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音無し姫の子守唄  作者: 若桜モドキ
■3.不穏の影
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大人と子供の境界線

 部屋に戻ったあたしはまずドレスを脱いで――もとい、脱がされて、すでに準備されていたらしいお湯に軽くつかって身体を洗い、綺麗な寝巻きに着替えてベッドに寝転がる。

 まだ眠る気は無いけど、明かりも落としてもらった。

 本を読む気にはならないし、だったら明かりは邪魔だから。


 考えるのは、リードのこと。


 優しいのは嬉しいけれど、まるで子供扱いのように思えてきた。別に彼から直接そういわれたわけじゃない。でも、最初にガキ扱いされたのが、今更なんとなーく気になっている。

 あたしはもう結婚していい年齢だ。

 そりゃ、成人する手前のリードから見ると、まだまだ子供なのかも知れないけど。

 でもあたしは結婚できるし、子供だってその気になったら産める。そういう意味では、あたしは大人のはずだ。そういう考えが子供の証拠、と言われるかもしれないけど。

 なのに、彼はあたしを子供扱いする。

 庇護する対象みたいに扱われている気がしてならない。

 あたしは一応、もうじき彼の妻になる存在なのに。

 それなりに、ちゃんとできるようになったのに。それでもあたしは、彼という存在に守られる側にいるらしい。守られて、隠されて、その助けになれないままのお荷物状態だ。


 夜会に戻るリードを見送ってから、ずっとあたしは――怒っていた。


 言葉にせず、表情の奥に隠し。

 でも、怒っていた。


 彼が子供扱いしてくるたびに、なぜか、どうにも腹が立ってしまって。どうにかして彼にあたしを『大人』だと認めさせたくて、そうするためにあたしはどうやればいいか考えていた。

 その理由も、わからないまま。

 そこから、あたしの意識はどうやって大人だと認めさせるか。

 子供じゃないとわからせるか。

 その二つ――いや一つに、集中された。

 子供じゃないと認めさせることと、大人だと認めさせることは同じこと。

 手っ取り早いのは……やっぱりあれだ、してしまえば、いい。どうせあたしと彼は夫婦になるのが決定されているんだから、婚前交渉ぐらいは多分きっとおそらく問題にならないだろう。


 けれど、これはあたし一人で何とかなることじゃない。

 あたしを子供だと思っている彼は、きっと何もしてこないだろうし。

 ……現に、今まで何もされていないし。

 なので却下。

 けれど他に案が出ない。

 即効性で、やはり致してしまう以上の作戦は、出てこなくて。あとは貴族相手に優雅に、かつ華麗に立ち回ることだけど、それができるのは当分先になるだろうなと思い知った。

 ごろん、とベッドの上で寝返りを打ちながら、さらに考えていると。


「……じゃあ、お前もさっさと休めよな」


 誰かと会話をする、リードの声が聞こえた。

 どうやら夜会も終わって、彼は部屋に戻ってきたらしい。

 あたしはどうしようか少し迷って、結局、彼を出迎えに隣の部屋へ。

 ひょこり、とドアに隠れるように部屋を覗くと、上着を脱ぐ姿があった。シャツのボタンをはずしながら、リードは扉の影から顔を出したあたしに気づいて、こっちを向く。


「なんだ、まだ起きてたのか」


 ふっと浮かぶ笑みに、なぜか頬が熱くなる。

 暗くてよかった、と思って、あたしは彼の着替えの手伝いを始めた。時間が時間だからさすがに侍女とかを呼ぶわけにはいかないし、一人で着替えてるってことは要らないってことだ。

 一応、彼の寝巻きなどが入っている場所は、ちゃんと知っている。

 そこから適当に引っ張り出して、ソファーにおいて、また寝室に戻った。

 ……さすがに着替えを眺める趣味は、ないし。小さい子供相手なら着替えを手伝う関係でそれなりに見慣れてしまったけど、相手が子供じゃなくてリードとなると直視できなかった。

 一人で使うには広すぎるベッドの上に、ちょこんと座って彼を待つ。


 しばらくすると、着替えを終えた彼が寝室にやってきた。

 暗がりでもわかるほど、疲れた様子だ。比較的、彼はああいう場所には慣れているだろうに、やっぱり疲れるんだな。よく考えれば彼は、即位に向けてあれこれ忙しいんだから。

 あたしの頭を少し乱暴に撫でて、彼はベッドに横たわった。

「寝てても良かったんだぞ」

「……」

 ふるふる、と首を横に振る。

 いろいろ言いたいことがあったし、したいことも無いわけではないし。

「子供なんだから、無理すんな」

 そういって、彼は寄り添うように隣に横たわった、あたしの頭を撫でた。


 ――あぁ、また、だ。


 彼はすぐに、あたしを子供扱いする。たった二つしか変わらないのに。マツリより、一つ年下なだけなのに。彼女はちゃんと大人として扱うのに、あたしはいつも子供と同じ扱いだ。

 未婚か既婚かの違いなら、あたしだってどっちかっていうと既婚だ。ほとんど結婚したようなものだろう、あたしは。じゃあ、あたしとマツリの、どこが、何が違うっていうのか。

 そんな『不満』が、顔に出ていたのだろう。

 あたしの頭を撫でる彼の手が、ぴたりと止まって離れる。

 疲れがにじむ笑みが、いつの間にか消えていた。


「子供じゃないって、言いたいわけか」


 そう、あたしは子供じゃない。

 彼の言葉に、あたしは視線で答えた。

 睨むような視線を受けて、リードが――なぜか笑う。

 ふぅん、とエルディクスを思い出させるような、やけに意味深な笑み。何となく嫌な予感がしつつも逃げなかった、ここで逃げたら、やっぱり子供だって、そう思われる気がした。

「これくらい何でもないよな、オトナ、なら」

 言葉が近づく。

 覆いかぶさるように、リードが近づく。

 何かが、唇に触れた。

 それが彼の唇だと気づいて、あたしは身体を一瞬固まらせる。


 思わず抵抗しかけたあたしの身体を、リードは難なく押さえつけた。抵抗だけを止めるような力加減で痛くはない、けどリードはそれでもあたしから離れていかなかった。

 ただ触れているだけなのに、それ以上は何もされていないのに。

 息が続かなくて、意識がふわふわとして。

 もうだめだと思った頃、それが伝わったかのようにあたしは解放された。


「……何だよ、この程度でお前」


 そんな顔して、と至近距離で呟かれる。

 あれが、彼にとっては『この程度』だったらしい。彼いわく『この程度』で、どうやらすごい顔をしてしまっているらしい。何となく予想がつく、きっとあたしは真っ赤なんだろう。

 でも、それは仕方ないような気がした。

 彼は王子様だし……引く手も数多。あんなくっつけるだけの子供がするみたいなキスぐらい経験済みでも辺じゃないし、その先さえすでに経験していても、ぜんぜんおかしくない。


 あたしは、何の経験も無かった。

 キスの先どころか、キスさえもしたことがない。


 さっきみたいに軽く唇を重ねるだけの、簡単なものさえ――初めて、だったのに。

 でも、とあたしは必死に思考を立て直す。

 そうだ……あたしは、彼と、リードと結婚するんだ。今すぐじゃないけどいつかは、彼と結婚してキスもするし、それ以上も……いろいろしなきゃいけない、そんな関係になるのが運命。

 彼が言う通りに、この程度でこんな混乱して、思考がめちゃめちゃになるなんて。


「ったく……何やってんだ、俺は」


 吐き出すように、リードがつぶやく。

 口の中で噛むようになった言葉が、濁って聞き取りにくい。

 けれど最後の一言は、聞こえた。


「好きでもないガキにがっついてバカみてぇ、くそ……なんでこんな奴に」


 それはあたしの心に深く、ぐっさりと突き刺さる鋭利な響きだった。

 一瞬で、あたしの中に込みあがったのは『怒り』。

 組み敷かれた体勢のまま、あたしは彼の左頬を手のひらでひっぱたく。

「っつ……」

 リードが頬を押さえ、あたしの身体の上から離れた。力が入らなかったからそんなに痛くはなかっただろうけど、音は綺麗に響いたと思う。実にいい音がした、腹が立つくらいに。

 あたしはベッドから転がるように抜け出し、隣の部屋へ逃げ込んだ。

 当然、彼はすぐに追いかけてくるけど。

「っ……お、おい!」

 ソファーにいくつか置かれているクッションを、手当たり次第に投げつけた。扉に隠れてやり過ごす彼は、きっとあたしの気持ちなんてわかりはしない。絶対にわかったりしない。

 教会にいたあたしにとって、キス――口付けは、とても大切なものだ。

 だって、結婚式で神様に生涯の愛を誓う、その仕上げに使われるものだから。


 だから……嬉しかった。

 嬉しいって、思った。


 もう認めてやらないけど、そうだよ、あの時一瞬嬉しかったんだよ。あたしの態度も悪かったしこれまでいろいろあったけど、とりあえず嫌われてはいないんだって、思って。

 ドキドキしたんだよ、気の迷いだってことにしたいけど。


 でも、リードは違った。

 あたしのことは、好きでも何でもないんだ。

 好きでもない相手にってことは、つまりそういう意味だ。

 あぁ、相手じゃなくてガキだったっけ。まぁ、この際はどっちでもいい。

 大事なことを『この程度』扱いで、リードはあたしのこと好きではなくて、なのにあたしだけこんなドキドキして、バカみたいバカみたいバカみたい。こんな絆されてバカじゃないの。

 嫌いじゃないならいい、嫌われてないならそれでいい――なんて。

 そんな言葉、今は慰めにもなりゃしない。

 あたしはテーブルに置かれた白紙に、薄暗い中で声を綴って、それを投げつけた。

 多少はゆがんだだろうけど、それでもいい。

 それがあたしの、今、彼に叩き付けたい『声』だ。


『リードなんか大っ嫌い!』


 叫びを殴り書いたそれを見て、彼がため息をこぼすのが見えた。

 呆れているんだろう。道具の癖に、おとなしくしていればいいのにって。

 そりゃそうだ。おとなしくしていれば、あたしはずっとこの先安泰だ。飢えて死ぬようなことなんかない。貴族が望むような、傀儡の王妃でいれば、一生楽して暮らせるご身分だ。

 少なくともリードに歯向かう利益なんて、ひとかけらとしてないんだから。

「あーあーはいはい。大嫌いで結構ですよ」

 あたしの声を綴った紙を、彼はくしゃくしゃに丸める。

「俺は執務室に行くから、後は好きにしろ。癇癪おこしたのと一緒にいられるか」

 最後に、ソファーに隠れたあたしを一度見て。


「それだからガキなんだよ……」


 そんなことを言い残し、リードは廊下に続く扉に向かう。

 開かれ、再び閉ざされた扉の向こう。すぐそこで警護か何かをしていたらしい誰かと、リードが言葉を交わす声がした。声の感じからして女性で、複数人いるようだった。

 あたしは何も聞きたくなくて、誰もいなくなった寝室に飛び込む。

 くしゃくしゃの上掛けを頭からかぶって、丸くなった。

「……っ」

 のどの奥から、引き絞るような音が鳴る。




 大嫌いだ。

 リードなんか大っ嫌いだ。

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