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音無し姫の子守唄  作者: 若桜モドキ
■3.不穏の影
33/107

はた迷惑な嫉妬心

 黒髪に、ここからは見えないけれど青い目をしているという彼は、あたしに背を向ける立ち位置でマツリに話しかけている。魔女殿、とマツリを呼んだ声は、少し気味が悪かった。

 なんというか、あれだ。

 ルーフィと同じ、へりくだるような――媚を、売るような。

 作った感じがするから、たぶん演技なんだろう。

 問題はそこじゃなく、話しかけているのがあたしじゃなくマツリってところだ。


 しかも、演技だとしたら更に不可解。

 エルディクスの話によると、彼ディオンの狙いは『あたし』だったはずだ。妹であるクリスティーヌはリードを狙っていて、てっきり両側から崩すつもりなんだろうって、思った。

 けれどあたしではなく、マツリにに向かったのはなぜだろう。

 それとも、クリスティーヌもエルディクス狙いなのか。

 妹のためにあの夫婦を切り裂こう、とかいう話だったりしたのか。

 神託に楯突くとなると面倒も多いだろうし、路線変更は充分にありうることだ。彼らだって玉の輿を狙って失敗、家ごと何もかもぶっ潰されたり……なんて運命は要らないだろうし。

 どうすればいいのか迷っているうちに、ディオンはマツリに接近していく。元から会話をする距離にいたのを、さらに間合いを詰めていく感じだ。そろそろ密着と呼べる狭さになる。


「今宵もまた、あなたは一人なのですね」


 やたらテカテカとした黒髪を、さっとかき上げ、彼は笑った。

 妙に演技ぶった、嫌な感じがする仕草だ。

 マツリは少し表情を強ばらせ、けれど静かに答える。

「夫は、エルディクスは仕事がありますので」

「実にもったいない。あなたほどの方を、ほったらかしにするなど」

 と、ディオンはマツリの頬を指先で撫でた。

 これはよろしくないことだ。彼は明らかに――マツリを口説きにかかっている。もちろんマツリはそんなのに引っかかるような人じゃない、彼女はエルディクス一筋にしか見えない。


 でも、貴族は、人は噂が大好きだ。

 火の無いところに煙は立たないというけど、彼らはその火を意図してつけて回る。それが下世話であるほど喜んで、あることないこと片っ端から燃料を注いで、大きな火にしてしまう。

 マツリが貴族の生まれではなく、加えて異国から来た天涯孤独の女の子。この国では確固たる立ち位置をまだつかめていないだろう彼女に、貴族の誘いが断れるわけがないと。

 彼は、知っていてやっているのだ。

 周囲の視線を集めつつあるのをわかっているのか、彼はさらに大胆になる。思わず逃げようとするマツリの腕を掴み、しかもぐいぐいと自分の方へ抱き寄せようとし始めた。

 あたしはもう我慢できず、マツリの救出に向かおうとするけど。


「やぁ、ディオン。ボクの奥さんに何か御用かな?」


 いつの間にか、二人の傍にエルディクスが現れていた。

 さっきまで女の子に囲まれていたはずなのに、いつから、どこから。驚くあたしの前、エルディクスは軽々とディオンからマツリを奪い返すと、そのまま自分の腕の中に彼女を収める。

 瞬間、マツリは心底ほっとした表情を浮かべ、その手はすがるように彼の服を掴んだ。

 甘えるような仕草と、安堵の顔。

 あぁ、やっぱり怖かったんだなと、改めて思う。

 ディオンはそれを見たのか、少しだけ表情を歪ませた。悔しそうな、腹立たしいような、そんな顔を一瞬だけ。距離のあるあたしが気づいたんだ、エルディクスも見たと思う。


「いや、用と言うほどではないよ。魔女殿がお一人だったから、話し相手になろうかと。僕には同じ年頃の妹、クリスティーヌがいるのでね、話題ならそれなりに熟知しているし」

「そうかい。それは気を使わせて申し訳ない」

 にっこりとエルディクスは笑みを浮かべ。

「すまないねマツリ、ちょっと話が盛り上がって」

「いえ……」

「向こうに知り合いがいるんだ。一緒に挨拶に行こうか」

 行こうか、という音の、行くよね、という意味をもった言葉を告げると同時に、マツリを腕の中に抱え込んだままどこかへと向かっていった。有無をいわさない態度は、少し怖い。

 残されたディオンは何も言わず、二人の背中を睨みつける。

 そのまま、別の――妹ではない令嬢と共に、会場の外に向かってしまった。


 最後に残ったあたしは、貴族怖い、と心の中でつぶやく。

 あぁ、さっさと戻ってこないかなリード。一人じゃとても耐えられない、というか、今にもとって食われそうで、泣きそうだしわめきたいし逃げたい気分が、消えてくれない。

 ダンスも、笑顔を浮かべるのも慣れたけど。

 この華やかな殺伐感は、なかなか慣れそうにないなと、そう思った。



   ■  □  ■



 成り行きを見守った後、何をするでもなく座っていたソファーがぎしりと揺れる。はっとして振り向くと、リードが心底疲れた顔をして氷を浮かべた飲み物に手を伸ばしていた。

 飲み物は侍女がカートに載せて持ってきてくれる仕組みらしい。

 そういえばあたしも喉が渇いた。

 不必要な緊張までしたし……。

 ひとまず橙色の液体が入ったコップを取ろうとして。


「それは酒だから、お前はこっち」


 と、彼と同じ無色透明の方を渡される。

 口に含むと、少し柑橘系の香りがする水だった。

 果汁か何かを絞ったものだろうか。

 薄すぎず濃すぎない味わいで、後味も爽やかで飲みやすい。

 ふと隣を見ると、リードがいらだった様子で、遠くにいるエルディクス達を見ていた。

 ここからはわからないけど、楽しそうに談笑しているようだ。マツリもふんわりと、普段あたしがよく見る自然な笑顔を浮かべていて、どうやら親しい間柄の相手らしい。


「ったく、男を寄せ付けたくないなら、傍にいろっつーの」


 一気にすべてを飲み干し、ぼそりとリードがぼやく。

 どうやら、マツリに男性が近寄ると、いつもああやって現れるらしい。

 これみよがしに肩を抱き、時に頬にキスなんかもするんだろう、今まさにしてるから。マツリは恥ずかしそうにしているけれど、嫌がっている感じはない。少し拗ねている様に見えるのは気のせいだろうか。まぁ、あたしだってこんなとこでいちゃつかれたら、恥ずかしいしな。

 ああしてると、普通の仲の良い夫婦だ。


 ――それでも子供がいないって、ただそれだけであんな風に言われるんだな。


 まぁ、あれは僻みだろうけど。ユリシスだってそんな風なこと言ってたし。

 なのにマツリが悲しいことを言われるのは、たぶんエルディクスが悪いんだとやはり思う。

 女性に囲まれて、へろっとしてるのがよくないんだ。

 マツリがそういう時に、静かに見てるだけな方なのは明らかなのに。

 ヤキモチ焼かせたいというなら、趣味悪い。

 それでいて、マツリがさっきみたいに男性と一緒だと飛んでくるというのだから、もう何がしたいのかわからない。リードがぼやくのも当然だ。あたしだってため息を吐きたい気分。

 あの様子じゃ、意外とリードにも嫉妬していそうだ。


 だから、あたしという花嫁を、彼に押し付けるようにあてがったのかもしれない。もちろん大義名分も大事だけど、マツリにとってそばにいることが多い同年代の異性はリードだ。

 他にもいるんだろうけど、仮にも貴族、公爵家の跡取りであるエルディクスから、その奥さんを奪っていける人はそう多くないだろうし。まぁ、リードにそんな趣味はないだろうけど。

 でも、あんな様子をみたら、まさか、と思ってしまう。

 だったらあんな風に放置しないで、ずっと傍にいればいいのに。

 エルディクスが、あたしにはよくわからない。


「俺にもわからん」


 二杯目の水を飲み干し、リードがため息をこぼした。エルディクスとひときわ付き合いが長いはずの彼にわからないなら、短いあたしにわからないのは当たり前のことだろう。

 大事にしたいなら素直になればいいのにと、そう思う。

 自分のことは棚に上げつつ。

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