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音無し姫の子守唄  作者: 若桜モドキ
■2.城での生活
23/107

婚約の儀式

 城に来て一種間ほど。

 あたしはついに、名実共に『王子の婚約者』となる日を迎えた。


 本当はもっと早くするはずだったんだけど、いろいろ準備が整わなかったらしい。

 あたしの勉強が足りていないせいじゃないですから、ってマツリは言ったけど、それでも半分ぐらいはあたしがまだまだパっとしてなさすぎるからなんだろうなと、なんとなく思う。

 それは、とても申し訳ない。

 もっと頑張らないといけないなと、改めて思う。

 それにしても、婚約をどうのこうのするというにしては、ずいぶんと衣装が派手だ。

 あたしの感性から『派手』なだけで、たぶん地味なんだろうとは思う。

 白い、まるで婚礼用のドレスのような白い服。形事態はいつも通りのゆるくふんわりしたワンピースなのだけれど、裾を筆頭に、そこかしこにつけられたレースは華やかだ。

 髪留めだっていつもより豪華なものだし、その他アクセサリーもつけた。

 着飾る、とはきっとこの状態のことをいうのだろう。


 そんな姿のあたしは、椅子に座ったままじっとしていた。マツリには、呼びに来るまで本とか読んでいいって言われて、何冊か本を渡されたけど、とてもそんな気分にはならなかった。

 だって、どうすればいいのか、わからない。

 こんなの人生で初めてのことで、何もわからない。

 しないと思ってたし、縁もないと思っていたし、するとしてもずっと先だと。

 そう、思ってたはずなんだ。

 それがなんで、あぁ、恥ずかしい……。


 一番の不安材料は、やっぱりリードだろうと思っている。

 肖像画前で顔を合わせてからというもの、あたしは彼との接点がほとんどない状態で今日という日を迎えている。まだ王子だけど、彼はもう王としての仕事をしていて忙しいからだ。

 時々、窓の向こうだとかに姿を見るくらい。食事は一応二人でということになっているらしいのだけれど、だいたい向こうが多忙だとかで一人で食べるのが当たり前になりつつある。

 なんて寂しい食事だろう、と思うのもすでに飽きてきた。

 たぶん、それがここでの普通なんだろうな。


 貴族といえば美味しいものがずらっと並んだ晩餐会、なんてイメージがあるけど、普段の食事はそうでもないんだろう。ここはお屋敷じゃなくて城で、彼は貴族じゃなく王族だけど。

 日頃がそれだから、見かけても話しかけたりなんかはしない。

 話しかけて何を言えばいいんだろうって自問すると、何も出てこないから。

 石版を手に駆け寄るだけで、いいはずなのに。声が出せない分、意思疎通がヒトからすると面倒だと思われることをわかっている分、言いたいことを簡潔にまとめるのは得意で。

 なのに、リードには何を言えばいいかわからなかった。

 あの一件から、あたしの頭の中は少しだけおかしなことになっている。


 シアがいたらきっと、王子様に惚れちゃった、とか言うんだろうな。


 しかし残念ながら好きではない。

 あたしは、そこまで惚れっぽくはない。


 だけど、好きになれそうな気が、ちょっとだけした。それだけのことだと思う。積み上がってがっしりと手をつなぎ合っていたたくさんの『嫌い』に、ほころびがでた感じだろうか。

 これからゆっくり、こんな風に些細なことで絆されてしまうのかな。

 それは心地よさそうで、甘い香りがする誘惑だった。

 でも、抵抗しろと叫ぶ『あたし』も存在しているのも事実だ。

 どうしようもないと、もうわかっているのに。それでも駄々をこねるあたしがいる。そのみっともないくらいの駄々っ子ぶりに嫌気がさして、思考を切り落としたくなった時だった。

 こんこんこん、とノックの音が響く。

 侍女が扉を開けると、その向こうにはマツリがいた。彼女は普段より装飾が目立つ少し華やかなローブを纏い、ガラス球みたいな石をあしらった小さめの杖を手にしている。

 あぁ、あれが『宮廷魔術師』としての、マツリ・カミシロなのか。

 マツリは部屋の中に入ると、あたしを見て恭しく頭を下げた。


「ハッカ様、そろそろお時間です」


 声に小さく頷いて、あたしは立ち上がる。

 向かう先は城の敷地にある、教会のような雰囲気のある建物だ。外観はまさにそんな感じの作りをしていて、あたしの結婚式なんかもここでやるのかもしれないなと見上げて思う。

 とはいえここはまだ入り口、廊下を進んだ先にはまだ部屋がある。そして、あたしが向かうのは当然ながらその部屋だ。リードは、あたしより先に行って待っているのだろうか。

 しばらく進むと、侍女がぴたりと足を止めた。

 それはいかにも何かがありそうな、豪華で大きな扉の前。

 ここから先はあたしと、マツリだけ……ということのようだ。

「さぁ、どうぞ」

 マツリが扉を開けて、あたしに先に進むように言う。

 一瞬だけ迷ったあたしは、事前に教わった通り、静かに足を前に進めた。しずしず、と音を立てないようにゆっくりと歩く。おとなしく、お上品に。そういうものなんだそうだ……。


 中は、やっぱり教会のようだった。

 というか、たぶんここは『教会』なんだろうと思う。王族のような、あんまり城の外に行けない人がお祈りをする場所。奥の部屋は縦に細長くて長椅子が並んでいて、一番奥には白い石で作られた模様を刻んだ祭壇があって、そこまでまっすぐ赤いカーペットが敷かれていて。

 その向こう側には、大きくてぴかぴかしたステンドグラス。

 神様をかたどった白い石像があり、その足元に初老の男性と――リードがいる。

 少し離れたところにはユリシス、そしてエルディクスの金髪騎士二人組。どちらも騎士の制服は着ているのだけど、外套を含めて金糸銀糸で装飾がされた豪華で立派なものだった。

 リードはあえて言うまでもなく、立派な身なりをしている。

 ああしていると、ついでに黙っていると、王子様って感じがした。


 そんなことを思いながら、あたしはマツリを連れて彼のところまで向かう。

 これから行う婚約の儀式というものは、王族や貴族がやることが多い。庶民ではせいぜい教会でお祈りしたり、お世話になった人に報告したりして、祝福を受けるぐらいだ。

 ただ貴族だとか王族だと、当人達以外も絡むものだから、もう少し大仰になるのだそうだ。

 例えば立会人として双方の身内が出席したり。

 わざわざ位の高い魔術師――多くが宮廷魔術師だけど、そういう人や、あるいは、あたしは行ったことがないのだけど、城下にある大きな教会の偉い人だとかを招いたりするという。

 あたしもリードも直接の家族、親兄弟はいない。

 たぶんエルディクスがリードの、マツリがあたしの身内代わりだ。

 リードなら親戚もいるのかもしれないけど、集める時間がなかったのだろう。神託のことも含めてだいぶ強硬に話を進めている。それこそ、あたしの意思どころかリードすら無視して。

 急展開を続けた日常は、ここで一つの区切りを手にする。


 あたしはゆっくりと彼の元へ。

 一歩、一歩、進んだ。


 実際よりもずっとずっと長く感じる道のりは、緊張のせいなのか。

 彼の隣に立った頃には、少し息が上がってしまっていた。

 リードの横で数回深呼吸して、あたしはドクドクと高鳴る胸を沈める。あたしの様子が落ち着いたのを確認して、お願いします、とリードが男性に告げた。

 ついに始まる――あたしとリードの関係を、確かなものにするための儀式が。


「これより、リード・エクルシェイラとハッカ・ロージエの、婚約の儀を始める」


 男性が大きな声で宣言し、厳かな雰囲気の中で、鐘の音が響く。

 あたしの隣にいるリードは、真剣なまなざしで目の前の男性を見ていた。

 彼は宮廷魔術師でも偉い人らしく、やたら装飾がつけられたローブを纏っていた。リードの格好もかなり立派だけど、男性の方は恰幅がいいのもあってひときわ立派なように見えた。

 彼の手には杖があり、赤ちゃんの頭ぐらいあるような宝石がきらりと光る。

 それを、まず、リードの額にそっと押し付ける。

 聞き取れないほど小さく早い声で、何か聞きなれない音を紡いだ。魔術を使う時に唱えるものなんだろうとは思ったけど、神父様が使っているのとは違った響きだった気がする。

 次にあたしの額に、石がこつんと当てられる。やっぱり石は石なのかひんやりしてるんだなと思ったのもつかの間、その直後に一瞬だけカっと焼けるように熱くなった。

 驚く前に石は離れ、男性は大きく息を吸い。


「ここに、両名の婚約を承認する」


 腕を広げて上を見上げ、腹の底が震えるような声で宣言をする。

 それから、祭壇に杖をかざして何かをして、振り返ったその手には一枚の紙。リードに渡されたので何が書いてあるかわからないけど、たぶんわかっても意味が無いものだろうと思う。

 リードは受け取った紙を少し眺め、丁寧に折りたたむ。

 その後、男性に深く一礼した。

「感謝します、大魔術師殿」

「いや……こちらこそ、神託に携わるなど、身に余る光栄でございますよ、殿下」

 大魔術師と呼ばれた男性は、あたしの方を見て目を細める。

 神父様みたいな、優しい目をしていた。

「ハッカ姫、あなた様の未来に幸が多くありますように」

 あたしの手をとって、まるであたしのお爺様にでもなったかのように彼は微笑む。あたしはどう言えばいい変わらず、そもそも石版もないので、ぺこぺこと頭を下げた。

 かくしてあたしはリードの婚約者になって、このお城での立場を確かにしたわけなのだけど。




 その日の夜、大問題が発生してしまった。

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