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音無し姫の子守唄  作者: 若桜モドキ
■2.城での生活
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必要な人

 暇だ。

 とてつもなく、あたしは暇になった。

 エルディクスとの会話、というより半ば脅しのようなこれからのことを聞かされた後、迎えに来た侍女らと一緒に部屋に戻ることになったのはいいけれど、そこから先が何もなくて。

 無言かつ、かなり静かに、あたしは部屋に戻る途中だ。

 仕立ての採寸で疲れるだろう、とマツリが気を使ったんだろうと思う。


 今日はもう予定はない。

 勉強もしない、誰かと逢うことも。


 つまり、あたしは――これから、特にすることがない。

 部屋に戻って、ぼーっとするか読書をするか。あるいは自主的に勉強か。読書はともかくとして勉強は、ちょっとするきがないかな。いろいろ改めてつきつけられ、疲れている。

 でも、読書……読書、か。

 マツリが何冊か差し入れてくれた小説がある。少女向けの恋愛ものとか。だけど、もともとそういうのに興味が無いこともあって、面白いといえば面白いのだけど一冊読めば充分だ。

 かといって、勉強に使うような歴史書の類を見たい、とは思えず。

 結局、採寸で消費した体力を、温存しつつ回復させることになるのだろう。

 おそらく、採寸でへろへろになるのを見越してのスケジュールだ。

 慣れないことをしたせい、だと思う。腕に力が入らないのは。正直に言わせてもらえば、あんなのはもう二度とごめんだと思うのだけれど、きっと年に一回ぐらいは経験するんだろう。

 あたしはまだまだ成長……するはず。


 考えるだけでため息がこぼれそうになった。成長しない方がそれはそれで、と思うけどこの疲労感は半端ない。服飾に興味でもあればいいけど、基本は着れたらそれでいい人間だから。

 慣れない服と、慣れない靴。

 普段はスっとはけるサンダルばかりで、こんなかかとの高い靴なんて初めてだ。

 侍女が言うには、まだまだ低い方らしいけれど……。

 というか、こんな動きにくい格好じゃ、『何か』があった時危ない気がする。よく貴族令嬢やお姫様という人種は、こんなものですっすと歩けるものだ。そこは素直に尊敬したい。

 何か、というのはもちろん、転ぶとかいう類じゃない。

 逃げ出さなければいけない事態、それを含んだ『何か』だ。

 今やあたしは、『狙われる』存在。

 身分があってないようなあたしの『敵』は、決して少なくはないらしい。


 そう――神託があろうとも、死んでしまえばなんの効力もない、と。そんな後ろ盾があろうともなかろうとも、消してしまえば死人に口なし、後からこじつけてしまえばそれでいい。

 そんなことを考える不届きものは、いずれ必ず出るとエルディクスは言う。

 もちろんその前に叩き潰すつもりだけどね、と彼は笑った。

 彼にとっては、リードが王になるのが最終目標だ。誰からも舐められない立派な王。そこに神託に選ばれた花嫁という存在は、多少の無理を通してでも据えなければいけないものだ。

 あたしの周辺に置かれる人は、まだ決まっていないのだという。

 護衛のたぐいもリードと兼用で、だからあまり出歩かず必ず誰かと一緒にいて、一人にならないようにと念押しされた。しかし人混みに入るなともいうから、なかなか面倒だ。


 今、あたしの護衛に付いているのはマツリだけ。

 さすがにそれだけでは心もとないということになって、近々男性騎士がつくという。

 エルディクスの副官らしく、優秀だし身元もしっかりしているとか。さらに女性騎士を数人選び出すのだそうだ。こちらは身元確認などがまだ終わっていないらしく、当分先とのこと。

 あと、もう一人年齢の近い侍女を雇うのだと聞いた。

 やはり年の近い人が必要でしょう、というマツリの意見が通った結果らしい。意見というより体験談なのかもしれないな。あたしにとっても、ここは完全に『異国』と同じだから。

 聞いた話では結婚して、まだ一年らしい。


 マツリは、どれくらいでこの世界に慣れたんだろう。

 庶民からするとまさに別世界としかいえない、この生活に。


 あたしは当分、慣れる気がしないかな。

 そんなことを思いつつ周囲をちらちらと見回した。

 そこには取り囲む侍女集団。人形みたいにじっと並ぶ姿は少し怖い。人形だったらいっそ覚悟もあるのに、これは生きている人間だ。さらに恐ろしいことに、朝と顔ぶれが違っている。

 というか、一日に二度、同じ侍女があたしの傍にいることは無い。

 朝担当と昼担当と、という感じに別れているらしい。

 人数より何より、そこに言いようの無い息苦しさを感じるのだけど、エルディクス曰くこれも必要なんだそうだ。常に周囲に人がいる、という環境に慣れる王妃修行の一環らしい。

 いざ王妃ともなれば一人になることは難しく、日常にプライベートなんてない。

 あたしは常に、家族でもない誰かを傍に感じることになる。

 だから基本は五人であたしについて、しかもその顔ぶれは毎回異なるという徹底仕様。

 もちろんその侍女達は、念入りに審査した『大丈夫』な人ばかり。

 確かに、こうも毎回顔ぶれが違うと嫌でも人に慣れるね。

 まだ全然慣れてないけどね。

 早く自信を持って人に慣れました、と言えるようになりたい。こういうのが必要なことだとはわかっているけれど、細々した修行はまだ始まったばかりなのにもう息が詰まりそうだ。

 だけど後で泣きを見るのはあたしでもわかるので、歯を食いしばって我慢する。


 そう、侍女であるうちは『マシ』なのだと、さすがのあたしだってわかっているんだ。

 足りないだらけのあたしは、とにかく勉強勉強、勉強だ。

 ダンスの特訓はもちろんのこと、王妃にふさわしい立ち振る舞いも叩き込まれる。そのための家庭教師もまた探されているらしくって、近いうちに頭痛と疲労の種が追加されるらしい。

 仕方ない、仕方がない。

 必要に迫られたのもあって文字の読み書きはできるけど、正直そこまでだ。神父様の教育方針として最低限の勉強はしているけど、王妃どころか侍女としても足りてない程度だから。


 とはいえ、今更泣き言を言うわけにはいかない。

 あたしの存在が、この国の未来を左右するかもしれないんだ。

 王妃としてのあたしの出来栄えが、いろんな人を笑顔にも泣き顔にもする。

 神父様やシスターや、シアや、子供達のために。あたしは、誰からも文句が出ないような王妃にならなきゃいけないんだ。それがあたしにできる、あたしだけにできることなんだから。


 そう思えたのも、きっとエルディクスの話のせい。

 エルディクスにとって、リード・エクルシェイラは絶対的な存在だった。

 二人の関係は、あたしとシアと同じようなもの。

 血の繋がらない『きょうだい』のような、幼馴染というやつ。

 幼馴染として常に傍にいた彼は、彼のためにありとあらゆることを行う覚悟がある。わざわざ神託で花嫁を探したのも、この国に多く群れを成す欲に塗れた女狐を近づかせないため。

 あたしはそうは思わないけれど、あの王子様は意外とピュアな方らしい。

 ピュア、というのは話を聞いたあたしの印象。

 だけど――そう、例えば複数の奥さんを囲った時、彼女らがケンカした時に、リードはたぶん役に立たないんだろうなと思う。なだめようとはするんだろうけど、最終的に彼も怒って収集つかなくなりそうだ。本人は『バカにしてんのか』と怒るだろうけど、そこがもうね。

 どっちにも肩入れして、同情して、そして余計引っ掻き回す。

 最終的に自分が怒って全部ひっくり返して、エルディクスが収めるんだろうな。

 何度目になるだろう、エルディクスに同情の念を抱くのは。がんばれ。


 まぁ、ともかくリードはあんまり向いてないんだ。

 王様とか、そういう人を治める立場に。

 ……それは、あたしも人のことは言えないんだけどさ。しかたない、あたしは子供で、彼も子供に近いんだから。いきなり王様になってね、と言われて、それらしく立派になるなんてことはできない。周囲が望む立派な存在に、半年かそこらでなれるわけがないんだ。

 しかし世界には時間というものがあって、国王不在は半年も続いている。

 しびれを切らし、という感じに、エルディクスは神託に手を出した。

 そうして、引っ張り出されたのがあたしというわけ。

 人を捨て子だと言い放った、あんな人に捧げられる生贄のように。

 そういえば、エルディクスは他にもいろいろ、ひどいことを言っていたっけ。未来の王となるには、まだまだ青い、とか。あと、好きな子ができても手も握れないヘタレだとか。

 本人が聞いたら、さぞかし怒るだろうなとあたしは思う。


 特に指摘されていたのは、リードの『幼さ』だった。

 考え方がまだまだ子供で甘い、とエルディクスは繰り返し言っていた。

 あたしが余計な一言を挟まないせいだろうか。彼はずいぶんと饒舌だったように思う。どこか人をバカにしたような笑顔を浮かべる変なやつというイメージは、今は少し違う。

 気むずかしい弟か友人を、やれやれ、と見ている兄のよう。

 一つしか違わないらしいけど、幼い頃から彼に仕えることが夢というか、それが目に見えている目標だったというのもあるんだろう。エルディクスは、だいぶ大人っぽいと思う。

 性格は悪い、よくはない。あたしがこうなった元凶。

 だけど彼がいなかったらと考えると、少しだけ怖いなと思うくらいに。

 エルディクスは、この国に必要な存在なんだと、思う。


 そんな彼は、リードは王の器を持っている王子なのだと言う。今はまだ、そこかしこに甘えの残る『子供』だけど、いずれは父王に勝るとも劣らない名君になる。

 それだけの才能が、彼にはある。

 あとは、それを発揮するだけの場所を、準備して待っていればいい。リードは愚かではないからそれだけでいい。成人する頃には心を自ら育て上げ、用意した場所で才能を発揮する。

『そのために我々がいるわけですよ』

 エルディクスは、笑う。一人で国は守れませんからね、と。

 もしもその目論見が大きく外れて、あると思ったものが無かったり、あったんだけどそれが思ったとおりに発揮されなかったらどうするの、と、そんなことをあたしは返したけど


『発揮させるよ、何をしてでもね』


 彼は、どこと無く寒気がする意味深な笑みを、そんな言葉に添えた。

 とりあえず、未来の王の将来は安泰らしい、いろんな意味で。

 だから、少しだけ、本当にほんのちょっとのすこーしだけ、認めようと思う。短い付き合いしか無いけれど凄いと分かったエルディクスが、そうも彼を敬い忠誠を誓っているのなら。

 少なくとも、彼には王としての器はあるんだろう、と。

 ちょっと上から目線なのは、未だあの一言をあたしが許せないから。

 それはそれ、これはこれ、ということ。


 そんなことを思いながら、静かに部屋に続く廊下を進む。進行方向にあるのは王族の私室などがある場所、その唯一の入口だ。両脇に兵士などの控え室があり、廊下がまっすぐ伸びる。

 あたしが行くのはその手前、別の廊下を進んだ先だ。

 渡り廊下を超えた先の、客間などを集めた別棟。その別棟は立て直したらしいけど、元々はエルディクスがいうところの『公的な愛人』を住まわせる場所だったのだそうだ。

 数人単位で抱えるのが普通で、だからわざわざ専用の建物があったらしい。

 渡り廊下が唯一の出入り口となっていて、当然そっちにも兵士などが控えている。今はあたししかいないので数は控えめなんだなと、王族の居住スペースを守る人員の数をみて思う。


 あれ、とあたしはふと気づく。

 渡り廊下とつながった、玄関のように大きくとられた手前の空間。何事も無く、さほど見向きもしないで通り過ぎていくだけの場所に、あたしは偶然にも『未来の夫』の姿を見つけた。

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