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音無し姫の子守唄  作者: 若桜モドキ
■4.惨劇、襲撃
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知りたくない、知りたくはない

 リードと会わない生活は、さらに一週間も続けば慣れてしまった。この部屋から出られないということも、慣れるとそう苦痛ではない。元々、それほど自由な外出でもなかったし。

 やることは多いし、正直勉強が忙しくて歩く元気もないくらいだ。

 国の歴史なんてほとんど知らないし、庶民からすると知らなくても問題ない。そもそも王様の名前すらちゃんと把握できていないのだから、何から何まで覚えなければいけなくて。

 ちゃんとした先生を付け、あたしは今日も書物と文字と乱闘中。


 そうして頭を使っていると、余計なことを考えなくて済むから楽だった。

 身体は疲れない、けれど頭が疲れるから夜になると眠くなる。そうなるといっそ一人寝というものが快適に思えて、食事をとってお風呂に入って、少し息抜きに本を読んだら眠る。

 朝は早く起きてしまうけど、横を見て寂しいと思うことも減った。

 カーテンは基本的に閉めっぱなしで、けれどさほど苦痛でもなくなっている。お日様に当たりたいなと思わないでもないけど、そこに追加する不都合を思うと我慢できる程度だ。


 しいていうなら、そう。

 部屋を変えてほしいなって思うくらい。むしろ、そのほうが何かと円滑に進むんじゃないかなと思うんだけど、何やら忙しそうにしているエルディクスには、まだ言えないままだ。

 マツリはそういうのの決定権はないだろうし、ユリシスもそうだろう。

 リードは最初からアテにはしてない。


 ――あんなの、あんなやつ、あたしは大嫌いだし。


 部屋から出してもらえない日々でも、変わりなく続く勉強の合間。外からかすかに聞こえるのはきゃあきゃあという、若い娘のはしゃぐ声。あたしの集中を乱す耳障りな声だ。

 カーテンは外と部屋を隔て、光も通さない。

 しかし、それでも声までは隠してくれないらしい。

 その中心にいるのは、紛れも無いあたしの『未来の夫』だった。あれから一度もカーテンを開かないでいるから姿は見ていないけれど、どうせ笑顔と愛想を振りまいているのだろう。

 一人ひとりの目を見て、にっこり微笑んで。

 自分を見てうっとりする女子を、どんな顔で見てるんだか。

 あー、考えたくないムカつくムカつく。

 申し訳無さそうにマツリが表情を曇らせるのもムカつく、なんで彼女がそんな顔をしなきゃいけないんだって思うと、とりあえずエルディクス殴りたくなる。あー、ムカつく。


 マツリは、エルディクスは、それがリードの仕事だっていう。

 城に下心を隠しもしないでやってくる令嬢を、ああしてもてなすのが。

 そうやって愛想を振りまくのが、彼の――そしてあたしの仕事になるって。わかってはいるんだ、そういうものなんだって。頭では理解しているし、理由にも納得できている、けど。

 だけど、あたしはこう思ってしまう。

 仕事だと理解する裏で、じゃあ本当の笑顔はどこで見れるのって。

 普通ならそれは家族とか友人とか、そういう心を許せる、ごく一部の人の前でだけ浮かべて見せるものなんだろう。例えばエルディクスとか……今はいない、王様とか、そういう人。


 彼らには向けただろう笑顔。

 あたしには、決して向けない笑顔。


 そこから導き出せるのは、あたしはそういう対象ではないということだ。

 つまり、あたしは彼に心を許されてなんていなかったわけだ。妻になるのに、あたしはあの令嬢達と同じようなもの。ううん、あたしは愛想すら向けられないから、それより下かもね。

 王妃を望んで、今は愛人辺りを狙っているらしい彼女達よりも。

 あたしは、彼から遠いところにいるのかもしれない。

 そう思ったらいろいろ、納得してしまった。今までも城に来ていたはずの彼女らを、ここへきて急にもてなすようになったリードの真意も見えた気がした。

 あたしは、とうとう本当に象徴というか、傀儡のようなものになるわけだ。

 そのために、彼女らから探すことにしたんだろう。

 夫に愛されない王妃様。

 けれど、それを表情に出せない、出しちゃいけない王妃様。

 こうして勉強しているのも、そうなったら無意味かな。それを気づかせないために、勉強させられているのかもな。あぁでも表向きは王妃だから、やっぱ必要なことなんだろうか。


 ……まぁ、いいよ。愛想笑いなら、これでもそれなりにうまくなった。あたしだってお腹がすくのはとても嫌だと知っているし、みんなが不幸になるのを黙ってみていたくはないし。

 あたし一人が笑顔を浮かべることで、すべて丸く収まるならそれでいい。

 それで国が平穏なら、その『仕事』をこなしてみせる。


 仕事。

 仕事だって。


 自分で思って、少し悲しくなった。


 最初からわかってたことなのに、あたし自身を望まれたわけじゃないってことは。神託があるから孤児のあたしは、こんなところにいる。ここに、こうしていることを許されている。

 あたしは、リードの『妻』であればいい。

 若い王の傍に添う、神様が選んだ『王妃』であればいい。

 愛される必要なんてないし、愛する義務もない。

 そういう立場と存在であれば、実態なんてきっとどうでもいいんだろう。

 それは……ちゃんとわかっていたことだ。だけどちょっとだけ、絵に描いたような『もしかしたら』が見えてしまって、バカなあたしはホイホイと釣られて、そこに過大な期待を寄せて。

 見事裏切られて、このザマ。


 これなら最初から、道具のままでいろという態度でいてほしかったな。

 中途半端な優しさは、誰も救いはしない。

 あたしはそれを知っている。まぁ、でもその『中途半端な優しさ』が、ある意味で専売特許の連中だからね、金持ちとか貴族って言うのは。あたしはちゃんと知っているんだから。

 気まぐれに寄付をして、ある日突然ぱったり無くなる。そういう施しだとか寄付だとかが上流階級の『流行』の時はいいけど、それが去った後というものは本当に悲惨なものだ。


 集まった寄付でできることは、高が知れている。

 額そのものはそこそこにあるけれど、焼け石に水ってやつだ。

 せいぜい建物を直して、少しでもいい服を仕入れるぐらい。その服だって着古したものばかりで、仮に新品でもそういい品ではない。そこまでのものを買うだけのお金なんてないんだ。

 そうやってその場を改善するだけで、一時的な寄付は全部飛んでいってしまう。


 あたしは、定期的に寄付をしてくれるような貴族なんて知らない。その時の気分で中途半端に手を差し伸べて、いい人を演じて、そこで満足して去っていく偽善者しかしらない。

 あるいは、見目のいい子を下卑た目で品定めして、連れて行こうとするクズだ。


 偽善でもないよりマシと、誰かは言うかもしれないけど。

 下心があっても引き取られるのはいいことだとか、言われるかもしれないけど。

 やつらのソレは、偽善の皮をかぶった遊びだ。クズはさっさと牢獄にでもはいってしまえばいいんだ。あいつらの『遊び』の影で、いつだって不幸になるのは『あたし達』だった。

 だからこそあたしは、そんな『詐欺』みたいなものには、詐欺にも劣る遊びには、絶対に引っかからないつもりだった。そういうものを見抜くだけの目はあると、これでも信じていた。

 なのにいざ我が身に降りかかれば、こんなもの。

 簡単にだまされて、絆されて、こんなに頭の中をかき乱されてしまう。


 もう、カーテンを開こうとは思わない。

 外に出ようとも考えない。


 見たくない、知りたくも無い。

 知らなければ何も考えなくていい。


 深く関わったらロクなことにならないと、あたしはやっと学習したのだ。


 ……とはいえ、あたしはやっぱり『王妃』にならなきゃいけない。自ら望んだものではないとはいえど、この立場からは死ぬまで逃げられない。逃げることも許されていないんだろう。

 なので今日も、苛立ちでぐちゃぐちゃになった頭に、いろいろ詰め込んでいく。

 覚えるという行為は、そんなに苦手じゃないと思っていた。

 でも、今までの経験がほとんど生かせないことを覚えていくのは、結構きつい。

 これで心が穏やかだったらいいけど、濁流のごとく乱れているわけで。身が入らないのですねと先生に、憐れむように、慰めるように言われて、今日の予定は全部キャンセル。


 急遽、マツリを相手にしたお茶会が始まった。

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