私の大事な姉妹
私は、シア。
どこにでもいるごく普通の孤児。
普通に親をなくして、普通に教会というか孤児院に身を寄せて。そうして、もうじき巣立っていくのだろう年齢に達した、ちょっと人より小柄で動くのが大好きな、やはり普通の子。
けれど、私の『姉妹』は普通じゃなかった。
普通じゃ、なくなってしまった。
彼女――ハッカは、声と家族を失った子だ。
だけど表情が豊かだから、筆談なしにも言いたいことがわかる子だ。とてもいい子で、私にとっては大事な、愛しい『姉妹』。そう、姉妹だ。私と彼女は、立派な姉と妹、妹と姉だ。
あたしと彼女はいつも一緒、楽しいことも悲しいことも。
なんだって、二人で協力してこなしてきた。
ハッカは、自分には足りないことばかりだって顔をしていたけど、私にはない根性とか負けん気があった。私はすぐにヘタレてしまうところがあるから、羨ましいと思ってた。
きっと、私は彼女と一緒にいるんだろう。
そう思っていたのは、遠い昔になりそうな昔の話。
わたしの大事な彼女はある日、神託とやらに選ばれてしまった。
お城にいる、王子様の花嫁として。
でも、迎えに来たやつらの態度が、誘拐するかのようだったから。そしてハッカが、今まで見たことがないくらいに震えて、おびえていたから。これは、いけないことだと思った。
だから必死に抵抗して、でも結局彼女は連れて行かれて。
そして、それなりの日数が経ってしまった。
――私の日常は変わらない。
いつも通り、子供達の相手をして、シスターの手伝いをする日々だ。
「ねぇ、ハッカ……」
そう話しかける相手がいない日常は、ひたすら虚しい。
寂しい、とは言えなかった。あの遠い場所で彼女が幸せになれるなら、それでいい。
家族を失ったあの子は、家族を欲しがらない子になってしまった。
できるわけが無い、と決め付けるように。
一人で生きて、死ぬんだって。
だから王妃様になったら、まず王様になる王子様が家族になる。そして何年かする頃に二人の間に子供ができれば、できる数だけ家族が増えていく。いつか子供が子供を授かり……。
そんな感じに、ハッカの家族は増えていくのだ。
もちろん、世の中がそう簡単にうまくいくとは限らないとは知っている。
でもちょっとぐらい、期待してもいいよね。
ハッカはいい子なんだし、神様が選んだわけなんだから。
それくらいの優遇は、してくれるよね。
物語のヒロインのように、とんとん拍子に進んでさ。
庭の掃除をしながら、私は遠くに行ってしまった彼女を思う。どうか何事も無く、彼女が穏やかに過ごせますように、と。不幸続きだったその人生が、ここから光輝きますようにと。
それでも心配してしまうのは、彼女が私の姉妹だったからだ。
姉妹になれる立場で育ってきているから、だ。
城下住まいだと、下世話なものも含めてお貴族様の噂はいろいろと耳に入る。
その中にハッカのことが含まれることが増えた。それもよくない噂だ。
無知で何も知らないだろう彼女を言葉巧みに抱き込んで、いうことを聞く傀儡にして、都合のいい王妃にしたい。そんな貴族の、くだらない駆け引きだとか計画だとか。
噂になってる時点でダメじゃんと思うけど、心配だ。
連中は神託に守られたハッカを、どうにかして蹴落としたいんだ。だから愛人だか新しい王妃だかを狙って、娘を次々と城に送り込んでいるのだという。浅ましいってあのことだ。
今のところ、王子様は彼女らに見向きしていないらしい。
そもそも結婚より先に即位、という考えの人だったらしいから、たぶんハッカにも特に何かしたりしていないんだろうなと思う。彼女は、今もひとりぼっちなんだろうか・
私はホウキをぎゅうっと握り締める。
彼女と私は『姉妹』なのに。
こんなに遠くで、噂に振り回されることしかできない。
傍にいて抱きしめてあげることはおろか、手紙すら届けられない。
貴族もアレだけど、庶民の方も大概アレだ。
神父様がいうには妙な集団、怪しい団体が、ハッカを崇め奉っているのだという。それくらいならともかく、中には良くない意味でハッカを『欲しがっている』連中もいるんだそうだ。
それは、たぶん生贄という意味。
「城にいれば安全ですが……」
そうつぶやく神父様の表情は、暗い。
そりゃそうだ。
大事な『娘』がいかにも怪しい連中に、目をつけられてしまったのだから。
そいつらは日夜、猫を中心に動物を『生贄』にした儀式を行っているという。もしハッカがやつらに捕まったりしたら、同じような目に合うかもしれない。
ともかく、ロクなことには絶対にならない。
まぁ、神父様の言うようにお城なら、安全なんだろうけど。
でも彼女がそういう目で見られるのは、非常に気分が悪いことだった。
あーあ、私はどうしてここにいるんだろう。
こうして話を聞くだけで、祈るだけで。
どうして傍にいて、支えてあげられないんだろう。
いっそ一時期ハッカと相部屋だった、あの子のように貴族に引き取られたら。そしたらどうにかして城に入り込んで、ハッカの手を握って大丈夫って、私は言ってあげられるのに。
「ごめんください」
そんなことを思っていた私の耳に、来客を知らせる声が届く。
どうやら、シスターが応対に出たらしい。
「ここに、シアというお嬢さんがいると聞いてきたのですが……」
シスターと何かを話す、来客はどうやら若い女性。
彼女の口から私の名前が出て、はて、と疑問に首をひねる。ハッカのこともあるから、私達の方もそれなりに警戒しておくようにと騎士の誰かに言われて、まだ間もない。
だからシスターもすぐに追い返すと思ったけど、どうやらちゃんと話を聞いているようだ。
つまり、相手は追い返す必要の無い、城の関係者……とか?
とりあえず私は、声がする方に向かって歩き出す。
どうせ、すぐに呼ばれるだろうから。