1.追われる九条みゆき
カサネ
1 追われる九条みゆき
窓ガラスを大粒の雨が激しくたたき始めるまで、それほど時間はかからなかった。夏の太陽に熱せられた乾いたアスファルトに雨粒が叩きつけられ、黒いあざのように点々と後を残していく。喫茶『黒猫』のウェィトレスはそれをぼんやりと眺めていた。
やがて雨脚は激しさを増しアスファルトを黒く染め上げていく、雨音に怯えるようにウェィトレスは持っていた銀色のトレーを胸にきつく抱きしめた。雨は白い水しぶきを上げ始め、霧の下にアスファルトを隠してしまった。
ウェィトレスは夢から覚めたように瞬きをすると声を上げた。
「わあ!マスター見てぇや!」
振り向きざまにマスターをみると、すでに読んでいた新聞を半分にたたみ『黒猫』のマスターはぼんやりと外を眺めていた。
「ああ…すごいな…、天気予報は降水確率ゼロパーなんやけどな」
「いや、あるところにはあるねんて」ウェィトレスは胸に抱いていたステンレスのトレーを降ろし、ひとり合点がいったように頷いている。
「は?なにが?」
「いや、水が…」
「水?」マスターは口元に笑みを見せると新聞紙をカウンターに置いた。ウェイトレスの長浜晶はショートの髪を明るく染めて少し濃い化粧をしているがまだ高校に通っている学生である。大きな瞳をして目元にホクロがあり、とても可愛らしい、女性としても魅力的で将来が楽しみではあるが、そのしゃべり方がすべてを台無しにしていた。
「マスター、こんなでかかったで、まじで!」指でわっかを作って子供のように声をあげたが、マスターの表情をみると固まってしまった。
これである。言葉遣いはめちゃくちゃで、時折敬語らしいものを使う。そして主語がないのは日常茶飯事だった。
「…なにが?なにがでかいんだ?」マスターは怪訝な顔で聞き返した。
「雨粒が、ははは」
晶は笑ってその場を取り繕うと堰を切ったように話し始めた。
「これくらいの雨粒やねん、ちょうど黒猫の足跡みたいだった。ポツッポツッて、まるで透明の猫が歩いてるみたい。でもそこいらじゅうに同時に足跡がつくでしょう、だからたくさんの黒猫が…こうダンスを踊ってるねん」
「透明の黒猫ねえ…」 そう言ったマスターの声に耳を傾けず、晶はこっけいなダンスをして見せ、おどけてみせた。
マスターが声を上げて笑おうとしたその時だった。
ドアベルがけたたましく鳴り、湿ったアスファルトのにおいが外の雨音とともに店内に流れ込んできた。入り口に立っていたのは髪の長い女性だった。この雨に追い込まれたかのように店に入ってきた女性は、大きな赤い傘をたたみ床に雫を落とした。ドアの外を眺めたかと思うとうつむいて動かない。エアコンがけたたましく音をたて低い風音を吐き出している。髪が顔に覆いかぶさり、その表情、顔立ちも見ることはできない。
長浜晶は小脇に抱えた銀のトレーをぎゅっと握って、立ちすくむ女性をじっと見ていた。