伯爵邸突入
作戦はこうだ。
マツリの魔術で門を吹き飛ばし、中に潜入。私兵をしばき倒しながらリードがハッカを探しに行く。それをユリシスとシアが補佐して、一方、エルディクスとマツリは伯爵の所へ。
ナタリア達はある種の囮として、私兵の注意をひきつけるのが役割だ。
とにかく敵の数を減らし、すばやく制圧することが重要だった。
伯爵を探し、その安全を確保するのも忘れられない。おそらく今回の件の黒幕であろう夫人でもいいのだが、彼女はもしかすると屋敷にいないかもしれないから却下だ。
だが、病床にあるということになっている伯爵は屋敷にいる。
彼を抑えれば少なくとも使用人達は、こちらに逆らうようなことはしないだろう。
何より――彼の無事を確保することは、クリスティーヌの願いでもある。いろいろと思うところが無いわけでは無いが、泣きながらの懇願を無下にするほど冷酷にはなれなかった。
あとは、すこしばかりの同情か。
事実上クリスティーヌは、父親を人質に取られる形で母の言いなりになっていた。本人はそう認めないだろうが、傍から見るとそうとしか見えない。そんな彼女に、父親に毒を盛らせていたというのだから夫人の考えが読めない、というよりもはや理解したくない域にある。
それほどに、夫人は実の娘を嫌っているのだろうか。
寝込みを襲うというのも、母親からの命令だったようだ。そんなことをすれば問答無用で斬り殺されても仕方がないということを、彼女はわかっているはずなのに。
口封じなのか、ただただ殺してほしかったのか。
立場上、できる限り対話を大事にしたいと思うリードだが、きっとセヴレス伯爵夫人とはどれだけの時間言葉を交わしても理解できないと思う。予感というより、確信だった。
「ディオン・セヴレスはどこだ!」
砕け散った門だったものを乗り越え、リードが叫ぶ。
それを合図にしたように、武装した集団が屋敷から飛び出してきた。当然のように武器を手にしている彼らは、相対しているのが王子とも知らずにそれを構え切っ先を向ける。
まぁ、無理もない話だ。
エルディクスやテオ、ユリシスのように王族に並び立つような身分の騎士の直属にでもならない限り、同じ城の中にいても王族との接点は限りなく薄い。無い、と言い切れるだろう。
まだ侍女の方が、その仕事の関係から近くに寄れる。
ゆえにリードの顔を知らなくても、ある意味で当然の話だった。そもそも王族がこんなところに来るなど、ましてや先頭をつっきるなど、夢想も予想もしないだろうが。
「邪魔するなら切り捨てる」
本来ならば決して抜くはずの無い剣を抜き、リードは低い声で告げる。その切っ先に迷いの動きはない。実戦経験こそないが、たしなむ程度には騎士と並んで剣術を身につけている。
正直なところ、机に向かうより剣を握っている方がリードは性にあっていた。それこそ一時期は勉強に専念せよとの命令が下り、剣を取り上げられてしまうくらいには。
本人の性格的な適正の他、肉体的な適性も高い。
惜しいのは、彼に兄がいないことだろう。もしも兄でもいてくれれば王位継承権など気にせず騎士になれたものを。わりと本気でリードはそう思っている、いや、思ってきた。
だが、とリードは最近考えを改めている。
自身が唯一の王子で、未来の王であるからこそ、彼女に出会えたのだろうから。
そんな得がたい少女を奪った、あの男への憎しみがこみ上げる。
睨み合ったのは数秒、いやそれにも満たない時間。
男の一人が、奇声を発しながらリードに切りかかってきた。動きは素人ではないが、リードが普段手合わせをしている騎士らに比べれば、あまりにも稚拙で貧弱だ。
「お前らにかまってるヒマは、こっちにはかけらもねぇんだよ……っ!」
向かってくる男の、二の腕を浅く切り裂き、リードが叫ぶ。
耳障りな悲鳴と叫び声が、場の空気をピンと張り詰めたものに変えていく。
「あいつを――ハッカを今すぐ、ここに連れて来い! でなきゃ居場所を教えろ!」
もちろん、それに答える声はない。
とはいえ彼らはその身なりからして所詮下っ端だろうから、答えがあったとしても居所を示すようなものではないだろう。ならば手当たり次第に、突き進んで家捜しするのみだ。
「リード、あまり一人で前に行くな」
突き進むリードの傍に、ユリシスが並ぶ。
彼の近くにはシアが立っている。互いに背を預け合う形で、リードの位置からは少しばかり距離があった。二人の周囲は男に取り囲まれていて、迂闊には近寄れない雰囲気だった。
一人が、うなり声を上げながら、シアに向かって切り込んでいく。
こちらは先ほどリードに斬りかかった男よりも、慣れた感じの構えを見せていた。おそらくそれなりの経験を積んでいるのだろう、動きは確かなものであっという間に間合いが詰まる。
だがシアはそれをするりと交わし、突っ込んでくる相手の力を利用してねじ伏せた。あまりにもあっさりと行われたことに、くるりと地面へ転がされた男は唖然として身動きもない。
その手に剣はなく、地面に転がったそれをシアは遠くへぽーいと投げ捨てた。
少し無防備な背中を狙おうにも、そこはユリシスが守っている。
数人の男を蹴散らした二人は、先行していたリードのそばによってきた。
一方、ナタリア達三人は入口付近を陣取っている。一人足りとも逃がさない布陣だ。彼女らは動きやすい普段着に着替え、エルディクスにより防御の魔術をかけられていた。
鎧がないせいか、その動きはまるで踊るように軽やか。逃げるためは攻撃なのかは定かではないが、入り口へ群がる敵の手首や足といった場所を浅く切り裂き次々と動きを封じていく。
彼らは一応、金で雇われているだけだ。
その命を無駄に狩ることもない。
もちろん、彼らが何かしら犯罪行為を犯していればしかるべき対処をするが、それは法廷などの場所で行われるべきことだ。少しは彼らから証言も拾えるだろう、という打算もある。
次々と仲間が倒れていく中、数人の私兵が壁に向かって走りだす。
どうやら負け戦と睨み、ここから逃げるつもりのようだが。
「させません」
そこに先回りするアイシャだ。彼女は名目こそ騎士であるのだが、その実態はエルディクスと同じく魔術を主体にした魔術師寄りの騎士である。剣術はもちろんのこと魔術の腕も、宮廷魔術師として働ける程度にはあり、三人の中では後方に位置して支援を担当していた。
彼女が得意とするのは、物体を自在に操る類のもの。アイシャが手にしているのはとてもとても長いロープで、それを手に壁の前に立つ彼女を男達は容赦なく切り捨てていこうとする。
「――いきなさい」
ずるり、とそのロープが、まるでヘビのように鎌首をもたげた。動きもヘビそのもので、彼女の手から解き放たれたそれは、あっという間に私兵達の手足に絡みついて縛り上げていく。
魔術によりきつく戒められた結び目は、刃物を使わねばどうにもならない。
「殿下、今のうちに奥へ。ここは我らにお任せを!」
私兵の一人を蹴り倒して、ナタリアが叫んだ。
リードはしばし迷うように口を閉ざし、小さくうなづいて彼女らに背を向ける。ユリシスとシアを引き連れてその姿が屋敷の中、奥へと移動し、進行方向から轟音や怒号が聞こえた。
怒号はリードのもので、捕まえた使用人にハッカの居場所を尋ねているのだろう。
「さて、こっちも今のうちに用事を済ませようか」
「えぇ」
リードが屋敷の奥へ向かっていくのを見届けて、エルディクスはマツリと屋敷に入る。
戦闘に加わらなかった二人が目指すのは、リードらが向かった奥ではなく上だ。この作戦はハッカ一人を助ければ良いわけではなく、どこかにいるはずの伯爵の救出も目的なのだから。
昔、何度かこの屋敷にエルディクスは入ったことがある。
その時に伯爵の自室や、その隣にある書斎まで通されたのだ。
もうじき二桁を越えるかというほど、昔のこと。そこから引きずりだした、色あせてかすれた記憶を頼りに二人は廊下を進み、階段を上っていく。何も知らない様子の使用人には目もくれずに、ただただ、上へ上へ。外の騒ぎはさすがに伝わっている、急がなければいけない。
「……おっと、ここかな」
ある部屋の前で彼は足を止めた。
記憶が確かなら、ここがネディカの自室だったはず。別の扉との間隔からして部屋の大きさはかなり広く作られているし、ここが最上階というのも考慮すると開かない理由はない。
マツリに目で合図をし、最悪の場合は魔術を行使できるよう準備をさせる。
それから、エルディクスはノックして、部屋の中に声をかけた。
「――ネディカ・セヴレス伯爵。いらっしゃいますか?」
室内からは、声も何も聞こえない。
けれど。
「中に誰かいる、気配がある」
マツリは扉を睨み、小さな声でエルディクスに言う。
万一に備えてマツリに魔術をいつでも使えるよう待機させ、エルディクスは扉を開いた。