〔第一録〕日々は辛く厳しい。
新作です。 此方は、完結するので、如何か御贔屓にしていただけると有り難いです。
階段の上に豪華な台座に座る絶世の美女が其処に居座っていた。 だが、その絶世の美を打ち消して余りある程の威圧を放っている。 その威圧たるや、おとぎ話に出てくる龍にも匹敵するであろうことが感じられた。
美女は妖艶に嗤う。 足元の羽虫を踏みつぶすが如き嗜虐の笑みである。 クスクスと下に佇んでいる四人の人間を嘲嗤っていた。
「お前を殺しに来た。 大人しく死んで貰おうか」
青年は剣の切っ先を美女に向けて言う。 青年もまた、それに匹敵する威圧感を放っている。 牽制するわけでもなく、無雑作に放っている二人の威圧全くの同列であった。 その莫大な威圧間は周りの空間が歪んでいるかの様に錯覚するほどである。
美女と青年の威圧を逃れる様に後ろに三人の女が剣、弓、短剣と思い思いの武器を構えている。 構え、威圧感、眼の鋭さから見ても、三人の女はかなり強い、それこそ英雄譚の英雄にも劣らぬ実力の持ち主であろうことが見て取れた。 しかし、人間という枠を遥かに超え、英雄という名すら生ぬるい『化け物』である青年と美女を並べて考えるのは酷な話だろう。 まさしく、青年と美女は人知を超えた存在に等しいのだから。 無雑作な威圧だけで辺りの重力を何倍にもし、空間を歪ませ、英雄達に冷や汗を流させる。 意識して回りを威圧すれば如何なるのか、考えたくもない現実がそこにはあった。
武器を掲げている三人の女は概ね美女と呼ばれる類の女だ。 英雄は古来より美男美女と決まっているのか、英雄譚に出て来そうなくらいには顔の造形が整っていた。 そして青年もまた、英雄譚に出て来そうな顔立ちと金髪碧眼を携えていた。 顔の均衡は絶妙なバランスで取れているが、中性的な造りをしている為、その筋肉で引き締まった身体を見るまでは判断がつかないだろう。
と、そこで美女がおもむろに立ち上がり、四人の耳を震わせた。
「嗚呼、君は哀れな存在だな。 私を凌駕する力を持ち、私を殺せる程度の実力を持ち、私と比べるに値する魂の資質を持ち、そして『私』を超えた呪いを持つ。 そのような力を持ちながらお前に絶対的な意志は無い。 いや、持ちえない。 嗚呼、哀れだね。憐憫の情を覚えるよ。 さあ、真逆にして同質の存在である『君』。 潔く死んでやるつもりはないさ。 さあ、さあ、不可逆の呪いでも喰らって堕ちてしまうがいい。 国の為にも、同族の為にも死ぬわけにはいかないのさ。 精々足掻かせて貰おう。 哀れな『君』。 君は何時か絶望の底に突き落とされるだろう。 すまないね、私が堕としてしまうのだが、そこは赦しておくれよ、同罪を背負った、背負わされた哀れな君」
高らかに嗜虐心を露わにした嗤いを見せながら演説をしている女。 しかし何故か青年には例え様の無い美を振りまく女の笑みは空虚で、瞳は酷く悲しそうに見えた。 そして二人は相手を壊す為の一歩を踏み出した。
カツンと、足音の高い音が聖堂に響いた。
◇
カン、カン、カンと金属を打ち付ける音がする。 空気が悪い。 塵芥が舞っている。 汗が鬱陶しい。 視界が悪い。 全身の筋肉が悲鳴を上げている。
「オラ、早く持って行け! 働かない奴不必要だ。 価値の無い存在であるお前ら奴隷がこれ以上価値をなくしてどうする! 『処分』されたくなければ働け、動け、休むな! お前らの代わりなぞ幾らでもいるんだぞ!」
そう言いながら疲労で倒れた奴隷に鞭を打ち付ける見張り役の男。 男は唾と一緒に激を飛ばして、サボっている奴隷がいないか目を光らせている。 休もうものなら容赦なく罰を与えるのが男の役目だ。 男は常に嗜虐的な笑みを浮かべている事から、眼を付けられれば碌な事にはならないことが分かる。 そして、罰を与えてもなお働けない価値の無いモノ達は、須らく処分する。 男が気に入った女であれば、犯され、精神を凌辱されきって壊れた後、処分される。 男であるならば、嗜虐的な笑みを浮かべて鞭を振るう男の『趣味』につき合わされ、精神と肉体を破壊され、処分される。 今までも、そしてこれからも多くのモノが処分されていくだろう。 ここは弱肉強食の自然にも勝る強者の楽園なのだ。
どの道、彼ら奴隷には文句を言う資格も、権利も、そして逆らう気力もないのだった。 奴隷たちは逆らって虐殺の後に晒しものにされたモノ達を何人も見てきている。 それは悲惨としか言いようが無く、死後も徹底的に貶められ人間としての尊厳が大凡保てない有り様だ。
完全に言いなりのなすがまま。 誰しも、明日に希望を持たない。今日の辛い日々を生き残るので精いっぱいなのだ。 当然だ。 明日も、明後日も、そのまた先も全て同じ日常なのだから。 そんな生活から解放されるのは寝ているときだけであった。 仕事が終われば泥の様に眠る。 そうして現実から目を背けて身体を、心を休めるのだ。 彼らに希望は無い。 少なくとも今のままでは。
「全く……少しは休みが欲しいもんだぜ。 なあ、兄ちゃんよ」
スキンヘッドの厳つい風貌をした大男が隣にいる青年に話しかけた。 大男の風貌に似合わず、気の良い漢である事が雰囲気として滲み出ている。 話しかけられた青年は華奢な身体を持ちながら、大凡どこにその様な力を持っているのかと思わせる程、大きい、人の何倍もある岩を軽々と持ち上げていた。 青年は薄汚れてくすんだ灰色――元の色はもはや判断出来ない――の髪に碧眼。 そして、眼をどこかで怪我をしたのか左目に眼帯を付けていた。 青年の風貌、そして寡黙な人柄から、話しかける人間は極少数のモノ好き、それこそ直ぐ横にいる大男ぐらいである。
「嗚呼、そうだな」
仏頂面に抑揚のない言葉。 感情があるのか窺わしい青年である。 目は死に絶え、何も希望を抱いていない瞳。 尤もここでは珍しくないが、青年の眼は際立って目立つ。 絶望すら浮かんでいないその眼は正しく虚無という言葉が正しく当てはまる様なモノである。 明らかに常人では無い気配。 華奢な癖して極限まで無駄の一遍もない身体。 明らかに普通ではないのだ。 この男に話しかける人間が一人しかいないというのも納得である。 尤も、その一人が一番変わっているのではないだろうかと言う話もあるが。
「はあ……もうちっと元気良く行こうぜ? いつも何でそんなテンション低いんだ兄ちゃんは」
「別に、普通だ」
やはり感情の籠っていない声。
「おいそこ! 喋る暇があったら少しは働け!」
「了解でさぁ旦那」
パン、と鞭がしなって地面の土を少し抉り土が舞う。 そんな見張り役の男の姿を見て、大男は肩を竦めて従った。 青年は何も言わず淡々と岩を外に運んで行く。
「おい。 その態度は何だ!」
「いえ、別に何も」
青年が何も返事しなかったのが気に食わなかったらしい。 見張りの男は鞭をしならせ青年を打った。
「……」
鞭が当たったのにも拘らず微動だにしない青年。やはり感情は見えず、青年は死んだ片目でジッと見張りの男を見た。
「反抗的だな……後で来い! 罰を与える」
舌打ちをし、そう言い放つと見張りの男は声を張り上げて言った。
「よし、今日はこの作業が最後だ! お前ら、さっさと仕事を片付けて戻れ!」
ぞろぞろと歩いていく奴隷たち。 奴隷たちは寝蔵へと戻る。 朝と夜の二回で配給制である。
◇
「大丈夫かい? 兄ちゃん」
先程、話して注意された二人、厳つい大男と青年は隣同士で座って話をしていた。 奴隷たちは雑魚寝なのである。 寝る事が唯一の娯楽である為、5分後には静まり返っている。 起きている奴隷たちもいることはいるが、少数である。 そして、寝る事に娯楽を見いだせるだけの布もある。 尤も、寒さを凌ぐには少しばかり心ともないが、奴隷は寒さになれているのでその点は問題ない。
「嗚呼、少し、傷が増えただけだ」
そう言いながら、濡らして冷たくなった布きれで身体を拭いている青年。
「しっかし、いつ見ても凄いよな、その身体の傷」
青年の身体にはありとあらゆる傷がついていた、先程罰として鞭で打たれたのが霞むぐらいに。 と、そこで一人の少女が近づいてきた。
「あの……痛くないんですか? 良かったらですけど……傷の手当てを――」
「結構だ。 問題ない」
勇気を出して声を掛けて来た少女を全く見ずに答える青年。 少女は手に薬草をすり潰したであろう簡易的な薬を持っていた。
「おいおい、そう邪険にするなよ。 見て貰えって。 可愛い娘に手当してもらった方が良いだろう?」
青年の愛想の無さに見かねたのか、お道化ながら青年に言う大男。 男はオーバーなリアクションでさも当然だと主張する様に言った。
「か、可愛いだなんてそんな……」
「いやいや、十分可愛いさ。 ああ、そうそう俺の名前はラインハルト。 しがない只のオッサンだ。 そこの兄ちゃんはアダム。 ヨロシクな」
「あ、ヨロシクお願いします。 ラインハルトさん」
右手を差し出してきたラインハルトに少し躊躇いつつも同じ手を出して握手をした少女。
「私はリアです」
「……」
アダムは自己紹介をした少女、リアをチラリと見た。 リアは漆黒の髪に薄い赤色の目という珍しい組み合わせだ。 顔は美人というより可愛いという表現が適切であろう。 長い髪を適当に後ろで括って――所謂ポニーテイルである――纏めていた。
「ん? 今可愛いとか思わなかったか? 仏頂面を崩したところなんて初めて見たぜ?」
意地の悪そうな笑みを浮かべてはやし立てるラインハルト。
「いや、何でも無い」
しかし、アダムは微動だにせず、仏頂面のまま答えた。 その瞳には既に何も映していない。 ただ、深い闇があるだけである。 通常運転のアダムを見て、ラインハルトは肩を竦めて言った。
「まあまあ、この可愛いお嬢ちゃんに手当してもらえよ、な? 悪いことは言わんから」
「……触るな」
アダムの静止を無視してラインハルトは無雑作に体を拭いている布を剥ぎ取ってリアに渡した。 無理やり取られたアダムはいつもの仏頂面にどこか不機嫌な気配が混じっていたが、そんな事はお構いなしであった。 これが二人のいつものやり取りであったりするのは余談である。
「えと、じゃあ失礼して」
布で赤く腫れた箇所の汚れを布で落としていき、すり潰した薬草を塗っていくリア。 どことなく慣れた手付きであった。
「はい、これで終わりです。 暫くは痛むでしょうけど、二、三日したら腫れも引きますから」
「ほお、お嬢ちゃん、博学だなぁ」
感心したように呟くラインハルト。 その呟きが聞こえていたのか、少し誇らしげに笑っていた。 一方、治療してもらったアダムはというと、相変わらず不機嫌そうな仏頂面で感情が表に出ていない。 そもそも、アダム自身が仏頂面を崩す瞬間をラインハルトは殆ど見たことない。 ラインハルトとしては、奴隷が反乱を起こすよりも珍しい出来事だと思っていたりする。
「おいおい、美少女に看病してもらったんだ、もうちっと愛想よくしようぜ兄ちゃん」
「……礼は言う」
「はい!」
不機嫌そうにボソッと言ったアダム。 しかし、その言葉を受けて、リアはとても嬉しそうにニコリと笑った。
大体、終始こんなテンションで進みます。 ぶっちゃけ、暗め。
何時から英雄が一人だと勘違いしていた(キリ
しかし、主人公が別格であり、リーダーである。 そして実はハーレム作ってた。 そしてラインハルトはナイスミドル、というよりナイスオッサン。 ただし強面の禿である。
恐らくハッピーエンド。