表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
音無し姫の子守唄  作者: 若桜モドキ
■4.惨劇、襲撃
37/107

距離と時間

 ずっと、ずーっと憧れていた。

 美しいドレスを着て、色とりどりの花束を手にする花嫁に。

 庶民でも、結婚式というものは大事な儀式だ。

 こつこつと蓄えたお金を使って、真新しい綺麗なドレスを仕立てて。あるいは、先祖代々のそれを手直ししたりして、自分だけの大事な大事な衣装を用意し、それで身を包むのだ。


 近所を招いたささやかなパーティ。

 それぞれが持ち寄る、美味しい料理。


 少しの間休息をとったら、新しい小さな家族が動き始める。


 結婚式は、その門出を神様に奉告して、祝福を授かるためのものだった。けれどそれ以上に知り合った多くの人に、おめでとうと言われて、ありがとうを返す優しいお祭りだった。

 初めて見たのは教会に来る前。まだ、あたしが孤児じゃなかった頃。近所のお姉さんが結婚することになって、あたしはお手伝いを兼ねてお母さんと一緒に見に行った。

 はじめてみた『花嫁さん』は、びっくりするほど綺麗で。

 あたしは、いつかあんなドレスを着て、好きな人と同じ苗字になるんだって思った。

 教会に身を寄せてからは、余計にそう思うようになる。神父様に祝福される彼女達は、そしてその家族達は、誰も彼もみんな幸せそうだった。泣くように笑って、綺麗な顔をしていた。

 大好きな人と、ずっと一緒にいられる喜び。

 そんな二人の表情はどこか、死んだお父さんやお母さんの笑顔を思い出させる。


 だから思った。

 お父さん達は幸せだったんだと、子供ながらに。


 その思いは、教会で結婚式をたくさん見るうちに、さらに強くなっていった。さほど信じてもいない神様に、彼らが幸せでありますようにとひっそり願うくらいに、温かい光景だった。

 けれど同じくらい、あの幸せも笑顔も、あたしには縁が無いのだと思うようにもなった。

 幸せになりなさいと、あたしの周りの大人はいつでも言う。いつか大きくなって、あたしを大事にしてくれる誰かと一緒にいられる幸せを手にして、そして笑っていきなさいと。

 でも――そんな人とめぐり合うことは、絶対にないだろうと思っていた。

 こんな面倒なやつを、一生面倒見てくれるやつなんて、いないと。

 ずっと、思っていたから。


 それでも、子供のような夢は見た。

 もしも神様が、少しだけ幸運をくれるなら。どうか泣くほど幸せな結婚というものを、してみたいなんて、思った。叶うわけがないと思っていたし、そもそも叶える気もなかったけど。

 そんなところにふって沸いた、今回の神託騒動。

 あぁ、神様はよっぽどあたしが嫌いなんだと、思った。

 どうせなら普通の相手を用意してよって、心底呪いたくもなった。

 だけど、だんだんそんな気も薄れて。

 ここでもいいかなって、思うようになって。


 なのに。

 全部全部、またダメになった。



   ■  □  ■



 一晩経って、あたしの中に残ったのは寂しさだった。

 無駄に広いベッドには、あたししかいない。隣を見ても誰もいないし、そもそもいたような痕跡すらない。じゃあ、やっぱりあのままリードは、別の部屋にいたんだろう。

 いつもは、なぜかあたしは『抱き枕』になっていた。

 たぶん、彼にとって、あたしぐらいの大きさがちょうど良かったのだと思う。

 後は……人肌とか。

 あたしがシアに抱きつくとほっとするように、彼もそんな感じなのかと思っていた。半ば諦め混じりではあるけど別に嫌ではないし、こっちも寒くないから好都合だったし。


 ……うん、嬉しかったんだと思う。

 そういうのも、何だか大事にされてる感じがして。

 とりあえずは……彼の傍に、いてもいいって言われたような感じで。

 失って、やっとあたしはここが、それなりに気に入っていたと気づかされた。

 だから寂しかった。

 捨てられた気分だった。

 一人ぼっちになったようで、一瞬わめきそうになった。

 もっとも、声なんて出ないけれど。

 一通り落ち込んで、あたしは前を向いた。ずっと下を向いて入られない。あたしにそんな余裕はまだないんだ。失ったなら、探せばいいだけのことだから。


 そう、思考は常に前向きに。

 どうせあたしは彼の妻になるのだし、キスぐらい日常的にするのだし。実際、彼の言う通りあたしは子供だったのだろう。緊張やらでカっと頭に血が登って、今は冷静でいられる。

 その冷静さで昨日を振り返ったら、あぁ、確かにガキの癇癪だなとわかる。

 ともかく、リードにあって話をしたいと思った。

 謝らなきゃいけない、と。

 寝室を出て、隣の部屋に向かう。

 手当たり次第にものを投げてめちゃくちゃにしたはずのそこは元通りになっていて、おそらくあたしが眠っている間に誰かが直したのだろう。罪悪感が起きた、あとで謝らなきゃ……。

 適当に上に羽織るものを引っ張り出すと、あたしはそっと部屋の外へ向かう。

 部屋のすぐ傍で、ここの警護に当たっていたのはユリシスだった。彼は部屋からひょっこりと顔を出したあたしに気づき、近寄ってくる。そして優雅に一礼すると、口を開いた。


「姫様、何か?」

「……」


 あたしはいそいそと、石版に声を綴る。

 寝起きだから少し文字が乱れたけど、読めないほどじゃない。

『リードのとこ、行く』

 本当は着替えた方がいいんだろうけど、今はその時間も惜しかった。見たところ侍女のたぐいはまだ来ていないようだから、着替えるとなると呼びつけることになるんだと思うし。

 少しでも早く彼に会いたい。

 それから、謝って、事情も言えたら言いたい。

 言い訳にはしたくないけど、事情ぐらいは伝えたいから。もちろん、そういう言い訳は徹底的に謝ってからだ。とにかく謝らないといけない。昨日はどう見てもあたしが悪かったから。


 けれどユリシスは、少し悩む様子を見せた。

 確かに朝もまだ早いし、あたし寝巻き姿だからいろいろあるのかもだけど。

 でもこういうのは、できるだけ早くした方がいいと思う。こういうのは、時間を置くといい出しにくくなって面倒になるって、あたしは教会で身にしみているし目の当たりにしてる。

 言い出したいけど言い出せなくなるその裏で、許したいけど許せなくなる。そんな終わりがない悪循環がもう始まってる、と思う。そのせいでこじれるのを、あたしは何度も見た。

 あたし自身、何度かそうなりかけたことがある。

 今、あたしはその時と同じ気持ちで、きっと焦りを募らせているんだろう。

 たぶん、あの時彼が話をしていたのはユリシスだ。あたしと彼がケンカしたのも、きっと知っているはず。あれはあたしが悪いのだから、早く謝りたいだけ。だから早く、行きたい。

「それは、自分も同意見だ」

 小さく頷き、でも、とユリシスは続けて。


「リードの様子からして、まだあなたに会える状態ではないと、自分は思う」


 そんな言葉を、少し申し訳なさそうに口にした。

 それなりに親しいらしいユリシスから見て、今のリードはかなり普段の様子を見失っているのだという。怒ってはいない、けれどあたしに今まで通りに接するほどの余裕などもないと。

 今あったとしても、あたしが謝罪しても、おそらく改善どころか悪化させるだけ。

 だからしばらくあたしとリードは、離れたほうがいいとユリシスは言った。

 彼は今、執務室の隣にある仮眠用の部屋にいるという。当分、そこで寝起きするつもりだと昨日言っていたらしい。しばらく距離と時間を、というのが向こうの判断なのだそうだ。

 部屋を片付けたついでに、いくつかの私物もそっちに運び込んだという。


 仮眠室と言ってもそれなりに豪華なもので、休息には何の不都合も無いらしい。

 服を入れるための棚もあるし、食事を取るテーブルもある。風呂はあたしがいない間にこっちに戻って使うなり何なり、男だからそこら辺は臨機応変がし易いのだとか。

 それは、つまり。

 数日かそれ以上か不明だけど、かなり長く離れておきたいということ……なんだろうか。

「姫様も少し落ち着かれた方がいい。がむしゃらな謝罪が、最善とか限らない」


 ――わかってる、わかってるけど。


 そう思い、うつむきそうになるのを必死に耐えた。

 うつむいたら、出なくていいものがこぼれそうになるから。そんなことしたら、ユリシスを困らせてしまうだけだ。これ以上、誰かに迷惑をかけられないから、あたしは小さく頷いて。

 すごすごと、また部屋に戻っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ