戦闘開始
さて、そして今日の予定の説明だ。
今日はひとまず衣装合わせ、明日に備えてのアレコレだ。
あたしは明日、応接用の部屋で、件の十数人とお話をするらしい。
もちろん一人ずつだ。
さすがに全員対あたしという構図ではでは勝てないと思う、勝てる気もしない。
シアが一緒にいてくれるからいいけど、一緒にいるというよりほとんど巻き添えだ。
そもそも彼女らを囲う――ということになるかもしれないのはリードであって、あたしはさほど関係ないっていうか関わりたくはないんだけど。極力近づきたくもないんだけど。
「っていうか、ほとんど宣戦布告なんじゃ……」
「まぁ、そうだね」
あっはは、と苦笑するエルディクス。
なお、一番乗りはクリスティーヌ・セヴレスだという。数日前から城に通っていたはずの彼女は例の一件の後、屋敷に帰っていたのだけれど、今朝になって再びやってきた。
シア曰く、いかにも仕事ができそうな侍女を数人引き連れて、わざわざ買い揃えたらしい高そうな家具やらドレスやらも持参して、それなりに良い部屋を確保しているのだそうだ。
神託やらの話が出るまでは、王妃候補にも数えられていたという彼女。
あたしは、あまり好きではない……というか、苦手だ。冷たい態度と目が怖い。口元を扇などで隠しているから表情も読みにくいし、表立って敵意などを見せないのが逆に不安だ。
両親共にそういう生まれという生粋の貴族というのも、苦手意識の元凶に数えられるだろうなと思う。付け焼き刃なあたしでは、どうやっても勝てそうにない。
「そこでリードのサポートが光り輝くわけだよ」
「はぁ……」
「リード様、気をつけてくださいよ。私の姉妹を、悲しませる行為とか勘弁ですから。あれは完全に『王妃』狙いですよ。めっちゃくちゃ豪華なドレス持ち込んでましたもん」
愛人程度で妥協なんかしませんって、とシアが力強く言う。
シアはあたしの衣装を選ぶため、城の衣装室に出入りすることが多い。普通なら実家から持参するなり新しく買うなりするそうだけど、あたしはまともな服すらなかったから。
普段使いのドレスやらは一応そろったけど、それでも組み合わせ次第で足りないという。
外出するわけでもないなら着れたらそれでいいんじゃ、と思うけど、それを言ったらシアのみならず衣装担当の人にも怒られそうなので、賢くなっているあたしは黙っておく。
そんな事情もあって、シアは頻繁に衣装室に出向いているらしい。
それなりに目が肥えたというシアだけど、その彼女から見てもクリスティーヌが持ち込んでいる衣装類は、かなり『本気』を伺わせるものなのだそうだ。
見た目もあって、絶対に並べばあたしの方が見劣りするとシアはいう。
確かに色はこっちが派手というか、目立つ。でも身長があり、スタイルも整っている『大人の女』のクリスティーヌを前にしてたかが『色』は、あまりにも無力だった。
「……まぁ、彼女の母親も、王妃狙いだったそうだからね」
しみじみした様子で呟くエルディクス。
何でも、少し前に彼は自分の母親からこんな話を聞いたそうだ。
クリスティーヌの母親ヴィオラは、娘がまだかわいく見えるほど貪欲で、何かとすさまじい令嬢だったという。幼なじみという間柄から自然と恋仲になったリードの両親を、どうにかして引き裂いてやろう、蹴落としてやろう、自分が奪ってやろう、とあれこれ画策したという。
そこまでは、ルーフィと似ているように思うけど、彼女とその両親は、バカでもなければ愚かでもなかった。実に賢いやり方で、王妃の座を手に入れるべく画策したという。
二人を引き裂こうとしているのは目に見えているのに、彼らがしていることは違法ではないから処罰することもできない。王子――リードの父親に向かうならともかく、彼らの狂気は同じ貴族だったリードの母親の方に向かったそうだ。いくら王族でも、正式に結婚しているわけでも婚約しているわけでもない、ただの幼なじみに過ぎない彼女を守れなかった。
そう、向こうの狙いは令嬢が力尽きるという展開だったそうだ。
彼女から離れていってしまえば、王子は追いかけることはできないだろう。
そうなると、唯一の候補となった自分こそが、その隣に立つことになる。
しかし、彼らの思惑は大きく外れてしまった。
身を引こうとした令嬢を、王子は城に閉じ込めて既成事実を作ってしまったのだ。
最終的には二人は結婚できたわけなのだけど、そこに至るのもまた凄まじく。他国からの正体に婚約者として彼女を連れ回し、同行した騎士を証人に婚約の儀を行い、そして。
「父上は隣国に嫁いだ従妹の誕生パーティで、宣言したんだ。母上との結婚を」
「……すてき!」
目を輝かせるシアと、それに同意するように目を細めるマツリ。
リードの両親をあたしは知らないけど、すごい人だったんだなと思う。
国外とはいえ、公式の場所で宣言された結婚に、どんな貴族も文句をいえなかった。というよりもクリスティーヌの母親一家のやり口があまりにも露骨で、すっかり人気をなくしていたというのもあるという。庶民にまで話が伝わっていたそうだから、すごかったんだろう。
やや強引ではあったが、二人の結婚は祝福された。
それでも諦めなかった彼らは借金をしてさらなる工作をし、正式に妻以外の女性はいらないと国民の前で宣言するまで何が何でも、と食らいついてきていたという。
そう、今みたいな感じに。
あたし達は、後手に回っているけど。
気づけば娘の年齢は二十代半ば、貴族としては行き遅れという段階。失意の中、ヴィオラの両親は相次いで他界し、残されたのは積み上がった借金と、地に落ちた信用や名声だけ。
栄華を誇った時代、はべらせていた男も女も離れて、自分一人。
この国でも有数の格を持つ侯爵家は、こうして絵に描いたような没落を始めたのだった。
だから、セヴレス伯爵と結婚した時は、かなり騒ぎになったらしい。なぜならば、彼女は伯爵を『成り上がりの下郎』と呼び、事あるごとに蔑んでは嘲笑していたから。
「伯爵は元々男爵でね。いろいろあって一代で伯爵まで上り詰めたお方なんだ。それを国王陛下に取り入った、とバカにするものも多くてねぇ。……ま、その筆頭が例の侯爵家というわけ」
「負け惜しみですよね、それ」
「まぁね」
それでも、そんな相手に嫁いだのは、のりに乗っている伯爵家だからだろうと言う。
王の側近を勤める高給取り。屋敷も貴金属もドレスも、手元にあって金となりうる何もかもを売り払って、どうにか借金だけは何とかした彼女は彼にすがったのだ。
蔑んでいた相手と結婚してでも、『庶民』にはなりたくなかったのだろう。
あたしには、そこら辺の気持ちはわからないし、わかりたいとも思わなかった。
「ったく、親子二代で来るとか恐ろしいぜ」
「選んだのはリードだけどね」
「……消去法だ、消去法。あれでも、ほかよりはマシだったんだ、だいぶ」
机に突っ伏すリードは、深くため息をこぼしている。その疲れきった全身からは『一人として選びたくなかった』という心の声が、叫ぶような勢いでほとばしっていた。
クリスティーヌがマシならば、ほかはどんな人がいたんだろう。
少し興味があるけど、聞かない方が幸せという気もした。
「大体、愛人なんて必要ねぇよ……」
こいつがいるし、とつぶやく声が、かすかに聞こえてどきりとした。
それから力尽きたようにぐったりしたリードに近寄り、あたしはそっと背中をさする。
元気を出してって伝えるため、抱きしめられない代わりに。エルディクスが手配してくれた石版はまだ届かず、この声をすぐに伝えられないのがとても残念だ。
「それで、ハッカもやっぱり奥の……後宮? に、移るんです?」
「いや、これまで通りでいいよ」
「よかったー、これ以上悪口とか聞きたくないですもん」
「……お前、陰口とか言われてるのか」
がばりと身体を起こしたリードの問いに、小さくうなづく。
シアはとても心配し、そして怒ってくれるけどあたしはあんまり気にしていない。髪の色は呪われた結果だの何だの、少なからず昔からいろいろ言われてきたから。
それなりに、耐性がついてしまっている。
よくないことだとは思うけど、慣れてしまったものは仕方がないし。
「いいか、もし今度そんなことがあったら、俺の名前を出して黙らせろよ」
わかったな、とあたしの肩をつかんで言う彼に、素直にうなづいた。
名前を出すのは多分、あたしじゃなくてシアだろうけど……。
リードはそれから、ぶつぶつと何かつぶやいている。そんなの許さない、とか、別にどうでもいいけど、とか。早口だから聞き取れなくて、あたしは思わず近寄るけれど。
「……近い」
リードに押し返されて、距離をとられてしまう。
少しは仲良くなれた……はずなんだけど、肝心なところで一線引かれてる感じだ。
もう少し、近寄りたいのにな。
「ずいぶん、仲がよくなってるねぇ、二人」
「何か、いいきっかけでもあったみたい」
と、寄り添う夫婦がニコニコして、シアがにやりと意味深に笑う。
彼らの笑みにリードが怒ったのは、言うまでもない。