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音無し姫の子守唄  作者: 若桜モドキ
■1.声を失った少女
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口が悪い王子様

 いよいよ終わりそうな我が身の、これからを憂いていると。


「やっと戻ってきやがったな」


 不機嫌さを隠しもしない声が、城の中から響いてきた。ぞろぞろ、かつかつ、集団が移動してくる音が近づく。まもなく姿を表したのは、立派な身なりをした黒い髪の少年だった。

 少年、といってもやっぱりあたしより、年上っぽい。

 その時、エルディクスとマツリ、そしてそれ以外がザザっと音を立てた。それぞれ男女で違う形を教わるのだろう、恭しい礼をしている。エルディクス含む騎士のそれはかっこいい。

 彼らが傅くように一礼する、ということはつまり。


 ――この、黒髪の人が『王子様』なわけだ。


 彼は炎の色をした瞳に、怒りを灯してこちらを睨みつけている。その背後には騎士が数人と兵士が十数人。随分と大所帯でのご登場だった。さすが王子様ってかんじだ。

 数人の兵士を連れてきた彼が、この国の王子のリード様。エルディクスをはさんだ向こう側に立つ彼は、あたしの存在を完全に無視して見知っているだろう二人に詰め寄っている。

 キレた、なんて会話があったけど、確かに彼は相当怒っている。

 正直、この場からそっと立ち去りたいくらいだ。


「おい、どういうことだ。そのガキはなんだ。っていうかアレはなんだアレは。城の中、あの変な光のせいで大騒ぎだぞ。年配の侍女が一人腰を抜かしたし、花瓶を落とした見習いも」

「はいはい、落ち着くんだリード。矢継ぎ早にまくし立てるのはよくないクセ、って亡き陛下にも言われてたでしょ? 口の聞き方もちゃんとしなさいって、何度も何度も言われてたのは忘れたのかい? それに彼女、ハッカが怖がって怯えてしまったらどうするんだい」

「……なぁ、誰だよ、それ」

「変な光こと、神託で選ばれた花嫁だよ」

「誰の」

「君以外に誰がいるんだい?」


 ボクには彼女がいるし、とエルディクスはマツリを抱き寄せる。一瞬で、マツリの頬が赤くなった。この流れからして、やっぱりあの二人はそういう関係、ということらしい。

 びっくりだ。

 親しそうには思ったけど、まさか夫婦だったとは。しかもあまり感情が表に出ていないマツリが一瞬で真っ赤だし、もしもシアがここにいたら大騒ぎだったろうな、かわいいって。

 マツリを腕に抱く姿を魅せつけるようにしながら、エルディクスは王子を見る。


「言っておくけど、マツリはボクの命令に従っただけだよ」

「命令、か」

「でもこれは国民の総意だと思うね。彼女なら相手もいないし、かまわないだろう? 別にある日部屋に帰ったら裸の女が待っていました、なんてイベントを議会の連中に用意されたいなら構わないよ。いくらバカなリードでも、それがどれだけ最悪かはわかるよね?」


 王子への侮辱、暴言とも撮れるエルディクスの言葉。さすがに腹が立ったのか王子は怒りに目を細めるけれど、同時に彼にそこまで言われる理由もわかっているのか何も言わない。

 彼の視線は、そのままあたしにも向けられた。

 炎みたいなオレンジの瞳が、射抜くような鋭さをもってあたしをうつす。身体が震え、足が逃げ出そうとしたけれど必死に堪えた。何だか、逃げることがすごくイヤだと思ったから。

 代わりにあたしは、睨み返す。

 お前の言うことを素直に聞くと思うなよ、という思いを込めて。


「それで、エル。そこにいる『それ』のことなんだが」


 しばし睨み合って、王子はすぐに視線をエルディクスに戻した。どうやら状況を受け入れたけどあたしを受け入れる気はないらしく、『それ』とか『あれ』で済ますつもりのようだ。

 一応、さっき名前が出たんだけど忘れたのか、覚える気なんてないのか。

 さすがに忘却はないはずだから、覚える気がないんだな。

「俺はこれをどうすればいい。正直、何もしたくないんだけどな、何も」

「とりあえず、おいしく召し上がればいいんじゃないかな」

「お前と一緒にするな、この女好きの色魔め」

 ガキに手を出すほど餓えてない、と王子は言う。

 その言い方に、カチン、ときたけれど、今度も睨む以外の反応はしなかった。


 成人間近の彼から見れば、どうせあたしはガキなんだし。自分でも悲しく思う程度にはくびれもなければ出ている箇所もなくて、そりゃ腰を締めあげて胸を強調するようなドレスを着ているっていう貴族のお嬢さまなんか見ていれば、全然乳臭くてどうしようもないだろう。

 なお、これも例の元相部屋の子からの知識だった。

 何かにつけバカにしてきた彼女は、自慢するように上流階級の話もしていて。毎回そうだったので、さすがそんなにいい出来じゃないあたしの頭でも覚えてしまったという話。

 ただ微妙に偏った知識だったから、ここでの生活では役に立たなさそうだ。

「……っていうか、ずいぶんとボロいな」

「孤児だからね」

「はぁ?」

「正直、罪人も覚悟していたから、ただの孤児でよかったよ。孤児だけど育ちはいい。教会出身だから礼儀作法も少しはできるし、読み書きもちゃんとわかっているみたいだよ」

 そりゃそうだ、とあたしは腕の中にある石版を抱く。


 文字が理解できないと、あたしは声を綴れない。自分の意志を外に出せない。それはとても恐ろしいことだ。事故にあった頃のあたしは言葉を教わる前で、もう二度とあんな思いだけはしたくない。だから石版は決して手元から離さないし、だから紐とかをつけたんだ。


 再び睨み合うあたしと王子。

 王子は表情をおもいっきり曇らせると、深くため息をつく。

「よりにもよって、孤児かよ……最悪」

 ため息混じりにそんな言葉を零し、頭をガリガリとかく。

「……まぁいい。おい、そこのガキ」

 王子は、エルディクスを押しのけるようにあたしの前に立った。こうしてみると、やっぱり身長の差が結構ある。エルディクスとそんなに変わらない感じだろうか。

 でも身体つきは、王子の方が細身なのではないかとあたしは思う。

 まぁ、エルディクスは騎士だし、それなりにはちゃんと鍛えているだろう。腰に剣があるから王子も多少は剣術なんかを扱えるのだろうが、やっぱ本職にはかなわないだろうな。

「マツリと真逆だな。孤児とかいってたが、変な病気とかじゃないのか?」

「そういう気配は、しません……けど」

「ならいいけどさ……ま、犯罪者とかよりはマシか。あぁ、でも城の調度品とか、盗もうなんて考えを起こすなよ。別に神託の花嫁を大事にしなければいけないってわけじゃねぇ。一生をどこかに幽閉されたまま過ごす王妃なんて、それこそ大昔からくさるほどいるんだからな」

 わかったか、という王子に、あたしは絶句して。

 王子に言われた内容をゆっくり理解して、盗人と言われたに等しいとわかって。


 今度はわなわなと震えた。

 握った手を、震わせた。


 身体中に湧き上がった怒りのままに、あたしは腰の袋から出したものを投げる。それはあたしの言葉を綴る道具で、適度な大きさと硬さを持っていて、王子の額に見事命中した、縦に。

 手のひらに収まるほどの大きさ。

 それでも、思いっきり投げつければ痛い。


「い……つぅ」


 額を押さえてうずくまる王子。その間に、あたしは王子の額に白い跡を残し、その後、地面に落ちて少しかけて、足元に転がってきたチョークを拾って乱暴に書きなぐった。

 最後、ぽきりと折れてしまったけど、気にしない。


『嫌い!』


 でかでかと書かれたその一言を、顔をあげた彼の目の前に突きつける。たったそれだけで済ませたのは、あたしの中にある『良心』だ。この石版を、その最低なことしか考えない頭に叩きつけてやろうかとさえ思ったけど、それはさすがにかわいそうだからやめてやったんだ。

 それからあたしは、王子に背を向けて走り出す。

 待て、とか言われたけど、もう従う理由なんてなかった。あんな最低な王子様がこの国の次の王さまだなんて、彼がそうなるためにはどうしてもあたしが必要だなんて。

 気分が悪いし、気に入らないし、絶対に嫌だった。


 玉の輿?

 そんなの望んでなんかいない。


 神託?

 人間には許容範囲とそうでないものがあると、神様は覚えるべきだ。


 最低だ、最低の最悪だ!

 あんな王子なんかに、嫁ぐ以外の未来が無いことが死にたくなるくらい嫌だ!


 まぁ、もちろんそのままお城を飛び出して、あの教会に戻れるわけもなく。あたしは少し走ったところですぐに捕獲され、吐き気がするほど豪華な部屋に押し込められたのだった。

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