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〔第二碌〕朝は騒がしく憂鬱。

 

「あははは、君は本当につまらない男だねえ。 何でこんなんがなのかさっぱり理解出来ないよ」


 美女は肩を竦めて目の前のアダムに笑いかける。 美女の楽しげな口調とは裏腹に言葉は辛辣である。


「仕方ないだろう。 元からこんな性格なんだ」


 アダムは仏頂面で答えた。 勿論、眼帯などはしていないし、死人の眼をしている訳でも無ければ壮絶な人生を思わせる身体の傷跡も存在しない。 髪は鮮やかな金色であり、服装も質素ではあるが薄汚れてなどはおらず清潔である。


「哀れな存在だね、君は。 私と同じ様に哀れな存在だ。 いや、私は可哀想で君が哀れなのかな? まあ、どっちにしろもう少しらしく(・・・)したら良いのに。 可愛げのない奴だ。 全く、全く」


 ケラケラと笑う女。 しかしアダムは言葉の違いを理解出来ないのか、首を傾げて言った。


「何が違う?」


「さてね」


 全ての感情を一緒くたにして混ぜに混ぜた様な、それでいて感情が摩耗しきって虚無的で虚ろの様な微笑を携えて言った。


「どう違う?」


「君には難しいだろうね」


 アダムをからかう様に言う。


「何故?」


「それは君が君だからさ。 もしくは、あるいは、きっとなんて事は存在しないのさ。 未来は決まっているしそれと同じように絶対に君には解らない。 私は魔女。 全ての負を背負わされた魔女だ。 魔女の事は魔女にしか解らない」


 高らかに、宣言する様に、魔女は言った。


「――でも、或いは『私』の事なら理解出来るかもね」


 その言葉にアダムは終始首を傾げていた。 その様子に再び魔女は吹き出し、一頻り笑った後、アダムの頭をわしゃわしゃと撫でまわしたのだった。


 ◇


 ジリリリリリ。 奴隷達にとっては疎ましく耳障りな一日が始まる鐘が鳴る。

 この音を聞いた奴隷達はのそのそと立ち上がり、朝食を配る数人の奴隷長を先頭として幾つもの長い列を成した。

 その列に、アダム、ラインハルト、ついでにリアの三人が同じ場所に並んでいるの見られた。


「さて、面倒な一日が始まりましたよっと」


 欠伸をして、ついでに背伸びもするラインハルト。 この男が一番元気なのかもしれない。


「……」


「あ、傷はどうですか……?」


 相変わらず仏頂面でダンマリのアダムと昨日の傷を心配するリア。


「嗚呼」


「えと……?」


 それっきり何も言わないアダム。 仏頂面のままで何も話さない様子にリアは困り果てた。 何処までもマイペースなのか、それとも答えたつもりなのか、どちらにせよ、「嗚呼」の一言で伝わるはずもない。


「いや、驚いたよ。 兄ちゃんの赤く腫れた打たれ傷がだな、一晩で殆ど腫れが引いてんだよこれが。 アンタの手当てが凄いだろうな」


 ラインハルトはそれに見かねたのか、なるべく明るい声を心掛けて話した。


「い、いえそんな」


 頬を少し赤くして手をブンブンと振るリア。


「おい、さっさとしろ!」


「おっと、すいませんね」


 話している間に知らぬ間に最前列になっていたようだ。 ラインハルトはニカっと笑って謝り配給食を手に取った。 そして後ろの二人もさっさと配給食を取って奥へと歩いて行った。

 配給食と、聞こえは良いが、量は極めて少なく、おおよそ腹を満たせるものではない。 しかし、奴隷達はソレに文句を言うことは無い。 少なくとも配給をしている側に、ではあるが。


 ラインハルトは適当に席を見繕い、後から来るであろう二人の席を確保した。


「ふむ、五月蠅いな」


 別席で喧騒に顔をしかめた。 ラインハルトの視線を辿るとどうやら少ない食料を脅し取っている人間がいるらしい。 その言葉にいつの間にか後ろまで来ていたらしいリアは反応する。


「助けなくて良いんですか……?」


「嗚呼」


 そう言いながら、さっさと席に座るアダム。 しかし、リアは納得がいっていないのか、席に座ろうとしない。


「ほっとけば良いんじゃねえの」


 ラインハルトは喧騒が五月蠅いと思う程度であったが、リアはそうでは無いらしく依然納得のいっていない顔をしていた。


「でも、やっぱり……」


「放っておけ俺達には関係ない」


 興味なさげな表情で頬杖を付くラインハルト。

 配給食が少ないため、既に食べ終えたのだ。 唯でさえ少ない配給食は身体が大きなラインハルトには物足りないだろう。 何せ食べるのに一分とかからない少なさかなのだ。


「……私、ちょっと行ってきます」


 リアは何かを決意した顔をして立ち上がった。


「おいお嬢ちゃん! って行っちまいやがった……はあ、全く仕方がない」


「嗚呼」


 そう言ってアダムは立ち上がった。


(もしかして兄ちゃんにも春が来たか?)


 そうラインハルトが考えるのも無理はない。 基本的に受動的なアダムにしては珍しく能動的だ。 その事にラインハルトは驚嘆したのである。


「全く、それじゃさっさと行きますか」


 やれやれと首を振る。


「嗚呼」


 いつも通り仏頂面のアダム。

 そして二人はリアの元へと歩き出した。


「ところで兄ちゃん、さっきから『嗚呼』しか言ってなくないか?」


「嗚呼」


 眼がいつも以上に死んでいる。 恐らく寝起きで半分寝ぼけているのだろう。 ラインハルトはその事に気が付き、呆れてため息を吐いた。


 ◇


 目の前で騒動が起きている。 弱者が嬲られている。 貶められている。 いつもの様に、いつかの様に。 自分はソレを止めなければならない。 誰かの様に嘗ての様に。 何故か? 何故だろう。 解らない。


「あの!」


 リアは勇気を振りしぼり俯いていた顔を脅しまわっている人間に向けた。


「ああん? 何だお嬢ちゃん」


 如何にもチンピラという風貌の男がリアを見下ろしている。

 怖い。 リアは本能的に恐怖を感じたが、それでもキッと男を睨みつけた。


「あの、そういうのは良くないと思います!」


 強面に威圧的な声。 リアは負けじと言い返すが何とも間抜けな言葉である。 しかしリアにはソレが精一杯であった。


「そいういうのってのは如何いうのだい? お嬢ちゃん」


 リアの震えている声を足を見てニタニタと笑う男は奪った食料を口にした。 くちゃくちゃと見せつける様に咀嚼する。 精神的な威圧を掛け、自身の優位を言外に主張しているのだろう。


「親切なお嬢ちゃんは食料を分けてくれるのかい?」


 そう言ってリアにユラユラと威圧する様に近づいていく。 全て男の経験から威圧する方法を心得ているのだ。 そして予想通りリアは机上にしているが足が震えて一歩二歩と後ずさりしている。


「えっと、その」


 リアの背中に冷や汗が伝う。 心の中では負けていないが、やはり大男を前にすればそれなりに恐怖するのだ。 尤も、ラインハルトも十分強面の大男であるがそれは言わぬが花である。


「取り敢えず、親切なお嬢ちゃんに払ってもらおうか」


 ニタリと笑った次の瞬間、男の右腕がリアのへと延びる。 大凡女子供には回避すらままならない速度。

 男の腕が伸びてきた瞬間にリアはギュッと目を瞑り身体が強張った。 そして次の瞬間、何も起こらなかった。


「……え?」


 リアは何が起きたか理解出来ていなかった。 そっと目を開くと男は少し離れた所で拳を作って苛立った表情で佇んでいた。


「っ。 お嬢ちゃん、コケにしてるのか? それとも馬鹿にしてるのか?」


 男の額に皺が寄せられていく。 拳をバキボキと音を鳴らす。 そして男は身を低くして構える。


「あの……如何かしましたか?」


「ぶっ殺す!」


 何も理解していない様子のリア。 その様子が自分を馬鹿にしている様に感じたのだろう。 男は激高してリアに突撃した。

 拳を作って脇を締める。 そして完全に委縮したリアの目の前で急停止し、その勢いを持って全力で拳を振り下ろした。

 ガンっと人の身体を殴りつけた鈍い音が響いた。 男の拳は見事に頬にヒットした。

 リアはその鈍い音に驚嘆して目を開けた。 するとそこには――


「アダムさん大丈夫ですか!?」


「嗚呼」


 アダムの一見華奢な背が目の前に広がっていた。 そしてアダムは無雑作に仁王立ちをしているがその頬には拳がめり込んでいる。


「はいはい、すいませんね〜」


「行き成り何しやがる!」


 ラインハルトが後ろから男の首筋を鷲掴みにする。


「痛、いたたたたた離せ!」


「ちょ〜とやり過ぎだなチンピラ。 鞭打ちの地獄にでも行って来い」


 ラインハルトは男の後頭部を殴りつけて気絶させた。 集合時間内に集合しない人間は罰として鞭打ちの刑が待っているのだ。 鞭叩きは見張り役の男が飽きるまで行われる。 つまりは事実上の処刑であったりするのは公然の秘密である。 事実、アダム等は何ども鞭打ちの刑に処されているが、死ぬことなく戻ってきている。 尤も、アダムは少し特殊であるが、それを知るのはアダム本人のみである。


「……大丈夫か」


「はい、それよりアダムさんは――」


「問題ない」


 アダムの殴りつけられた頬は確かに色が変わっておらず、一見して変化はない。


「そんなわけあるか。 さっさと治療してもらえ」


「ええ、行きましょう」


「問題な――」


「行きましょう」


 言葉を遮られ、ズルズルと引きずられていくアダムであった。


「いや〜青春だねぃ。 人生の墓場に居るオジサンには眩しい光景だ」


 ◇



「あの、一つ聞いていいですか?」


「何だ」


「その身体の傷、何処で?」


 昨夜鞭打ちの傷に薬草を塗った時、身体の傷を見た。 アダムの身体には幾百の傷痕がついている。 火傷痕、斬傷痕、肉が削がれた傷痕、拷問された様な傷痕、丸く小さいナニカに貫かれた様な傷痕など、一見すると傷という傷が混ざり合って何の傷なのかもわからなくなっている有り様だった。


「昔、魔女ととある王とその他諸々につけられた傷だ。 魔女には稽古として。 王には呪いのせいで。 他は直せるから大体その二人からが主だ」


(昔、この人は何をしていたんだろう?)


 そんな疑問が浮かび上がったが、此処には過去を捨てた、或いは過去など存在しない人間ばかりだ。 よって人に過去を聞くのは野暮というものである。

 リアの脳裏に浮かびあがった疑問は口に出すこと無く胸の中で霧散した。 唯、身体つき、そして力の強さ等から、何と無く強い人間であったのだろうと、そして傷の痕から闘争の世界に生きてきたのだろうと、そう思った。


「それじゃあ行きましょうか。 早くしないと見張りの人に怒られてしまいます」


 微笑みを作り、先程の考えを振り払う様に茶目っ気を混ぜて言った。


「嗚呼、そうだな」


 相変わらず、口数の少ないアダムにリアは苦笑した。


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