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音無し姫の子守唄  作者: 若桜モドキ
■2.城での生活
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服を作る

 じっとするのは苦手だった。

 何かをしながら、ならかろうじて耐えられないこともない。

 普通の人ならおしゃべりとかで時間を潰せるのだろうが、あたしにはそれができないというのもある。ただじっとして、動かないでいるという行動は退屈すぎてつらい。

 しかし動けないから仕方がない。

 苦痛だけど、さっさと終わらせないと終わらない。

 だからため息一つこぼさずに腕を広げて、あたしは部屋の中央に立っていた。かれこれ数分以上、両腕を肩の高さまで上げた状態で広げたまま。


 あたしでも何をしているのかわかる。

 採寸、だ。


 ここはお城の中の、衣装がたくさんおかれた部屋。

 あたしは丸い台の上に立って、全身くまなくサイズをチェックされている。ほとんど下着のような薄くてぺらぺらの服を着て、数人の女性に取り囲まれるのはどうにも落ち着かない。

 服を作る時、細かく採寸するというのは知っている。ドレスとか、貴族や金持ちが着るような服は、基本的にそういうものだと聞いたから。よくわからないけれど、だぼだぼしているのはいけないのかもしれない。確かにドレス姿の女性は、みんな身体にあわせたデザインだ。

 庶民でさえ、婚礼用の衣装なんかは、それなりにお金を掛けて作るという。

 一生に一度の祝い事だし、それは当然という認識だ。

 だからこそあたしには縁がないと、ずっとそう思っていた。

 なのに数人がかりで行われているんだから、人生って何が起こるかわからない。こんな形で知りたくはなかったけれど。やっぱり、自分が置かれた状況に、あたしはまだ馴染めない。

 お城の人って、こんなにも忙しいものなのかと、そこは驚くばかり。

 今日だって、朝食が終わってすぐに、あたしはマツリに連れて来られている。


「午後はのんびりしていいですから、少し我慢してくださいね」


 などと、申し訳なさそうに笑う彼女に。

 その笑みの意味を、あたしはこれでもかと味わっていた。

 いい、と言われるまで動けない。しかも割ときつい体勢のままで。マツリを睨んで鬱憤を晴らしたいところだけど、肝心の彼女はエルディクスに連れられてどこかにいってしまった。

 恨み言を向ける相手は、もういないのだ。

 なのであたしはおとなしく、この部屋の主であろう女性方に従っている。

 今日はまず身体のサイズを徹底的に測って、それからここに常備されているドレスから何着か選ぶらしい。いろんなサイズとデザインのドレスが用意されているようで、その数はちらりと見ただけでも気が遠くなるほど。毎日違うものを着なければいけないのだそうだ。

 あれから何着、という範疇に収まる数を選ばなきゃいけないなんて。

 むしろ選ぶまで開放されない、なんて。

 当分、あたしは着せ替え人形でいなきゃいけないようだ。じゃあどうしてこんな徹底的にあたしのサイズを測るのかというと、これは婚礼用のドレスなどを作るため、だそうだ。


 あと、それなりの場に来ていくための、要するに余所行きを作るとか。

 普段着は後から季節に合わせて揃えるとして、まずは特注になるものを先に、ということだとマツリには言われた。仮にあたしの声があったとしても、そう、としか言えないだろう。

 服を特注するという概念が、まだよくわからない。

 だけど、これが貴族とか上のご身分の常識なんだろうなと思う。毎日着るものを変え、常に新しい装いをして、流行とかいうのは当然取り入れて。そこに手間暇お金を注ぎ込む。

 あたしは……質素で、いいんだけど。

 人前に出る時以外は着飾りたくはない、かな。


 だけどワガママは言えない。

 あたしはこの国の王子の、未来の王の花嫁だ。

 だから人前に出るならそれなりのドレスが必要、というのはわかる。あたしとしては、別にあのワンピースでいいんだけどな、と思うけど、国の代表ともなる身分でそれは叶わない。

 あの様子じゃ、伝えたところで聞いてくれるようには思えないし。

 そんなこんなで部屋までつれてこられ、身体中を見られているわけだった。

 腕の長さ、足の長さ、ついでに足の大きさ。

 それから腰や胸の辺りとか、肩とか。

 もう、ありとあらゆる場所を、細かく計測されていく。聞こえるのは測った数値を書き留めるペンの音と、メモリが刻まれた布製の巻尺が伸ばされたり縮んだりする音だけ。

 会話なんてありもしない。


 どこかの誰それさんみたいなのがいいのー、とか。

 色はこれがいいのー、とか。


 普通は、そういう好みを伝える会話を交えたりするのだろうか。

 やっぱり憧れの誰かの真似とかはあるだろうし、庶民にもあるくらいだし。だから、そういう話題がこういう場ではあったりするのかなと、腕が下がらないよう気をつけつつ思う。

 まぁ、仮に声が出たとしても、あたしはやっぱり無言だったと思う。

 そもそも服に関する好みなんて、言えるような状況でもなかったわけだし。

 ドレスなんて、着るということさえあんまり考えなかった。庶民にとってのドレスは、婚礼用の衣装と同じ意味をもつから、結婚する気が薄いあたしにとってはどうでもいいものだし。

 そんなあたしに、あれこれと口を出すだけの知識も語彙もなかったのだ。


 一通り採寸が終わったら、次はドレス選び。

 服はそうポンポンと作れるものではないわけで、それまでの間に着るものが必要だから。

 あたしの好みで選んでいいらしいので、適当に五着ほどを選ぶ。これが当面の普段着になるのだそうで、まぁ、いずれはやっぱり専用に仕立てられたものを着ることになるそうだ。

 じゃあこのドレスの山は何のための、と思うけど、訪ねる声は手元にない。

 そういうものだ、と考えて、あたしは自分の好みで選んでいった。足首が出る程度のものを中心に。装飾は控えめの、シンプルなもの。本当は膝丈がいいのだけど、それは無かった。

 というか、たぶん膝丈という概念が、ドレスにはないんだろうなぁ、と思う。

 侍女の制服も、足首が出る程度の長さだし。

 城に何しに来ているか知らないけど、何人か見かけた令嬢らしい少女やらのドレスも、引きずらない程度に長いものが中心だ。そういうものなんだろう、たぶん……。


 深く考えるのは、もうやめている。

 考えても、どうにもならないことだから。


 それを元にさらに十着ほど、違う色だったり、似たデザインだったりのを選んだ。これは採寸などをしていた女性らが、これがお好みなのでしたらこちらも、という感じに勝手に。

 おそらく、時と場合によってコーディネイトとやらを変えるのだろう。最初に選ばせたのはあたしの好みを探るため。普段着は日常の一部となるから、できるだけあたしの好みに合わせてくれるつもりらしい。ありがたいと思いつつ、やっぱりそんなにされるのには戸惑う。

 あとはいくつか、ショールとか髪飾りとかを選んで、今日の仕事は終わった。

 アクセサリーの類も、そのうち専用にデザインするんだろうなと思う。

 最後に選んだワンピースタイプのドレスをそのままに、あたしは迎えを待った。普段着にしてはフリルやレースで装飾された、淡い色のドレスはやっぱり華美だと、あたしには思える。

 だけど、これでもまだ『地味』なのだそうだ。あたしはこの程度でいいのに。

 思わず疲労の息をこぼすと、そこに聞きなれた足音がした。

 周囲にいた侍女がすっと一歩下がって、頭を下げる。


「やぁ、未来の王妃様」


 そこにいたのは、先ほどマツリを連れて行ったエルディクスだった。いつものようにご立派な服装で、ばっちり決めている。リードよりも王子様って感じがするのは気のせいかな。

 髪も適当に整えた感がするリードと違って、エルディクスは綺麗に結っている、というのも影響していそうだ。物腰も柔らかいし、もし知らない人に王子と紹介したら信じられそう。

 ……リードが、王子様とは思えいないほどだらしないだけか。


 この日常で、時々見かける彼は結構だらしない格好だ。身だしなみぐらいちゃんとしてくれと従者らしい男性に怒られているのも、何度か見たことがある。

 あまり一緒にいることがないあたしでさえそうだから、きっと他のところでもお小言をクドクド言われているんだろう。採寸の苦痛を終えた今、そのだらしなさは怒りを呼ぶ。

 あたしがこんなに頑張っているのに、という感じに。

 一方、このエルディクスは内装に負けず劣らず決めている。華美ではないけど、品のいい装いは女性らの視線を釘付けだ。年齢は成人間もない程度、つまりまだまだ若いらしいけど。

 普段から羽織っている外套には、謎の図形が刺繍されている。ライアード家の紋章なのだと聞いた。そういうものを身につけるのが、城仕えの騎士の習わしなのだとか。


「ふぅん、これはこれは……」


 彼はあたしをじろじろ見て、なぜか笑みをこぼす。

 似合わないと思っているのだろうか。

 わかっている、こういうご立派なドレスが、体格的に貧相なあたしにはどうやっても似合わないのだと。絞り上げる腰もなければ、そこまでして強調する胸もない。背丈もなく、かかとの高い靴を履く技術もない。……数歩ですっ転んで、膝に青あざを作ったのは数日前の話だ。 言いたいことがあるならはっきり言えば、とあたしはエルディクスを睨む。

 じろじろ見られるのは、慣れてはいるけど好きではない。

 睨まれた彼は、にっこりと笑って。


「ずいぶんとかわいらしいドレスだね、君によく似合っているよ」


 などと、白々しい褒め言葉を口にした。

 いくら学や教養のないあたしでも、お世辞と本音の区別ぐらいはつく。そういうものに擬態嫌味についても、それをそうと感じないほど愚鈍じゃない。

 あまりのわかりやすさに無反応でいると、彼はやれやれと言うかのように息を吐いた。

 まるで、あたしの無反応をたしなめるかのように。

 そんな風にされる意味を、あたしにはすぐに理解できなかったけど。




 ひとまず、バカにされたなということは、わかった。

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