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彼女

いつもと同じ繰り返し。

ただ、毎日繰り返される、イジメと嫌がらせ。

そして、今日はいつになく執拗に帰り道で待ち伏せされた。

「ほらほら、ぼさっと突っ立ってるんじゃねえよ!」

「もう2度と、学校に来るなって行っただろう!」

髪の毛を鷲掴みにして振り回される。

それでも私は声を上げなかった、自分が声を上げれば彼女達が楽しそうに笑うのを知っているから。

自分では何も出来ないのを知っている。

自ら命を絶つことさえ……

それは約束だから……

全てを受け入れるしかないのだ、どんなに傷ついてもどんなに辛くても。

道端に振り回されて投げ捨てられる。

「つまんねえなぁ、少しは抵抗しろよ!」

「あははは!」

「月曜まで会えないからな」

そんな事を言いながら彼女達は私の鞄の中をぶちまけた。

教科書やノートが散らばり筆箱の中からシャーペンや消しゴムが飛び出した。

「金だせよ、有り金全部だ!」

「今日は持ってない」

「そんな筈ねえだろ! 舐めんな」

そう言って蹴り飛ばされた。

私が体を起こすと直ぐにスカートのポケットに手を突っ込まれた。

「何だ? マジでねえじゃねえか」

「もう、帰ろうよ」

「ちょい待ち、良い事思いついた」

彼女はポケットに入っていた家の鍵を取り出すと笑いながら水が溜まっている田んぼに向って鍵を投げた。

鍵に付いていたキーホルダーが少しだけ光ってチャポンという音と共に田んぼの真ん中に落ちる。


そうか、これさえ我慢すれば……

そう思った時、少し離れた舗装道路に深緑色の車が止まり男の人がこちらを見て降りてきた。


「やばい! 逃げろ!」

彼女達は車が止まった方向と逆の方向に走り出した。

やっと終わった、そう思うと体に痛みを覚える。

擦り剥いているであろう足や蹴られた肩が痛み出した。

そんな事を考えていると男の足音が確実に私に向かって来るのを感じる。

少しだけ見上げると、その男の人は私の横に立って私を見下ろしていた。

とても哀しそうな冷たい視線で。

でも、不思議な事に怖くは無かった。

恐怖心よりも何か温かいモノを感じたと言う方が正しいのかもしれない。

初めて出会ったのにそんな感じがして体が少し熱くなり俯いてしまった。

すると、その男の人は私の教科書やノート、それにばらばらに散らばったシャーペンや消しゴムを筆箱に入れて、落ちている鞄に綺麗に入れてくれた。

何も出来ない自分が恥ずかしくって立ち上がれないで居ると、いきなり後ろから脇の下に手を入れられて男の人に立たせてもらっていた。

あまりに恥ずかしく俯いている自分の顔がカッと熱くなり赤くなっているのが判った。

そんな事を気にしないかのようにその男の人は制服に付いた土ぼこりを手で払ってくれた。

「あ、ありがとうございます。もう大丈夫ですから」

「そうか、それじゃ」

あまり、抑揚の無い冷たい声が聞こえたとたん、私の頭に男の人の大きな掌が降りて優しくポンポンと軽く叩いた。

次の瞬間、自分の頬を温かい物が伝うのを感じる。

『あれ? なんで?』

今まで一度も感じた事の無い感覚だった。

今までだって誰かに助けてもらった事はある、でもこんな事は一度もなかった。

体の中から湧き上がる感情、止め処もなく涙が零れる。

哀しい訳じゃない、嬉しい訳じゃない。

そう不思議な安堵感。

手でいくら涙を拭っても涙はあふれ続けて、両手で顔を覆ったままその場にしゃがみ込んでしまった。

すると何か温かいものが私を覆った。


どの位、泣き続けていたのだろう。

落ち着いて自分の状況がわかると心臓が止まる思いがした。

見知らぬ男の人が私の側に座って私の事を優しく抱きしめていたのだから。

「大丈夫か? 家まで送るから」

抑揚の無い冷たい声がして、私は抱き起こされた。

「だ、大丈夫ですから」

「そう言って泣き出したのは誰だ?」

「すいませんでした」

私はそれ以上何も居えずに俯いたままで居た。

「怒っているわけじゃないから、そんな風に聞こえたのならすまない」

「え?」

再び私の頭を大きな掌が撫でた。


「でも、家の鍵が……」

私が目の前の水が張っている田んぼを見つめると、不意に隣にいた男の人が農道の路肩を蹴り出した。

それはまるで幻想の様だった。

路肩を蹴り出した男の人は水の上を軽やかに歩いていた。

つま先が水面に付くたびに、同心円の水の文様が次々に広がっていく。

そして、田んぼの中ほどまで歩くと徐に腰を屈めて水の中に手を入れて鍵を拾い上げると私に向かい歩き出す。

「これで、いいかな?」

私の目の前にキーホルダーに付いた鍵を摘むように差し出した。

そこでハッとして我に返り男の人の顔を始めてみた。

漆黒の様な少し長めの髪の毛に切れ長の目、瞳は赤黒いと言えば良いだろうか不思議な色をしていて、端正な少し日本人離れした顔つきだった。

私が鍵を受け取ると、男の人は私の鞄を肩に引っ掛けるように持って歩き出した。

「あっ、待ってください」

そう言って私は男の人の黒ずくめの背中を追いかけた。

黒いダウンジャケットの襟元からは黒いパーカーのフードが出ていて黒いジーンズに黒いハイカットのスニーカーを履いて、背は180センチ位だろうか。

小柄な私にしてみれば大男に見える。


ふっと疑問が浮かぶ、この人は人間なのだろうかと……



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