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音無し姫の子守唄  作者: 若桜モドキ
■1.声を失った少女
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自分の居場所

 食事が終わり、片付けも終わって。

 あたしはぼんやりと、神様を象った石像を見上げていた。ここは小さな教会だけど、礼拝を行ったりするこの場所だけは、とっても豪華。華美ではないけど、とても華やかに感じる。

 加えてここはいつでも静かだから、あたしはここが大好きだ。

 何時間でも、ここでひっそり過ごせる。

 長椅子に腰掛けて、静かにしているだけの時間。

 時々、つい寝入ってしまうのが玉に瑕だけど、それくらい心地いい。


 別に祈っているわけじゃなかった。神様のことも、それほど信じてはいない。あたしは家族を失ってここにいるけど、それについて神様を恨んだことが、無いとは言わないけど。

 だけど、あたしがここにいるのも、きっと神様の采配なんだろう。

 物珍しそうにしつつ、深入りはしてこないみんな。

 子供でも、あたしの傷はきっと気になる、異質に見えるはずだ。だけど、誰も特に詳細を聞いてくることはない。ここに、孤児として身をおくからには、いろいろあったんだろうって。

 そんな暗黙の了解を、何となく感じるんだと思う。

 あたしをそんな環境に置いてくれた、それについては感謝したい。

 ここにいるから、あたしはあたしのままでいられた。後ろ向きに前を向いて、少しふらつきながらもちゃんと前進していられる。それは、ここのみんなのおかげなんだと思うから。

 だから教会の、この場所をあたしは嫌いじゃない。

 こうして長い時間を過ごせる程度、には。

 今日もそんな感じに、いつも通りの時間を過ごそうと思ったんだけれど、後ろの方にある木製の扉が、ぎぎぃ、と少し耳に悪い感じの、きしんだ音を立てて開くのが聞こえた。


「ハッカさん」


 振り返ると、手に聖書を持った神父様がゆっくりと歩いてくるのが見える。神父様は、あたしから見るとおじいちゃんって年齢の人だ。お父さんよりもずっと年上だと思う。

 魔術の心得もある人で、ちょっとしたケガならパっと治してしまう。

 シスター曰く、そのおかげで薬代はかなり節約できているとか。小さい子供はすぐに転んだりするから、きっとあたしが思う以上に薬代を抑えることができていそうだなと思う。

 まぁ、それでも熱とか風邪とか、そういうのは対処できないのが魔術の限界。

 ……らしい。

 あたしは学がないからわからないけど、万能の力ではないそうだ。魔術という物自体が神様がちょっとだけ恵んでくれただけと言われるから、おそらくはそんなものなんだろう。


「あなたは、また外に遊びにはいかないのですか?」

「……」


 ふるふる、と横に首を振る。

 喋れないから、あんまり面白くないもの。

 あたしが、じゃなくて、みんなが。

 だからここで、ボーっとしている方が世のため人のため。

 ……何より、あたしは気を使われるのが好きじゃない。みんなの邪魔をしているような気がして、どんなに楽しいこともあまり楽しめない。引け目というか、そんな感じだ。

 だからあたしは、やっぱりどこかすみっこにいた方がいいだろうと思う。

 神父様は、シスターは、それはダメと言うけど。

「せめて散歩くらいはしなさい。日の光にあたらないと、病気になってしまうよ」

 ほら、と神父様は微笑む。

 優しく、どこまでも相手を慈しむ目で。

 それが時々つらいんです、なんて、言ったら神父様は悲しむかな。

 この場所に感謝して、だけど重荷とも感じているなんて。

 複雑なことだと、自分でも思う。わがままだな、と嗤ったこともある。ここに居心地の良さを感じながらも、ここにいるからつらい、きついだなんて。じゃあどうしろって話だ。


 みんな、優しいから。

 全部包んでくれそうだから。


 いつかは、あたしは離れなきゃいけないのに。

 無理だななんて思いながらも、離れなきゃいけないとわかっているのに。


 ここ以上にあたしを受け入れてくれる場所は、ないだろうから。ずっとここにいられたらいいなぁ、なんて夢を見て、だけどそんな自分をとにもかくにも許せなくて。

 そのグチャグチャを知られたくないから、一人でいたくて。

「ハッカ、外へお行きなさい。君はまだ幼い、生き方を決めつける年齢ではないのです」

 だけど神父様は全部お見通しだと言いたげに、優しく微笑むだけ。

 そんな目をされたら、あたしは抵抗することができない。しばらく葛藤するも、結局は頷いて自分の部屋へと向かった。お小遣いを上げるといわれたけど、散歩だからと断った。

 子供が出払って静かな廊下を歩き、部屋にたどり着く。

 筆記用具をかばんにいれて、それから髪を撫でる程度に身支度を整えた。別にデートってわけじゃないし、ただの散歩なんだけれど、だからって不格好さを晒したくはないわけで。

 次に鏡で、首の状態を確認した。

 しっかりと解けないよう、包帯を巻きなおしておく。その時に少しだけ晒されたあの傷跡を見ないように、少し視線をそらしながら。だけど視界の端に入り込むから、気分が沈む。


 あぁ、鮮やかな傷跡だ。


 今でも、見たらあの日のことを思い出してしまう。

 何で――と、思ってしまう。


 どうしてあたしだけが、ここでそれなりの平穏と幸福を得ているんだろうって。どうしてあの日々が続かなかったんだろうって。弟は何歳になっていたんだっけ、生きていれば。

 お母さんに似ていただろうか、お父さんに似たのだろうか。

 あたしに、似たりしたのだろうか。


「――」


 会いたい、という形を自然と綴る唇。

 そして膨れ上がる考えを振り払うように息を吸い、吐き出し。

 あたしは、かばんを手に部屋を出た。

 礼拝堂の神父様に行ってきますを伝えたら、そのまま庭へ。でも、あたしは飛び出す前に足を止める。出入り口のすぐ近くでは男の子達が、わぁわぁと遊んでいるのが見えたからだ。

 この教会、そして孤児院は昔から周辺の人と仲が良くて、近所の子供らと一緒に大はしゃぎしているんだろう。中には親も呆れる悪ガキがいて、この声はきっとそいつだ。

 あっちを通ると、面倒なことになる。

 やつらは、年上とか性別とか、そんなことは考慮しない。

 あたしはめったに外出しないから、どうせからかってくるだろう。

 引きこもりー、と出会い頭に言われた記憶は新しい。


 なので、あたしは一度教会の庭に戻った。教会の裏を通れば、やつらには見つからない。シアは気にしなくてもいいというけれど、それ以前に関わるのがめんどくさいからね……。

 ほとんど使われないせいで、すっかり動きにくくなった扉を押し開き。

 あたしは、久しぶりに教会の『外』に出た。

 前に出たのは、王都全体で盛り上がる祭りの夜だったかな。まだ王さまが亡くなる前だったと思う。もし亡くなっていたら、お祭りはたぶん中止されていただろう。

 あの夜は、みんなで華やかな光景を楽しんだ。

 曲芸を演じる女性や、ちょっとした手品を披露する男性。

 即席の打楽器と弦楽器をバックに、綺麗な歌声を披露する歌姫さん。

 毎年のことだけど、やっぱりこの町の祭りはすごい。


 シアも、他の子も、きゃあきゃあと楽しそうな声を上げていた。シアに引きずられるようにして一緒について行ったあたしは――心の中で、みんなに負けないくらいにはしゃいだ。

 そういえば、その直後だったっけ……王様が死んだっていうのは。

 葬儀の時は街中を、棺を載せた馬車がぐるぐる回ったらしい。多くの人が見に行ったらしいけれど、あたしや他の子は見に行かなかった。行ったところでたぶん、見れないだろうし。

 結局この国の重要なことも、あたし達にとっては遠い世界。

 縁なんて生まれることなんて、永遠にないだろう。

 そんなことを改めて思いながら、ちらりと遠くに見える城を見た。

 物理的にも、心も、何もかも遠い場所だ。


 縁も何もない場所から視線を外し、自分が歩くにふさわしい道に踏み出した。

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