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音無し姫の子守唄  作者: 若桜モドキ
■6.あなたの隣で眠らせて
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失敗作の終焉

 兵士に押さえつけられながらも、ルーフィは必死にあがいた。

 腕を伸ばして、ただひたすらエルディクスを求める。床に押さえつけられ、きれいなドレスも整えられた髪も、ぐちゃぐちゃにしながら。必死の顔で、泣きながら叫んでいた。


「ルーは男爵の娘なのよ! お前達が逆らっていい相手じゃないのよぅ!」

「大人しくしないと、手荒な真似をすることになりますよ」


 冷静なユリシスの諭す声も、完全に癇癪を起こした彼女には通じない。

 非力な女の子、とはいえ手足を振るって暴れたら、大の男でもなかなか抑えることは難しいようだ。相手が一応は貴族の娘で、死なせる訳にはいかない相手だからなおさら面倒。

「触らないでっ。ルーは、ルーはエルディクス様の妻なんだから!」

 そうでしょうと叫び、視線を向けた先にはエルディクスがいる。

 冷たい目で彼女を見下ろす彼は、口元を歪めた。

「ボクの妻? あぁ、例の取引は無しだよ。そもそも、君の父上が糾弾した罪は、君達のモノじゃないか。嘘を吐かれたこっちは被害者だよ。余罪ならいくらでも見繕ってあげる」

「ち、ちがうもん、ルーは何も」

「ハッカとマツリに剣を向けた時点で、もはやすべて『終わり』なんだよ」

 鼻で笑い、エルディクスは肩を揺らした。


 そのやり方の是非はともかくとして、彼なりに考え、マツリのために飲んだ取引をこんな形で反故にされたエルディクスは相当頭にきているらしい。笑っているけど笑ってない。

 許可されたら、この場でルーフィを斬り殺しそうにも見えた。

 ユリシスがいるから、いざという時は止めてくれると……信じたいけれど。


「でも、この指輪があるんだから!」


 ずりずりと引きずられるように抱き起こされたルーフィは、なおも叫ぶ。

 その顔は、もう可憐な貴族令嬢のそれじゃなかった。

 彼女も無意識では理解しているのだろう。ここで兵士に連れて行かれたら、それを許してしまった瞬間に、自分の命運も何もかも終わってしまうということを。

 二度と表舞台には出られないし、そもそも命も危ないことを。

 普段の言動がどうであれ、本能的にそれを察したのだろう。

 でなければことここに及んで、なおもあがくようなことはしないはずだ。ましてやこれだけの人数の前で醜態を晒すなんてことを、普段の彼女からして絶対に許さないし許せない。


「ねぇ、エルディクス様! 婚約者のルーを捨てるっていうの!」


 彼女が振り上げた手に光る、美しい指輪。

 大きな宝石をあしらったそれをみて、マツリの身体がぴくりと震える。ぎゅ、とすがるように彼女はあたしの服を掴んだ。彼女はあれを見たくないのだろうと、そう思った。

 エルディクスは、静かに指輪を見ている。

 何も言わない彼を見て、ルーフィは勝ち誇るように言った。


「婚約者を断罪するなんて、公爵家の名前に傷がつく行為ができるの、エルディクス様」


 得意気に笑うルーフィ。

 普通に考えれば、それは恥ずかしいことだ。罪を犯した相手を法に則って断罪することそのものはとてもよいことだけど、罪人になってしまうような人を花嫁に選んだという意味で。

 だから貴族の中では、内々で話をつけることがあるという。

 特に公爵のような存在が関わると、騒ぐほど国全体に影響を与えかねない。

 彼女は、それを利用しようとしているようだが。


「……できるさ、婚約者じゃないからね」


 エルディクスには、少しも通じてはいなかった。

 その対応に、ルーフィがひどく傷つけられた顔をする。でも、普通に考えればこれだけの大騒動になってしまったのだから、今更内々で片付けるなんて無理に決まっている。

 何をどうしたらそうなるのかわからない、けれど彼女の中で『絶対的』なんだろう。

 周囲が自分のために気を使い、自分の意のままに法すら捻じ曲げることが。

 あたし、まだ母親になる予定は皆無でありたいのだけど、絶対にこんな子供――バケモノだけは作らないって今決めた。多少バカでも人の道に反しないいい子に育てようって今決めた。


「笑われなかったかい? これを見せた人に」


 エルディクスは拘束された少女の前にしゃがむと、その手を強引に掴む。

 指輪を強引に奪い去ると、それを彼女の目の前に突きつけた。

 ルーフィは答えない。きっと、笑われた覚えがあるんだと思う。それをどうしても認めたくないのか、認めたらいけないと思ったのか。くっと結んだ唇からは、何の音ももれなかった。

 返事がないのが気に入らないのか、エルディクスは指輪をさらに近づける。

 目の中に突っ込むのか、と思うほど近づけると、さすがにルーフィは声を発した。


「――あんなの、ただの嫉妬だって」


「嫉妬、ね」

 ルーフィのか細い返答を笑って、彼は指輪を握り締めると。

「コレに嫉妬するようじゃ、程度が知れてる」

 力いっぱい、床へとたたきつけた。床にひざをついたルーフィのすぐ目の前で、指輪についていた宝石が粉々に砕け散っていくのが見える。それを、彼女は唖然とした様子で見ていた。

 ひときわ大きく残っていた欠片を、エルディクスは踏みつける。


「見る人が見ればわかるよ。ガラスとホンモノの区別なんてね」


 ふん、とバカにするように笑うエルディクス。

 あたしにはさっぱり見分けできなかったのだけど、要するにあれは全部ガラスで作られたものだった――ということらしい。ガラスを、宝石のように加工したものだったのだろうか。

 もちろん、それはお抱えの職人が作ったわものじゃない。

 そんなものを作らせたら彼らに失礼だ、とエルディクスは言う。

 だから、適当な商人から買ったのだと言う。

 本物の代わりに身につける『イミテーション』を。

 それを母親が持っていた指輪ケースに収め、男爵に見せてルーフィに渡した。


 青ざめていたルーフィの頬が、かっと赤くなるのが見える。

 怒っているのか、それとも――バカにされていたと知り、羞恥しているのか。気づかなかったことへの怒りはないかもしれない。自分の落ち度は、絶対に認めないだろうから。

「う、ひ、ひどい……ルーが、ルーが何をしたのよぅ」

「マツリを傷つけた。それ以上の理由があるかい?」

「……で、でも、ルーは」

「贈る物も、扱いも。ただ『一人』だけを大事にしたい。君程度には贋物で充分さ」

 エルディクスは言い、一歩下がった。

 それが合図なのだろう、兵士が今度こそ、その腕力に物を言わせてルーフィを連れて行く。


 ルーフィは肩を震わせて、もがいて、やだぁ、やだぁ、と泣きだした。

 時々、パパ、と父親を呼んでいる姿は、完全に子供のそれだ。けれど、彼女が最後にすがった父親は牢の中にいるに違いない。あたしより幼く見える彼女を、救ってくれる人はいない。

 連れて行け、と。

 聞いているこっちが震えるほど冷たい声で命じた彼は、もうルーフィを見なかった。

 彼を呼んで、泣き叫びだした彼女が、どこにも存在しないかのように。

 ルーフィは数人の兵士に抱えられ、部屋を引っ張り出される。例の男も念の為に手足を縛り上げてから数人がかりで、こちらは本当に荷物同然に運びだされていった。


「っく、やだぁ、やだよぅ……」


 子供のように泣き叫ぶ声も遠くなり、部屋にはあたし達だけが残される。

 その目が見つめるのは、ベッドに座り込んだままのマツリ。二人の間に立っていたあたしは横に一歩動いて、ゆっくりと近づいてくるエルディクスに道を譲る。

 彼はゆっくりと、マツリ肩に触れ、少し撫でて。


「……ごめんね」


 囁いて、彼と比べればずっと華奢なその身体を腕の中に収めた。

 その瞬間の、崩れていくマツリの表情を、きっとあたしは忘れない。いつも、どんな時だって大人びていた彼女が、顔をくしゃくしゃにして泣き出して。嗚咽を漏らして震えて。

 あぁ、彼女はあたしより一つ年上なだけの、ただの女の子なんだなって。

 そんなことを、改めて思っていた。

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