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あの日から

校門で雪乃ちゃんや奈々枝ちゃん、それにミコちゃんと別れてて家に向っていると名前を呼ばれた。

見上げるとお婆ちゃんが2階から手招きをしているのが見える。

「もう、しょうがないな」

そう言いながらも私はお婆ちゃんの家の玄関に向って石の階段を駆け上がった。

「今日は、学校楽しかったかい?」

「うん、最近は友達も沢山できたしね」

「そうかい、そりゃ良かったね。それに雫はなんだか綺麗になったしね。恋をしている証拠だよ」

「もう、お婆ちゃん。からかわないで」

顔が赤くなるのが判ったが恋をしていると言われてなんだか嬉しかった。

「可愛くて大人っぽい髪型になったね」

「えっ? 本当? ハルトさんが美容院のお姉さんに頼んで切ってもらったんだ」

「この頃は口を開くとハルト、ハルトだね」

「もう、そんな事ないもん」

でも、本当に幸せだった。

ハルトさんと出会いイジメや嫌がらせがなくなって、友達が増えて。

生きている事が楽しくなって少しだけ大人になった気がした。

それよりも大好きなハルトさんと一緒に居られるのが何より嬉しかったし幸せだった。


「雫!」

お婆ちゃんの声で我に返った瞬間。

ガタガタと家が大きく揺れ。

窓ガラスが割れ洋服ダンスの上の物が落ちてきた。

「お婆ちゃん、怖いよ」

「とりあえず、外に出るよ。雫」

「うん」

揺れが収まるのを待って、お婆ちゃんの手を握りながら恐る恐る2階から降りて玄関を開けて外に出る。

「ハルトさん大丈夫かな」

「大丈夫さ、ハルトは不死身だよ」

それでも気になり学校の方を見ると、ハルトさんのミニ・クーパが走ってくるのが見えて手を振った。

「ハル……」

呼び声は声にならなかった。

目の前でハルトさんのミニ・クーパが濁流に飲み込まれていく。

体から力が抜けてしゃがみ込みそうになると、お婆ちゃんが手を引っ張った。

「津波だ。雫! 2階に上がるんだ」

お婆ちゃんが叫んで顔を上げると目の前に水の壁が迫っていた。


気が付くと、目の前にはお婆ちゃんの心配そうな顔が見えた。

体を起こして周りを見るとそこはお婆ちゃんの家の近くにある高台に立っている小学校の校庭だった。

「シーランが助けてくれたんだよ」

「えっ、鳴海先生が?」

鳴海先生はお婆ちゃんの横に座っていて、タオルで顔を拭いてくれた。

「先生、雪乃ちゃん達は?」

「みんな無事よ、心配しないで」

鳴海先生が優しい目で答えてくれた。

混乱している頭の中で濁流に流されていくハルトさんの車が浮かんできた。

「ハルトさんは? ハルトさんは無事なの?」

私の質問に誰も答えてはくれなかった。

「今、大上先生が探しているからね」

「そんな……」

体から力が消えて、何もかもが真っ白になった。

ただ止め処もなく涙だけが溢れ出した。


あれから何日も何日も探し続けた。

でも見つけられなかった。

そして涙は枯れ果てた。

しばらくして雪乃ちゃんや奈々枝ちゃんにミコちゃんは生まれ故郷に帰り。

私も祖母と島を離れた。



そして今年もここに来た。

これで何度目なのだろう。

あなたの名前が掘り込まれている慰霊碑の前に来たのは。

島では津波の傷跡など全く判らないほどに復興をとげて変ってしまった。

今では鳴海先生も大上先生もここには居ない。

10年前に私が通っていた水乃瀬高校は校舎は当時のままだけど、今は可愛らしい後輩達が毎日を謳歌している。

そして、今。

あなたに初めて出会った場所にいる。

この辺りだけは当時の面影を残していた。

慰霊碑に彫られたあなたの名前に会ってから学校に行き、ここに来るのが毎年の私の楽しみ。

それだけを楽しみに生きてきた。

あの日から私の時間は止まってしまった。


北風がすり抜けキビの葉がザワザワと音を立てた。

そう言えばあなたと出会った日もこんな北風が吹いて鉛色の空が広がっていた。

あなたはどこで私を見つけたのかしら。

不意にそんな事を思って辺りを見渡すと、幼い頃に祖母に連れて行ってもらった街が見渡せる山の上にある公園が目に入った。


「気持ち良い!」

街が眼下に広がってその向こうにはどこまでも青い海が続いている。

大きく息を吸って伸びをした。

これで終わりにしよう、そう思い公園まで来てみた。

あの日、あなたが飛ばされて来たという10年後の世界に私は独りで居る。

もし、もしも元の時間に戻ったとしたらあなたも独りで居るのだろうか。

そんな事を考えていると少し離れた公園の駐車場に可愛らしい丸みを帯びた車が1台止まった。

「うふふ、可愛いらしい新しいミニ。それも緑色、なんだか不思議」


終わらせる為にもう一度だけ街と海を見渡して、振り返るとそこには1人の男の人が立っていた。

黒いダウンジャケットの襟元から黒いパーカーのフードを出して。

黒いジーンズに黒いハイカットのスニーカーを履いて。

背は180センチ位だろうか。

そしてとても優しい声がした。

「姫は成長する気が無いのか?」

抑揚が少ないけれど優しい声、懐かしい声。

もう一度聞きたいと心の奥底から願っていた声。

「ハルトさん。女の子に対して凄く失礼な事言っている自覚はあるんですか?」

「もちろん。雫はとても可愛らしいのに地味な服しか着ないからな」

「これは黒のフォーマルスーツです。今日は……あなたが……居なくなってしま……日だから……」

枯れ果てた筈の涙があふれ出し、止まっていた秒針が動き出した。

すると温かいものに包まれる。

あの日の様に。

「あの時のままだ、何も変らない。可愛らしい雫、大好きだよ」

「もう、27歳なのに酷いよ」

「嫌い?」

「なんで、そんな事を聞くの? 10年も探したんだから」

「ゴメンね」

「責任とってよ。責任とってハルトのお嫁さんにして……」

「本当に良いの? 雫、人じゃなくなってしまうんだよ」

「もう、ハルトと別れたくない。永遠に一緒に居たい」


唇に柔らかいものが触れる。 

初めてのキス。

そして首筋に痛みを感じる。 

初めての痛み。

首筋に血が滲む。 

それは永遠の契りのしるし。  

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