支えになりたいの
「わたしは、彼にふさわしい妻になりたいの」
そう言って笑うマツリは、とても綺麗でかっこよかった。
けれど、見る度にあたしは思う。あたしは、同じことを思ったり口にしたりできるのだろうかと。そして、今のあたしにはそれらを実行できるのかということを。
マツリは、自分はまだまだだと思っているみたいだけど、彼女には魔術がある。あのエルディクスが見初めるほど、素人のあたしでもわかるくらい、その魔術の才能は優れている。
他の人には無い、彼女だけの『武器』だ。
なんたって、神託を賜ることができたくらいなんだから。
確かに異国人――というか異世界人の彼女は、こちら側での立場はないようなもの。故郷でも一般人である彼女は、こちら側でも限りなくその立ち位置だと言っていい。
けれど、それをねじ伏せるのは彼女の力。
魔術師としての、天性の才能。
彼女の職場復帰にも、それは大いに力を発揮した。普通だったらたぶんクビか、こうしてあたしのそばにいることもなかっただろうに、そういう意見を跳ね除けられる力があった。
結局のところ、彼女の変わりになる女性魔術師が他に見当たらないわけだ。
城が抱えている魔術師の中で、女性は一割。
人数にして二十人もいないという。その多くが、エルディクスからすると名ばかり――正直なところ、万が一に備えているだけの、ほとんど数合わせの魔術師らしい。
女性魔術師にしかできない作業、魔術、儀式というものが、少なからず存在する。彼女達はそのための存在で、戦力的には戦争にでもならない限り数えることはないのだという。
そもそもの問題として女性魔術師は何かと面倒な制約が多いから、基本的になりたがる人はあんまりいないのだそうだ。ただでさえ数がなく、勤務地が城内であることから身元がしっかりしているとなると、探すだけでも面倒なのである程度の妥協を余儀なくされるのだとか。
探している間、あたし付きの魔術師を不在とするわけにはいかない。
だったら、とりあえず失敗は水に流し、マツリを使うのが手っ取り早かった。
ライアード公爵の一人息子が、溺愛する奥方というのは強い。エルディクス曰く、後任はどうせ見つからないからこのまま終わるだろうとのこと。それだけ身元がちゃんとしていて後ろ盾なんかもあって、なおかつ女性の魔術師というのは希少価値が付加された存在なのだ。
なぜそんなに少ないのかというと、魔術師の才能が血筋によっても受け継がれる、という神様がそういう風に作ったのだろう『仕組み』が、だいたい悪いのだろうと思う。
その時、重要なのは父親ではなく、むしろ子を腹に宿す母親なのだそうだ。母親の魔術師としての力が強く、父親との相性や力のバランスが取れているほど子供にはいいらしい。
だから魔術師家系では、男児より女児が好まれるとかどうとか。
そこら辺でバランスをとるよう、神様が調整したって話があるらしい。
神様は気が利くのか利かないのか、よくわからなくなる。
結果的に女性魔術師は子供を産むことを求められることが多くなるらしく、なので魔術を本格的に使う女性は多くない。それを武器にのし上がることはできるのだろうけど、子供がお腹にいたら魔術は一切使えなくなるというし、だからエルディクスも気を使っていたわけで。
魔術を戦術の一つとして嗜む女性騎士はいるそうだけど、やっぱり魔術師ができるだけ側にいたほうがいいよねってことなんだとか。なので、マツリしかいないという終わり方だった。
多少の無視しがたい事情はあれど、そこからチャンスを掴んだのは、マツリが所有するその実力ゆえだ。対するあたしには、これといって人に自慢できるような技能は何もない。
魔術なんて、使ったこともないし、練習はしたけど何も無いので才能は皆無。
料理はできないことも無いし、裁縫も人並みにはこなせる、はず。
でも、そんなの王妃には必要ない技術だ。そもそも。自慢になるほどの腕もない。一般市民として生きていくのに充分な程度で、それを仕事にできるなんてうぬぼれも出てこない。
ダンスもまだまだという段階で、基礎的なものならともかく、ちょっと難しいステップやテンポが早くなると、たちまち足がなかなか追いつかなかったりするという体たらく。
礼儀作法は大丈夫そうだけど、本職のご令嬢方には勝てる気がしないし。
「大丈夫、今のハッカは、前のわたしよりずっとしっかりしてるから。本当に振り回されている人は、たったそれだけの人は、そもそも自分の『状態』に気づきすらしないわ」
それは、確かにそうだろうと思う。
だって気づかない限り、そうなっているのが『当たり前』の世界で、どんなに振り回されてから回っていても、その人にとってはそれがいつも通りなわけだ。
だから気づけたなら大丈夫、とマツリは笑う。
「問題は、そこからどう動くか、変わっていくか……だと思う」
でもハッカはそこも大丈夫だから、と頭をなでられる。
そんなに年は離れていないけど、マツリの方がずっとずっと大人に思えた。実際、彼女はあたしよりずっと先を歩いているのだし、でもちょっと恥ずかしい感じだ。
その励ましは、心の重みを適度なものにしてくれる。
そう、振り回されていると気づいたからって、そのままでいいわけじゃない。何かしら行動しなければ、それは気づいていないのと同じ。何も変わらないのだから。
今のあたしにできること、それはやっぱりリードに関することになるのだろう。
これなら、ある程度はあたしの意思で、好きなようにできるはずだ。まぁ、やることにもよるけど、例えばちょっと一緒にお昼を食べるだとか、少し話をする時間を作ってもらうとか。
自分から行動を起こし、実現しうるものは少なくない、はずだ。
そういえば、リードに関して、最近気づいたことがある。ここ最近、リードはかなり疲れた様子を見せていることだ。いろいろ問題も多かったから、きっとそのせいだと思う。
夜だって、あたしが寝た後にようやく戻ってくることもあって。
朝になっても、若干疲れを引きずったような表情で、執務室に出かけていく。だいぶ疲れが溜まっている感じなのに、あたしの前だと彼は笑顔しか見せてくれない。
思わず問いかけても、大丈夫だ、と言うだけ。
さらに言い募ろうとすれば、仕事などを理由にそそくさと出て行ってしまう。
シアは、男の子は弱いところを見せたくないだけ、そういう生き物、あんなの平気なフリして強がってるだけだよ、ハッカは悪くないよ、と励ますようにいってくれるけど。
本当のところは、頼りないと思われているだけだと、思うんだ。
ちょっとした弱みも、疲れも、見せられないくらい弱く見えて頼りないんだろうなって。
――悔しかった。
あんなに勉強をしても、前に進んだような気がしていても、あたしは彼の安らぎだとか話し相手だとか、そういうものにすらなれていない。それは、あたしが頼りないせいなんだろう。
あたしが子供だから、彼なりに遠慮しているんだ。
以前とは、違った意味であたしは自分の中の『子供っぽさ』を憎む。そりゃあ、全力で寄りかかって来られたらちょっと自信ないけど、話を聞くぐらいならちゃんとできるのに。
「そうね……じゃあ、疲れを取るようなものを、集めてみる?」
「疲れを取るってなると、やっぱり食べ物ですか?」
「それもいいけど、アロマとかもありなんじゃないかなって。温室とかにあるし」
「アロマ、ですか?」
「あー、えっと……ハーブの香りとかを楽しむこと、なんだけど。リードは香水はあんまりっていうかむしろ嫌いっぽいけど、自然の香りは嫌いじゃないから、たぶん喜ぶと思う」
どうかな、と問われ、あたしは考える。
確かにハーブの中には、香りなどで疲れを取る効果があるものがあるって聞いた。花や葉を乾燥させたり、オイルを抽出したり、いろいろ種類があるとか。教会での行事に使ったりすることもあったから、それなりに庶民にも身近なものだ。育ててる家は結構多かったし。
城の温室はかなり規模が大きくて、市民も事前に手続きさえ取れば立ち入ることができる場所だとか。そこでは城に飾る花や、魔術や料理に使うようなハーブを育てているそうだ。
そこなら一般的に使われるハーブ類は、ほとんど揃っているとマツリは言う。オイルなどの生成物も作っているらしいので、有料でそれらを分けてもらうことも可能とのことだ。
今日は午後の予定はこれといってなかったはずだし、あいた時間にシアと三人で温室に出かけるのも悪くない。行ったことなかったから、単純な好奇心もある。
とりあえず、もうじきお昼だから、それを食べてからにしようかな。
せっかくだからマツリも一緒に食べていけばいい、と提案すると、少し嬉しそうに了承してくれた。シアが張り切って食事の準備をするべく、部屋を慌ただしく飛び出していく。
こうして、ゆっくりでも前に進んでいこう。
どんな小さなことでもいい、彼の支えになりたい。