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音無し姫の子守唄  作者: 若桜モドキ
■2.城での生活
22/107

家族

 引きつりそうだ。

 頬が、口元が。

 心も身体も、引きつってねじれてグチャグチャになりそうだ。

 だけど笑顔は浮かべなきゃいけない。目元を細め、口元に曲線を浮かべ、穏やかな口調を徹底して。最後に仮面をかぶって自分を作り上げ、そうして毎日整えていなければならない。

 だってそれが、遺言だから。

 あなたは、いつも笑って生きなさい。

 人前で、そんなしかめっ面をしてはいけません。


 怒ったお顔は怖いでしょう?

 でも笑ったお顔は、見ていて嬉しくなるでしょう?


 だからあなたは笑っているようにしなさい。そうすれば誰からも愛される、良き■となれるのですから。あの人のような■になって、そして人々を守り支える一生を送るのですよ。

 そんなあなたには、きっと良い縁があるはずです。

 あなたを愛し、支えてくれる伴侶を、決して失ってはいけません。こうして抱きしめて、あなたのその腕で守ってあげるのです。なぜなら、あなたの伴侶はあなたより弱いのですから。

 あなたが、守ってあげるのですよ?

 できますね?


 あぁ、そんなふうに笑っていたあの人を。幼い子供じゃ理解が追いつかない約束を、当然のようにさせてきたあの人を思い出す。わからないながらも、できる、約束する、と答えた時の泣き笑いのような表情が、幸せそうな顔が、ふわりと頭の中に浮かんでは消えていく。

「――」

 見上げた壁には、肖像画があった。

 もう届かない、過去の情景。


 俺は、まだあの人達のように笑ったためしが、無い。



   ■  □  ■



 彼はぼんやりと、壁にかけられた絵画か何かを見ている。

 傍には金髪の騎士が控え、先にあたしに気づいたのは彼だった。騎士の青年は一歩あたしから離れるように身を引きながら頭を下げて、その動きでリードもあたしの存在に気が付く。

 あたしを見たリードは、わずかに表情を曇らせた。

 その顔に、お前にだけは会いたくなかった、という言葉が見える。

 それはお互い様と思いつつ、あたしは彼が見ていたものに目を向けた。あたしの背丈よりずっと大きなそれは絵画かと思ったけれど、よく見たらこれは『肖像画』というやつらしい。

 どこかで見覚えがある容姿の、男性と女性が一つのソファーに座っている。

 寄り添うようにした、仲睦まじい……たぶん、夫婦の。


「……なんだ? 気になるのか?」


 あたしの視線に気づいたリードが、ちらりとあたしを見た。

 一瞬、こちらに向いた視線は、すぐに肖像画へ戻る。

「これは俺の父上と母上だ。まだ俺が生まれる前、結婚して間もない頃らしい」

 言われ、あたしも視線を戻した。

 ……確かに、今のリードに似ているような気がする。

 目の色はお父さん、つまり亡くなった先王だ。ランプや暖炉といった、炎のような温かい感じのする濃い橙色の瞳は、息子であるリードにもしっかり受け継がれたらしい。

 髪型や色はお母さん似だ。描かれた王妃様の髪はふんわりした、リードと同じようにゆるいくせっ毛。顔つきも、どちらかというと王妃様に近い。王様は凛々しく、いかにも王だ。

 見た感じの年齢はかなり若い。

 リードがいないから、生まれる前なんだろうか。

 不思議だろ、とリードが小さく言う。


「これが完成するころには俺が生まれていて、さらに数年後には」


 そこまで言って、彼は言葉を止めた。

 忘れたとかいう感じではなく、いいたくないから止めた、という感じがする。

 あたしは少し考えて、王妃様が早くに亡くなっていたことを思い出した。数年後には、に続くのはきっとそのことなんだろう。あたしよりも小さい頃に、彼は母親を失った。

 あえて反応しないようにして、あたしは優しく微笑んでいる彼女を見る。

 王妃様って、こんなに綺麗な方だったんだ。そういう話はよく聞いたけれど、所詮は庶民だし孤児なので見たことなんかなくて、肖像画とはいえじっと見たのはこれが初めてだと思う。

 リードと同じ黒髪は、緩やかな波を描く癖が付いていて。

 少し垂れた目じりが優しげで。


 あたしは、ふと自分のお母さんのことを、思い出してしまう。こんな顔で、そういえばお母さんもよく笑っていた。幸せだって言いながら、大きくなったお腹を撫でたりしていた。

 だから、きっと王妃様は幸せだったんだ。

 早くに亡くなられてしまったし、リードは小さかったから、悔いとか、いろいろあったんだろうなと思うけど。でもきっと、幸せだったんだろう。だから、綺麗に笑っているんだ。

 あたしは抱えていた石版に、声を綴る。

 それを彼に見えるように、そしてあたしの顔を隠すように向けた。


『王様と王妃様、リードにそっくり』

「そりゃ……俺の両親、だからな」


 当然だろ、とつぶやくリードの顔に、わずかに笑みが浮かんでいる。

 あたしには、その声はどこか誇らしげに聞こえた。

「父上はすばらしい王だった。俺は、父上のような王になりたい。……いや、なる」

 肖像画の父王を見上げ、彼は宣言するように言う。あるいは、自分で自分にそうなるよう命令するかのようだった。真面目な響きのする声と横顔に、あたしは少しだけどきりとする。

 最低の最悪の王子だと思っていたけれど、意外とちゃんとしていると知ったせいだ。

 エルディクス達が従う、理由がわかったような気がする。


『あたしも、お父さんとお母さんが、好き』


 憧れとは違うかもしれないけど、あたしは両親を愛していた。

 大好きだった。

 あの日、一緒に死んでしまってもよかったと思う程度には、離れたくなかった。それでもよかったと思うくらい、あたしはあの人達と一緒に生きて、そして死んでもいいくらい愛した。

 もちろん、そうなったらあたしは、きっと両親を悲しませる。

 だからやっぱり、こうして生きている方がいい。

 ただ、一つだけ。

 今になって尋ねたいことがある。

 それは――あたしの容姿にまつわる、きっと二人しか知らないこと。

 かつかつ、と音を綴る。


『あたし、お父さんともお母さんとも、弟とも似てないの。三人とも、黒髪』


 それは子供の頃から、ずっとずっと考えていたこと。

 子供の頃は色が違うことが悩みだった。みんなにからかわれたのもあるし、自分一人だけが違うんだって思うのが嫌で、それを感じて後ろを向いてしまいそうな自分が嫌だったから。

 かすんだ記憶の中にたたずむ二人は、あたしとぜんぜん違う。

 成長するほど、あたしはこう思ってしまう。

 あたしは、二人の子供じゃないんじゃないかって。それはきっと、本当なんだろう。あたしは拾われるかもらわれるかした子だ。そんなわけがないって強がりは、もう疲れて消えた。

『親戚もみんなそう。あたしだけなの、こんなに真っ白なの』

「身内がいるのに、孤児……なのか」

『喉を切った事故で、お父さんもお母さんも、弟も死んじゃった』

「そう……か」

『親戚は誰も引き取ってくれなかったけど、あたしにはみんながいたから』

 言いながら、少しだけ笑ってしまった。

 リードは申し訳無さそうな、気まずい顔をしている。


 だけど、彼が思っているような関係は、親戚の間にはなかった。

 最低限の関係性も、ないままだ。

 呪われているだとか、バケモノのようだとか……拾われた子なんだとか。言われた言葉はもう音の並びとしか思えないほど。慣れたのとは違う、けれど慣れてしまったんだと思う。


 だから、心のどこかで少しほっとした。

 本当は『よかった』って思った。


 あの場所に、置き去りにされたこと――捨てられたことを。


 普通に考えて、そりゃ面倒だろうなって思う、わかっている。声は出せない、うちの子じゃないのはもちろん、親戚の子ですらない。そんな子を、負担を背負い込んで養う理由はない。

 戦争だとか、そういうものとは縁遠い国だけど。

 だからって日々の生活が貧しくないわけでは、ないんだから。


 今頃、あたしを捨てていった親戚達は、どんな様子なのだろうか。さすがに神託が下ったのは知っているはずだ。その光が照らしたのが王子リードの花嫁であることも、それが真っ白い髪の孤児の少女だということも、もしかしたら城下では噂になっているかもじれない。

 そんな容姿、そう多くは無いはずだから……喜んでいるかもしれないな。

 けれどそれはあたしが幸せになるから、とかじゃない。

 母方は知らないけれど、父方の親戚は商人の家系だ。未来の王妃の身内だとか言って、利用している可能性もある。それがいいのか悪いのか、あたしには判断できない。

 それとなくリードに尋ねると、その表情が少しこわばった。

 視線を、傍らに控えていた騎士――ユリシスという名前だと聞いている彼に向ける。


「ユリシス、そういう話はあるか?」

「いや、特には聞いていない。……気になるなら調べさせるが」

「……そう、だな。調べるだけ調べておいてくれ、火種になったら困る」


 そんな会話がされているのを前に、あたしは複雑な気持ちになった。

 親戚について、あたしはどういう感情を持てばいいのか今もわからない。そういう判断が付く前に離れてしまったし、今となっては興味の範疇に入ってすらいないからわからなくて。

 ただ、あたしを利用している、と思うと少しムっとしてしまう。

 都合のいい時だけ、と。


 恨みとも、怒りとも似ているようで違う感情に、名前はどうやらつけられない。

 不愉快さだけが、じわりと滲むように残されていた。

「俺はそろそろ行く」

 じゃあな、と彼はあたしに背を向ける。

 向かうのは、あたしが歩いてきた方角だ。あたしが向かっていた方向に仕事に使う部屋はないから、彼はこれから仕事に戻るのかもしれない。休憩ついでの散歩だったのだろうか。

 あたしは離れていく彼の服をつかみ、石版の文字を消して、少し乱れた文字で。


『ありがと』


 そんな声を、やっぱり顔を隠しながら伝える。リードは何も言わなかったけど、何も言わないままユリシスと一緒に去っていったけれど。手を離しても少しだけ足を止めてくれたから。

 たぶん……あたしの声、彼に聞こえたんだと思う。

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