、ある意味で未知への畏怖はあったから、間違いではないけれど。


 周囲を下僕認定した彼女は、それはそれはわがまま放題だった。手伝いということでみんなでやっている毎日の仕事――洗濯とかは一切しないし、食事の内容にもあれこれ文句を言う。

 寄付と仕送りでどうにかやりくりしている極貧孤児院に、何を求めていたんだか。

 遊ぶ時だって、自分が一番。

 ままごとだったら、何より自分が目立つ役をやりたがった。主にお母さんだ。周囲を従えたがる彼女にとって、ある意味で『お似合い』の役だと思う。シアいわく『女王様』。

 もうあたし達は年が上だったから、お母さんとかは小さい子に譲るのが普通だった。

 なのに彼女には遠慮がない。

 常に自分こそが一番上で、それ以外は認めなくて。じゃあ、最初からロザリーを誘わなければいいと言われるかもしれないけど、そうも行かないから困るもので。

 できるだけ彼女がいないところで遊び、いる時は適当に相手をして立ち去ってもらう。

 そんな知恵をつけるのに、あたし達は一ヶ月もかからなかった。


 窮屈な日々を送っていたある日、彼女はどこかの金持ちに引き取られた。極貧孤児院なので貴族に引き取られることはほとんどなくて、そう思っていたんだけどどうやら違ったらしい。

 神父様なら知っていただろうけど、誰も興味がなかったようだ。

 あの日、みんながどこか、清々した気持ちで見送ったことを、今でもあたしは覚えている。

 緑の瞳と金髪が馬車に消え、その馬車が道の向こうに消えて見えなくなって。見送りに出ていた神父様達がいなくなった瞬間、みんなで教会から少し離れた広場に行って喜んだのだ。

 これで、あの『わがままロザリー』と永遠にさよならだと。

 あの日ばかりは、あたしもみんなに混じって飛び跳ねたことを、覚えている。なにせ部屋が相部屋だったものだから、一番迷惑を被っていたのはあたしなのではないだろうか。


 ――それがいまさら、あたしの前に現れた。


 あたしはまぁ、どうでもいいという感じだったから、落ち着いていられるけど。

「な、なんでロザリーが……」

 シアは完全に混乱し、ロザリーを指差している。

 彼女の様子に困惑しているマツリがかわいそうで、あたしはその服をくいくいっと引っ張って自分の方に向いてもらってから、石版に『彼女は孤児院での知り合いなの』と書いた。

 知り合い――というより、二度と出会いたくない人、だけど。

 さすがにそれは書けないから、あとでそっと伝えておこうと思う。


「それはわたくしのセリフですわ。何ゆえ、貴女のような卑しい下女がここに?」

「い、いい、卑しい……ですってぇ!」


 握った手を震わせ、シアが一歩前へ出る。

 下女、とは要するに侍女のような、下働きの女性のことだ。

 ただ同時に、身分の低い女、という意味もある。ロザリーの場合は、おそらく後者の意味でその単語を使ったのだろう。思いっきりシアを見下しているからこそ出てくる言葉だ。

 混乱もさめ、落ち着いたシアは何かを言い返そうとするが、ぐっと押し黙る。

 一歩下がって、ロザリーが出てくる前のような状態へと変わった。

 たぶん、何を言われても耐えるつもりなのだろう。

 あたしのために、きっと。


「あぁ、貴族の愛人狙いなのかしら? ふふ、身の程知らずですわねぇ」


 そんな彼女に気を良くしたのか、調子に乗ったのか、ロザリーは顔を醜く歪めるように笑っている。学がないのはかわいそうですわぁ、と肩を揺らして、目を細めていた。

 あまりの物言いに、あたしが立ち上がろうとした時。


「ロザリー様、少し口が過ぎるのではないかしら」


 あたしでもシアでも、マツリでもない。

 クリスティーヌが、口元を隠す扇をぱちんと閉じて、言った。

 す、と睨むように細められた瞳が、ちらりとロザリーの方に向いている。そこにあたしは嫌悪や怒りといった感情が、滲んでいるように見えた。何となく、そんな気がした。


「あら、本当のことを言ってさし上げただけですのに、伯爵家程度ではあまり身分の違いなど気にならないのかしら。見るからに高貴さもありませんものねぇ、おふたりとも」


 笑い続けるロザリーは、あたしとクリスティーヌを眺め笑う。

 確かにクリスティーヌは伯爵令嬢だから、そういう意味では確かに『下』だろう。あたしなんて神託がなきゃ消し飛ぶのも簡単な身分だし、生粋の貴族からするとやはり『下』だ。

 だが、そんな視線などものともせず、クリスティーヌは淡々と言い返す。


「高貴な女は、本当をそのまま口にするような、下賎で低俗な趣味などないわ。身分を気にするのはより下の者。その程度のこと、真に上のものならひけらかす必要もないでしょう」


 クスクス、とクリスティーヌが笑う。強い言葉の裏側には、あたしにもわかる悪意がにじんでいた。一度、孤児の身分に落ちたお前も、自分から見ればあたしやシアと同類だと。

 上のものにとっては下など、よくも悪くも存在が薄い。

 いちいち気にするのは横並びだから。

 たぶん、彼女はそう言いたいんだろう……と、思う。

 それに気づいたのか、ロザリーは悔しそうに顔をゆがめる。思えばロザリーは口喧嘩があまり得意ではなかったようで、だいたい誰かと口論になっても泣き叫んで終わっていた。

 またかな、と思ったが、さすがに学習して強く放ったらしい。


「なによ、やってらんないわっ」


 素の口調に戻ったロザリーは、とびらの向こうで慌てた様子の侍女を置き去りにドスドスと部屋を出て行く。そのまま部屋に戻ってくることはなく、思わず安堵の息を吐いた。

 正直、話をするのも嫌だったので、これはこれで助かった。

 残されたのは、あたしとクリスティーヌ。

 そしてシアとマツリの、四人だった。

 実質、あたしとクリスティーヌの一対一での話になる。ロザリーと一対一とか、考えるだけでお腹が痛くなりそうだった。できれば永遠に回避し続けたいと思う。


「お知り合いでしたのね」


 先に口を開いたのはクリスティーヌ。

 彼女はまた、扇を広げて口元を隠すようにしている。前から少し気になっていたけど、彼女のそれはそういうクセなのだろうか。美人なのだから隠さなくてもいいのではないかと思う。

「彼女は何も言わなかったけれど、私と同じで王妃狙いですわ……無謀なこと」

 ゆっくりと、言葉を選ぶように運んでいくクリスティーヌ。

 ある程度予想はしていたが、いざ『王妃狙い』を認められると複雑だった。お前の婚約者を奪う、と直球に宣言されたようなものなんだろうから。

 ここは、怒った方がいいんだろうか、さらりと流すべきか。判断に苦しむ。

 前から自覚していることだけど、あたしが所有する選択肢の中で、こういう状況で使えるようなものはかなり少ない。リード共々、ここらへんはもう少し鍛えた方がいいらしい。

 腹芸、というんだったっけ。

 できた方が何かと生きていくのに楽なんだそうだ、この世界では。


「……反応が薄いんですのね」


 目を細め、クリスティーヌはじとりとあたしを見る。

 それからあたしの、首に巻かれたチョーカーに気づいて、少し顔色を変えた。

「あぁ、そうでしたわ。声を失っていらっしゃったのですわね。忘れておりましたわ」

 気にしないで、と声を綴ろうとチョークに手を伸ばす。

 でも、それより先にクリスティーヌは、すっと立ち上がってしまった。

「別に理解しあう必要などありませんし、私もこれで失礼しますわ」

「え、でも」

「いいから扉を開けなさい。私はこれから、大切な用事があるのですから」

 困惑気味のマツリを、半ば押しのけるように去っていく。

 だが、最後に少し振り返って、彼女はじとりとあたしを見た。いつか向けられた、よくわからない感情の込められた不思議な目だ。何かが隠れていることしかわからない、未知の視線。

 すぅ、と灰色の瞳が細められる。

 やはりどこか睨むような鋭い視線に、あたしは思わず視線をそらしてしまう。


 ――覗きこむのが怖い目だと、思った。


 視線が交わったのは一瞬で、あたしが目を離すと同時に彼女は部屋から消える。

 扉が閉まり、遠ざかってく足音だけが響いていた。

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