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音無し姫の子守唄  作者: 若桜モドキ
■3.不穏の影
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ルーフィとクリスティーヌ

 足を動かしている間にも、嫌な声は確かに聞こえていた。

 早く早く、そう思うけれどなかなか近寄れない。


「ルーだったらぜーったい、お傍を離れたりなんかしないものー。ルーはエルディクス様がだーいすきだからぁ、どんな時だってずぅっとお傍にいるの。えへへ、健気でしょー?」

「ですが、それでは仕事が……」

「そもそも貴族の家に嫁入りしたのに、お仕事してるのがおかしーのよ。雑用なんて、そこら辺の下っ端に任せればいいし、彼らはそれがお仕事なんだもーん。それにあんな卑しい小娘なんてどーせいてもいなくても変わらないし、なおさらそこら辺にほっとけばいいのよぅ」

「それはできません!」


 張り詰めたような、マツリの強い声が響く。

 あたしは声のする方に向かって、ひたすら走った。

 この城は意外と声が響くのか、彼女の姿が見つからない。声は近くなるけど、場所までなかなか辿り着かない。どうしようどうしよう、マツリの声が悲しそうに聞こえて仕方ない。

 しかも、お題目はあたしなんだ。

 殴ってでも止めて、マツリを助けなきゃ。


「あの方は神託に選ばれた方です、そのようなことは許されません!」

「な、なによ! あなたに指図される謂れなんて、ルーにはないんだから!」


 ねぇクリスティーヌ、という声。

 そうね、と冷ややかそうな声が聞こえた。

 そのタイミングで、あたしはやっとマツリのそばまで辿り着く。


 そこにいたのは、華やかに着飾った二人の令嬢。

 一人はあたしの想像通りの貴族令嬢で、もう一人はどこか雰囲気が異質だった。

 あまり、関わりたくはないタイプだなと思う。ほとんど直感だ。

 そしてその直感は、ものの見事に当たる。

「ルーは優しいから言わないけどぉ、ほんとーはみんなみーぃんな知ってるんだから! あなたがエルディクス様の『愛』を受けていない、むしろ嫌われてることなんてっ」

 だん、と左足で床を鳴らし、薄いピンクのドレスを着た令嬢はマツリを指差す。

「疎まれているくせに妻のように振舞うとか、当たり前のように一緒にいるとか! ルーとあの方に失礼だと思わないの! 最低! ひどい! ルーが一番あの人を愛してたのにっ」

 ひどいひどい、と喚く姿は完全にあれだ。

 わがままを言い始めて、癇癪を起こした子供と一緒。

 けれど相手はあたしと同じぐらいの年齢で、だからこそその異様さが浮かぶ。飛び出そうとした足が、思わず止まってしまう程だ。さらに援護射撃するのが、もう一人の方。

 扇で口元を隠しながら笑う、黒髪の少女だ。


「でも平民ですから、仕方の無いことではないかしら……」


 喚き散らす方がルーフィなら、じゃあこっちがクリスティーヌか。こちらもあたしとそう年齢は変わらないような感じで、しかし口調や雰囲気はだいぶ大人びているように見える。

 彼女の濃い灰色の瞳が、じとり、とマツリを見た。

「あなたも、ずいぶんとプライドがないのね」

「……なんの、ことでしょうか」

「城仕えしたい、その一心で慰み者になるなんて」

 息を呑む、マツリの肩が跳ねた。

 震えているようにすら見える。

 ただただ喚くばかりだったルーフィと違って、クリスティーヌの『攻撃』は的確に狙ったようなものだった。たぶん、そうなんだろう。マツリの反応を見る限り、きっと。

 そんな、ことは、と震える声が、今にも消えそうだ。

 弱みを突かれたとあからさまに分かる、それを見逃すほど彼女は優しくないらしい。


「じゃあ、一年も経つのに子の気配もないのは、どうして?」

「……っ」

「きっとそうだわ。でなきゃ爵位も無いあなたに、ルーが負けるわけないんだから!」


 うふふ、と笑うルーフィと、冷たい目でマツリを眺めるクリスティーヌ。

 実際子供がいないマツリは何も言い返せず、俯いたまま。ハッカ様、と不安そうに背後から聞こえる侍女の声。振り返ると、彼女は首をそっと横に降った。出て行くなと言うように。

 どうして、とあたしの顔は告げたんだろう。

 小さな声で、いつものことです、下手に出るとマツリ様に迷惑が、と言う。

 それは、確かにそうなんだろうと思う。彼女らは貴族で、城にいるのだからそれなりの身分なりがあるのだろう。そこを刺激するのはよくない、それはあたしだってわかってる。


 だけど。

 それでも我慢できることとできないことが、あった。


 足音をひときわ高く鳴らすように、あたしは再び走りだす。

 最善はマツリを見守ること、見捨てること。そうかもしれないけれど、あたしのために必至になってくれている彼女を、こんな連中に好き勝手言わせたままなんてことは。


 ――そんなこと、あたしにはできない。


 マツリとの間に割り込んで腕を広げ、二人を睨みつける。やっと動いた身体は、それでもこんなことしかできない。だけど紛いなりにもあたしは王子の婚約者だ、それは武器になる。

 少なくとも、この二人を追い返すなり黙らせるなりは。

 まさかあたしがいるとは思わなかったのか、二人は笑みを消す。

「な、なによぅこの子。子供のくせにルーの邪魔をする気?」

 生意気っ、と。

 自分のことを名前――というか愛称で呼ぶ、ルーフィという少女があたしを睨んだ。

 せっかく気分よく笑っていたのを、邪魔されたからだろう。


 一方、その隣に立つクリスティーヌは、先ほどとは違う笑みを浮かべてあたしを見た。ぞわりと背中があわ立つような、息を奪い取るかのような、どこか気色悪い笑みを。

 その唇が、扇の向こうで音を発する。

「白い髪、灰色の瞳……この子が例のお姫様?」

「えっ」

 うそ、と小さくつぶやいて、ルーフィがあたしを見た。その表情が、驚きから怒りのようなものへと塗り替わっていく。握った手をぷるぷると震わせて、彼女はまた叫んだ。

「こ、こんなガキが、うそ! こんなのにもルーは負けたなんてっ」

 思わず、だったのだろう。

 ルーフィは腕を振り上げて、あたしをひっぱたこうとした。

 後ろのマツリが息を呑んだ瞬間。


「――マツリ、何をしている?」


 聞きなれた声が、間に割って入るように響いた。

 かつ、かつ、と歩いてくる音。振り向けば、そこにはユリシスの姿があった。エルディクスいわく『眠くてぼんやりしてるだけ』らしい眼光は、場の雰囲気のせいなのか鋭く感じる。

 彼は二人の令嬢を一瞥すると、うつむいたマツリを見て。

「そろそろ夕食の準備ができると聞いた。姫様を早く」

「え……あ、はい。わかりました」

 それとなくマツリを、そしてあたしをかばうように立ち、ユリシスは言う。

「ここは貴族令嬢如きが立ち入っていいエリアではない。早く去れ」

「で、でもルー達はリード様の」

「その話はここでするべきことではない、と思われるが。そもそも殿下はそれらの話をすべて断っていらっしゃる。なおも主張するのであれば、父君の方に話をつけることとなるが」

「……う」

 悔しげにするのはルーフィ。


 やはり相手がユリシスだから、あまり威圧的には出られないらしい。たぶん彼からリードやエルディクスに、悪評が流れるのを警戒しているのだろう。彼はリードに付いている騎士だ。

 今はあたしについているけれど、彼の、騎士としての立場などは強い。


 ルーフィは握った手をかすかに震わせて、マツリとあたしをキっと睨みつける。その傍らにいるクリスティーヌは無言で、やはり口元を広げた扇で隠すようにしていた。

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