後宮、あるいは花園への備え
その日、あたしは珍しく、リードの執務室に呼ばれていた。
自分から尋ねることが多く、呼ばれるなんて数える程度だったと思う。どういうことなんだろうね、と同じく不思議がるシアと一緒に、あたしは休憩中らしい彼のところに向かった。
そこで聞かされたのは、だろうなぁ、という報告。
ついに、ご令嬢の皆々様がやってくるということだった。
蜘蛛の巣まみれとはいえ、この国の王様には複数の妻を持つ権利がある。妻、というよりも愛人的なものらしく、しかしもはや権利や制度は飾りだけで、ここ最近の王様は一夫一妻。
リードもそのつもりなのだけれど、貴族の多くがその制度を使い出した。
つまり――自分の娘を、リードの『愛人』にするために送り込んでくるというのだ。
大事な娘を愛人枠にしていいのか、という思いがないでもないが、そこはそれ、あたしを蹴落とすつもりなんだろうなと思う。まぁ、そう簡単に蹴落とされてやるつもりはないけれど。
「つまり、わたしの責任重大ってわけですね?」
横で話を聞いていたシアが、真剣な顔をする。
そう、城にやってくる令嬢の中に、どういう『敵』が潜んでいるかわからない。いつも誰かが守ってくれるとは限らず、ほぼ常に張り付いていられるシアの役目は小さくないだろう。
彼女が活躍しなきゃいけないことがなければいいけど、そうはいかないんだろうな、と少し前のあれやそれを思い出す。あそこまでの大騒動にはならなければいいけど。
「……いっそ大騒動になったら、あいつら全員まとめて追い返せるんだけどな」
ぽつり、と漏れたリードのつぶやきに、いつもなら苦言を呈するエルディクスも、同意するような苦笑しか浮かべない。それだけあの騒動は、ある意味では『都合がいい』ものだった。
今までは、あくまでも暫定だったり、自称だった。
あれだけの大騒動がなくても、追い出すことは簡単な存在。
しかし、これからは違う。彼女らはそれなりの立場と権力を持ち、城で『暮らす』ことになるのだ。制度として存在しているものを利用されるので、拒否することも難しい。
今まで放置してたのが悪い、と言われたらそれまで。リードはある程度自由になったらすぐさま関係するありとあらゆる制度を亡き者にするつもりらしい、意地でも、何が何でも。
話を戻そう。
リードの寵愛を求めて来る令嬢は、結構な数になったのだという。しかし、さすがに何十人もというわけにはいかない。試験やらで人数を絞り、十人ほどに収めたのだという。
上は公爵、下は子爵。
候補段階では富豪など貴族ではない身分の令嬢もいたそうだけど、今回はひとまず除外ということになったそうだ。あくまでも試験的なもので、たぶんコレ限りで終わらせる予定だし。
選ばれた十人というのも、大臣など要職に就く貴族の娘やその親類達ばかりだ。
要するに、身元がしっかりしている人ばかりである。
彼女らをどこに住まわせるかというと、そこでマツリの言葉でいうところの『後宮』なるスペースだ。城の奥にあるそこには、特定の名前はついていないらしい。
花園だとか楽園だとか、そういう感じに呼ばれていたようだ。
元々、凄い女性好きだったというどこかの代の王様が、例の制度を理由に好き勝手に女性を囲うために作ったとかで、マツリの説明してくれた『後宮』としての機能があったか怪しい。
面倒なので、あたし達の間ではだいたい『後宮』呼びになっていた。
年に何度か掃除をするのみで最低限の警備を残し長年ほったらかしだったそこは、連日次々と荷物が運び込まれている。ドレスや愛用の家具、連れてくる侍女などの私物などなど。
そうなる前に一度見に行ったけど、なかなかすごい派手さだった。
大昔には古今東西の美女が集められていたというのだから、すさまじい。
古い建築技術、とやらが使われているらしく、それもあって壊されずにいたそうだ。たまに建築家とかがやってきて、研究ついでに補修もしていたとかなんとか。
あたしは一度だけ見たけど、寂れているとはいえさすが後宮。
実に豪華なものだった。確かにこれは壊すのはもったいないという気もするし、どうにかして再利用できないかなと思う。それはリードも同意権で、今後関係者と相談するらしい。
まぁ、建物はともかく、問題はそこにしばらく滞在する令嬢だ。
彼女らは、それぞれ実家から数人の侍女を連れてくるという。その方がいろいろ面倒が少ないだろう、という配慮らしい。確かに特別に雇用するのも、何かと手間がかかるわけだし。
最初から追い返す気満々なんだなぁ、たぶん。
いや、そうしてくれないとあたしもそれなりに困るけど。
で、彼女らと城の侍女の見分けに使うのが、専用に作らせた腕章らしい。一人ひとりに植物のモチーフを当てはめて、それでどこの令嬢の侍女なのかをわかりやすくするのだとか。
「……ってだけでよかったのに、気づいたら刺繍の細かさで侍女の爵位までわかるようになってた辺り、女って恐ろしいな。何がそこまで対立関係を煽るんだ」
やや引き気味に呟くリードに、あたしは全力で同意した。
そんなこんなで、着々と準備は進んでいる。ちなみに
令嬢同士ならばともかく、たかが侍女同士で実にくだらない。お金の無駄だと思う。
その流れで、シアにも腕章がつけられていた。あたしもシアも孤児なので、王家の紋章を簡略化したやつだ。植物モチーフではないから、ひと目でその立場がわかるだろう、とのこと。
最初は腕章だけだという話だったから、たぶんリードなりの意趣返しだ。
という風に、無駄ばかり増えているように見える一方、ちょっとした良いこともある。
基本的に半分以上が男性である城内の人員に、一時的とはいえ女性が増えるため、彼女らを守る騎士の需要が高まった。そう、女性騎士の雇用枠拡大ってやつだ。
この国には、一応女性騎士というものが存在している。
主に王族の女性――王妃や王女、あるいは女性の来賓を守るのが役目だ。
しかし、この国には長らく女性の王族がいない。なので女性騎士は数を減らされ、なりたくてもなれないという状態だった。男性でも女性でも騎士は騎士で同じだろう、とあたしは思うのだけど、騎士になるのは基本貴族というところを思うと、数が減らされる理由はわかる。
そこへ来てのこの騒動で、騎士を目指しながらも様々な理由と侍女で断念した女性が一気に雇用されたわけだ。元から予定があったものを、一気に前倒しした形らしい。
一応あたしがいるし、もしかしたら王女を産むかもしれないし。
しかし……いざ子供とか言われると、恥ずかしいような叫びたいような。
自分からキスしておいて、という気もするけど、うん。
まぁ、そんな裏事情はともかく、それに伴い、あたしにつく騎士も変わった。これまではユリシスとその部下数人が暫定的についていたけど、今度は勇ましくかっこいいお姉さんだ。
同じところで腕を磨いた仲間らしく、ユリシスいわくそこが採用理由だったらしい。
あたしを守る騎士は、何があっても迅速に対応できるようでなければいけない。だから腕が確かで、それこそ目で会話できるような強い繋がりがある彼女らが選ばれたのだとう。
三人いる騎士は全員二十二歳で、実にきれいなお姉さん達だ。
騎士の称号を代々持つ子爵や男爵の家柄で、彼女らの男兄弟も騎士を勤めているとか。
「はいはーい、質問でーす」
あたしの隣で話を聞いていたシアが、手を上げて質問した。
「兵士さんに女性はいませんよね? それはどうしてなんですか?」
「兵士の現場はね、女性向きの職場ではないんだよ」
すっかり『先生』という立ち位置になったエルディクスが、細かく説明してくれる。
兵士というのは、ある意味でこの国で一番激務となるだろう職場だと言う。生活習慣は不規則になるし、寝る時間もおきる時間も、休みも全部バラバラ。
正直、最終的には気力と体力勝負になるのだそうだ。
昔は女性兵士もいたらしいけど、なかなかの激務具合で長続きしなかったという。その代わりに城での雇用を広げて、働く場所の帳尻合わせをしたそうだ。そういえば城で働いている侍女の半数以上は普通の家の人だって、前にどこかの勉強で聞いたことがある。
あたしの周囲にはいないけど、シアぐらいだけど。
「じゃあ、騎士に女性がいるのは? しかも貴族ばっかりですよね」
「女性騎士の場合はまた事情があってね。騎士は国内外の王侯貴族を相手にするんだ。ここで重要なのは国外からの来賓相手で、場合によってはどうしても『女性』が必要になるのさ」
あ、とあたしは前にエルディクスに教わったことを思い出す。
世界には様々な文化があり、場所によっては王族――に限ったことではないけど、身内以外の男性に近寄る、という行為を女性にきつく禁じていることがある。
そうでなくともやはり、女性には女性の方がいいだろう、ということらしい。
「騎士が貴族階級で構成されているのも、それと同じ理由だね」
貴族という枠組みをことさら重視している国もあるんだよ、とエルディクスはいう。そういう人にとっては騎士としての有能さはどうでもよくて、貴族であればそれでいい感じで。
……あたし、平民どころか孤児なんだけど、どうするんだろうな。
たぶんどこかの貴族の養女になってから、って感じになるんだろうとは思うけど。そこら辺の実務的なあれこれは、あたしにはさっぱりわからないからみんなにお任せ状態だった。
っていうか、あぁ、そうだ。
あたしのことを二重三重に毛嫌いしてるお嬢様が、今、城にわんさかと押し寄せているんだった。城に滞在するのは十人だけど、通ってくる人数はたぶん未知数、考えたくはない。
さすがにあの人――ルーフィみたいなのは、いないと思いたい。ああいうのはあの一人で充分だし、また何か騒動を起こされるかと思うと、早くも疲労感が募る。
さすがにリードが選んだらしいから、その最悪の展開だけは回避されるはずだ。
でもきっと、似たようなタイプばっかりなんだろうなぁ……。