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音無し姫の子守唄  作者: 若桜モドキ
■4.惨劇、襲撃
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囚われ

『マツリ、侍女って誰? どんな子?』

「……それは、ついてからのお楽しみ」


 馬車に揺られ始めて少し、見えない窓の外に少しの雑踏が聞こえる頃、あたしはずっと気になっていた質問をぶつけてみた。しかしマツリは、にっこりと意味深に微笑むだけだ。

 しかし他に話す内容もないあたしは、唇を尖らせる。

 窓は閉ざされて外も見えないし、話題も無いとなるとどうしようもない。

 早いところ目的地についてくれないかなと、祈るだけだ。

 王都の外周を通る、あまり人通りの無い道を進んでいるという。中央は馬車の往来が激しいのと人の動きもあるので、急いだりする場合は多少遠回りでも外周を回るのだという。

 止まったりなんかする時間を考えると、こっちの方が早い場合もあるのだそうだ。


 少し崩れた石畳を馬のひずめがたたき、面白い音を鳴らす。

 この音色は、何だかすごく心地よかった。その合間に聞こえるのは、馬車について歩く兵士の鎧の音だろうか。それもまた心地よく感じられて、あたしはついうとうとしてしまう。

 マツリだから、きっと目的地に着いたら起こしてくれる。

 そう思い、夢とのはざまを、ゆらゆら揺れていると。


「ま、マツリ様っ」


 外から、兵士の慌てた声がした。

 あたし同様、うつらうつらしていたらしいマツリが、傍らの杖を手に馬車を飛び出す。

 目を覚ましたあたしに、じっとしているように叫んで扉を閉めた。

 金属と金属が、ぶつかり合う音がする。

 何かが爆発するような、音もした。

 寝起きのあたしにもわかる――何かが襲ってきて、戦っている、と。見えない外では戦いが始まっていて、狙いはあたしなのだろうか。あたしが乗っていると知っていれば、確定だ。

 だけど物盗りの可能性もあるし、そうなら戦いはすぐに終わると思う。

 騎士程ではないにせよ、兵士は戦うことが仕事だ。


 ――なら、どうしてそれを襲う対象に選んだのだろう。


 もしあたしだったら、兵士が守っている馬車なんて狙ったりはしない。よほどの手勢を揃えるだとか、あるいはそこまでするに値する目的でもなきゃ、たぶん誰もが狙わないはずだ。

 外から聞こえる音はやまない。

 ここまで抵抗されたら、目的があっても普通は引くと思う。

 意地でも達成したいことがあるのだろうか。

 だとしたら、それは。

 いろいろ考え、あたしの思考は悪いことばかり浮かべ始める。いや、悪いことというよりも単純な現実という気もする。だって、ここまでするには相応の何かがあるはずだから。


 それは、たぶんあたしなんだろうと思う。

 だって他にない。マツリは確かに次期公爵の奥さんだけど、それだけで襲ってくるかというとどうだろう。一人でいたならともかく、兵士が一緒にいるわけなのだし。

 それよりあたしがここにいる、ということを知った何者かが、あたしを目当てにしていると考えた方が自然だ。執拗に攻撃を仕掛けて来ているらしい音からは、そんな予感しかしない。

 外は、大丈夫なんだろうか。

 マツリは、兵士は、ケガとかないだろうか。

 きっとあたしのせいでこうなったに違いないのに、あたしは何もできない。無力さと石版を強く腕に抱き、馬車の床にうずくまるようにしていると、勢いよく扉が開かれる。

 そこにいたのは兵士でも、マツリでもない。

 エルディクスやユリシスと同年代風の、若い男だった。


「白い髪に灰色の目……これが、神託の花嫁か」


 男はつぶやき、血や泥で汚れた手であたしの腕をつかむ。

 力任せの行動は、痛みを産んだ。

 痛みに身を捩るようにしてもがくけれど意味はなく、そのまま外へとひっぱりだされる。

 そこで見たのは、地面に倒れ付す兵士と、男達に拘束されたマツリの姿だった。ぐるりと周囲を見回せば、あたし達の数倍の人数が取り囲んでいる。想像以上に、状況は悪かった。

 こんなのじゃ、勝ち目なんてあるわけが無かった。

「ハッカ……っ」

 男の拘束を振りほどき、マツリはあたしに向かって走ってきた。

 あたしの腕を掴む男から引き離し、その腕に抱く。


「わたしに、今度は何の用ですか」

 ぎゅっとあたしを抱きしめ、マツリは強い声で問うた。今度、という言葉からして、彼らと何らかの接点があるのだろうとわかる。それも、あまりよくない意味の、関わりが。

 睨みつける視線は強くて、親しみなんてものはない。

 これは敵を見る目だ。

 その視線の先にいる男達は、襲撃者とは思えないほど不気味に穏やかで。

「一緒に来ていただきます、我らが女神」

 一人がそういったのを合図に、彼らは一斉に地面にひざをついて頭を垂れる。それは兵士が君主にするような行動で、けれどマツリは、彼らを嫌悪感をあらわにした目で見ていた。


「……嫌だと言ったら?」

「あなた以外を、この場で始末するのみです」


 と、あたしの腕を掴んでいたあの男は、冷たい目をして言い切った。

 その目に、冗談とか、そういう気配は微塵もない。この男は本気なんだろう。マツリの返答一つであたしや兵士、つまりはマツリ以外を全部殺してみせるんだろう。

 マツリは一瞬、呻くように息を詰めた。

「……彼らに手を出すことは許しません。もちろん、この方にも」

「我らが女神のお言葉ならば」

 男達は再び、服従の意を示すように頭を下げる。

 やっぱりその構図は、君主と臣下のそれに似ていた。



   ■  □  ■



 たどり着いたのは山の中。

 いかにも何か曰くがありそうな、洞穴の奥。

 最初からこうする予定だったのかはわからないけれど、急ごしらえとかではない、意外としっかりした作りの牢獄に入れられた。ちょっとやそっとじゃ、これは破壊できそうにない。

 そもそも、あたしにはそんな力はないんだけど。


「女神様はどうぞこちらへ」

「……ハッカ、ここで待っていて。必ずわたしが、わたし達が何とかするから」


 マツリはあたしから離れて、彼らと共に行ってしまう。

 残された見張りの男は、あたしを心底見下げ、軽蔑した目で見た。嫌悪、といってもいいかもしれない。どっちにしろいい感情がこもった視線ではないし、向けられたくないものだ。

 嘆かわしい、と男は嘆く。

「邪教徒の神に見初められた愚かな娘を、あのように高貴なる方が守るなど……」

 この国も腐ってしまった、と苦々しさを声にたっぷりと含ませた。

 彼らにとって、マツリは女神だ。

 多くの人にとっての神と同じようなもので、彼らにとってその神は邪神らしい。神託に選ばれたあたしは、彼らには邪神そのものといっていい存在で、だからこそのあの視線のようだ。

 そんなのあたし関係ないじゃん、と思うけど言わないし言えない。

 言ってどうにかなるなら、こんなことにはなってない。

 あたしを前にして、男は感情を抑えられなくなっているのだろうか。


 次から次へと饒舌に語る。

「あの方は、異世界より招かれた我らの神、女神だ。邪神に支配されたこの世界を、あの純粋なる漆黒でお救いくださるお方なのだ。なのに、あぁ、なのにあの男は、我々から奪った!」

 頭を抱え嘆く男。

 ……異世界、という言葉にあたしは驚く。

 異国から来たと聞いていた、けれど実は違った、らしい。

 彼女は魔術の才能があり、そこに目をつけられてエルディクスが招いたという。彼らの言葉から言うと『誘拐』で、自分達のところに来るはずだったものを『略奪された』らしい。

 マツリがこの世界に来て少しして、彼らは彼女の存在を知った。

 彼らの教義に当てはまる、女神である彼女を。しかし彼女は邪神を崇め奉る国の中枢にいる男に、エルディクスのモノになってしまった。花嫁という形で、彼のモノになった。

 そこに怒り、彼らは何度となく『取り戻す』ために行動を起こしたという。

 結局はエルディクスの前に、敗れ去ることになったらしいけれど。


 苦汁をなめていた彼らだったけれど、そこにまたとないチャンスがやってきた。

 それが『あたし』だ。


 正確には、あたしがいることで発生した今日の外出。基本的には城にいて、外ではエルディクスがだいたい一緒にいるマツリが、あたしと一緒に外にでてきた、なんて美味しい展開。

 見逃せるわけもなく、金に物を言わせてとにかく人を集めて――今に至る。

 誘拐しただけでは飽きたらず、彼らには何か目的があるらしい。

「お前はこれから罪を背負う」

 マツリという女神を奪った罪を。

 贖え、償え、と男は言い聞かせるように言ってくる。


「罪を贖うために――お前は、死ね」


 あぁ、もしかして。

 嫌な予感がぶわりと芽吹く。一足飛びで花まで咲かせてくださる。あぁ、もしかしなくてもこれってあたし、死ねってことは、あたし――たぶん、ただ死ねばいいわけじゃないだろう。

 こういう場合、ありがちな言葉がある。

 生贄、だ。

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