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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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追放、ざまぁ、もう遅い、溺愛等

侍女エリザの教育的指導

作者: 山口遊子
掲載日:2026/07/04


 王都の中心、王城の中庭には、初夏の柔らかな陽光が降り注いでいた。しかし、その光景はあまりにも冷酷な舞台へと変貌を遂げていた。


 第一王子ヘンリーが、王立学園のアイドルと謳われる男爵令嬢を背後に庇い、冷徹なまでの眼差しで目の前の女性を見下ろしている。公爵令嬢セシリア。本来ならば、ヘンリーの隣に立ち、王妃となるべく教育を受けてきたはずの彼女が、今はボロボロのドレス姿で、冷たい石畳に膝をつかされていた。


「セシリア!  貴様のような嫉妬に狂った女に、我が王国の王妃の座はふさわしくない!  婚約を破棄する!」


 ヘンリーの宣告が響く。周囲を取り囲む貴族たちは、まるで娯楽でも見るかのようにヒソヒソと囁き合っていた。男爵令嬢が涙を浮かべて「わたくし、怖いんです……セシリア様が、わたくしを……」と震える声で訴える。


 その声を聞いたヘンリーの憤怒は頂点に達した。


「聞け!  セシリアは、この純真な男爵令嬢に対する度重なる嫌がらせ、さらには王家に対する不敬罪に手を染めていたのだ。騎士団よ、この女を拘束せよ!」


 身に覚えのない罪の数々。セシリアは青ざめた顔で首を振る。


「違います……わたくしは、そのようなことは……」


 しかし、彼女の弁明は誰にも届かない。周囲の冷ややかな視線と、騎士たちが突きつける槍の冷たい金属光沢が、彼女の心と尊厳を少しずつ削り取っていく。


 かつて誇り高き公爵令嬢として学園を闊歩した彼女の姿は、いまや一人の犯罪者として衆目に晒されていた。絶望がセシリアの瞳から光を奪おうとしたその時、不意に、中庭の空気が凍りついた。


 カツン、カツン、と一定のリズムを刻む硬質な靴音が、王城の重厚な門の向こうから響いてきた。それは、優雅でありながらも、聴く者の背筋を凍らせるような、研ぎ澄まされた金属の残響のようだった。


 人波を割って現れたのは、銀髪を完璧な夜会巻きに纏め、一切の乱れがない漆黒の侍女服を着こなした一人の女性だった。セシリアの専属侍女、彼女の名前はエリザ。


「あら、随分と賑やかですこと。我が主が歩くべきレッドカーペットの上で、ずいぶんと野蛮な舞踏会が開かれていますわね」


 エリザは、まるで午後のティータイムに遅刻したかのような、事務的で、しかし極めて冷ややかな口調で言い放った。


「誰だ? あの侍女は!」と騎士団長が怒鳴る。


 エリザは彼を視界の端で捉えたが、関心はないとばかりに首を傾げた。そして彼女は、跪いているセシリアの前に辿り着くと、優雅極まりない礼をとり、その場に跪いた。


「お嬢様、申し訳ありません。少々、ゴミ掃除の計画に手間取りました。……これより先は、わたくしという『ただの侍女』のお仕事でございますので、あちらの木陰でお茶でも飲んでお待ちくださいませ」


 セシリアは震えながら「エリザ、ダメ……相手は王国騎士団よ……」と囁くが、エリザはただ、慈しむような微笑みを浮かべ、「私は、大丈夫です」と小さく答えた。


 立ち上がったエリザの視線が、ヘンリー王子を捉える。その瞳には、すでに人間の感情を超えた、静かな殺意が宿っていた。




「侍女風情が、王子であるこの私に逆らうつもりか!」


 激昂したヘンリーが、騎士団に向かって「捕らえろ! 殺しても構わん!」と絶叫した。


「侍女風情が!」


  一歩前に出た騎士団長が、腰をためてエリザに向けて神速の槍を突き出した。それは騎士団長と呼ばれるに相応しい、迷いのない突きだった。しかし、エリザの目にはその軌道が、あまりにも単純な『線』にしか映っていなかった。


  エリザの身体が、極小の動きで右に流れる。槍の穂先をかわしたエリザは、一歩踏み込む。彼女の右手には懐から取り出した黒鉄の鉄扇が握られていた。


  槍の柄が彼女の横を通り過ぎる刹那、鉄扇のかなめが、騎士団長の鎧の接合部――肩甲骨と鎖骨の僅かな隙間を正確に打った。陽光の中でもはっきりと火花が散り、何かが破壊された。


「ぐっ……!?」


 衝撃が鎧の内部で共鳴し、騎士団長の肩の筋肉が瞬時に硬直する。


 鉄扇の次の一撃は、騎士団長の左手首の関節。エリザの鉄扇は、防具の特性を理解した上で、最も壊れやすい『構造の急所』を容赦なく叩き潰していた。


 騎士団長の声にならない声が中庭の空気を震わせた。だが、その声は悲鳴というよりは、自身の身体が何によって破壊されたのかを理解できない男の困惑に近かった。


金属鎧フルプレートも、構造を理解せぬ者が着ればただの鉄屑ですわよ」


  エリザが涼やかに微笑んだその瞬間、中庭は騎士団員たちの怒号が止み、静寂が支配することとなった。


「無料で教育をしてさしあげますから、さあ、かかっていらっしゃい!!」


 その宣戦布告とともに、王城の静寂は完全に破られ、騎士団員たちがエリザに挑みかかっていく。


 エリザの動きは、もはや武術というよりは流麗な舞踏だった。


 騎士たちの槍を、彼女は鉄扇の親骨で受け流し、懐に入っては相手の急所を叩き潰していく。彼女の戦いぶりには、一分の無駄も、一切の慈悲もなかった。


 鉄扇が振るわれ火花が散るたびに、何かが破壊されて、何かが飛び散り、きなくさい臭いが辺りに立ち込めていく。


「そこは左足から踏み出すのが淑女の嗜みですわよ!」


 そう言い放ちながら、彼女は盾を構えた騎士の懐に飛び込み、鉄扇の端で肘関節を脱臼させた。


「痛い!  侍女がどうしてこんなに強いんだ!」という悲鳴が重なる。


 エリザは表情一つ変えず、次々と騎士たちを石畳へ這わせる。


 ヘンリーは腰を抜かし、石畳を這いずり回りながら逃げようとする。


「や、やめろ! 寄るな!」


 エリザは王子の前に立ちはだかり、冷ややかな視線を向けた。彼女の服には血の一滴もついていない。まるで、最初から勝利が決まっていたかのような圧倒的な余裕があった。


「お嬢様の涙の数だけ、貴様らの骨を折る。それが我が忠誠の証ですわ」


 彼女は王子の顔面を、鉄扇の要で軽く、しかし確実に叩いた。鼻骨が砕ける感触が、エリザの手を通じて伝わる。王子は鼻を押さえて悶絶し、床に鼻水と涙を撒き散らした。


 彼女の教育的指導は、あくまで『礼儀作法の矯正』という皮肉な大義名分のもとに行われていた。倒れ伏す騎士たちを、エリザはただの『掃除が終わった床』のように跨いで歩く。


 彼女の戦いぶりは、そこにいたすべての貴族を凍りつかせた。誰一人として、エリザの動きを捉えることができない。王国が誇る最強の騎士団が、一人の侍女によって、わずか数分で壊滅させられたのだ。


 エリザは、最後の騎士を床に叩きつけると、満足げに鉄扇を閉じた。彼女の瞳の中の紅蓮の炎は、まだ消えてはいなかった。



 広場には、痛みに呻き声を上げる騎士たちが散乱していた。そんな中、エリザの声が響く。


「さーて、殿下。お茶の時間の前に、少々お仕事がございます」


 エリザは、懐から一枚の分厚い羊皮紙を取り出した。それは、ヘンリー王子が過去三年にわたり行ってきた王領の横領、男爵令嬢との密通による贈収賄、そして騎士団長と結託した偽証工作の全記録であった。


「王子殿下。お嬢様を陥れるための偽証工作、すべて教会と周辺諸国へ報告済みです。……今のうちに、お嬢様に三回、心の底から土下座で謝罪なさい。さもなくば、あなたのその鼻を、完璧なマナーでへし折らせていただきますわ」


 ヘンリー王子は、死の恐怖に支配され、涙と鼻水を垂れ流しながら石畳に頭を擦り付けた。彼の傍らにいた男爵令嬢は、あまりの光景に気絶している。


 セシリアが呆然と立ち尽くす中、エリザは再びいつもの「侍女」の顔に戻り、主のもとへ駆け寄った。


「お嬢様、お待たせいたしました。……さあ、帰りましょう。王城の掃除はこれで完了ですわ」



 翌日、王国は激震に見舞われた。


 教会から派遣された調査団により、王子の横領と冤罪工作が証明され、ヘンリー王子は辺境の寺院へ永久追放となった。セシリアと公爵家の名誉は完全に回復され、彼女は一躍、王国のヒロインとして称えられることとなった。



 数日後。公爵邸の庭園では、いつもと変わらぬ穏やかなティータイムが繰り広げられていた。


「お嬢様、本日のお砂糖は角砂糖二つでよろしいでしょうか?」


 エリザは、昨日の騒乱がまるで夢幻であったかのように、完璧な所作でカップに紅茶を注ぐ。


 陽光が、陶器のカップの底を照らしている。


 彼女のエプロンの下には、今も静かに黒鉄の鉄扇が眠っている。主を脅かす『理不尽』が、この国のどこかに潜んでいる限り、彼女の忠誠心と鉄扇は、決して錆びつくことはない。


「ありがとう、エリザ。あなたのおかげで、わたくしは救われましたわ」


「お言葉ですがお嬢様。わたくしがしたことは、ただの『掃除』に過ぎません。お嬢様が笑ってくださるなら、それが何よりの報酬ですわ」


 エリザは優雅に微笑む。その笑顔は、どんな騎士よりも優しく、どんな兵器よりも恐ろしい。


 二人の穏やかな日々は、エリザの『忠誠心』という最強の盾に守られ、これからも続いていくのであった。




 王都の酒場にて。


 王都の路地裏にある、騎士たちがよく集う酒場。その一角で、腕を包帯で吊り、顔に大きな痣を作った男たちが、力なくエールを啜っていた。


「……おい、聞いたか? 騎士団長、まだ復帰できないらしいぜ」一人の若い騎士が、声を潜めて隣の男に尋ねた。


「ああ、無理もない。『鉄扇』の一撃で鎧の構造ごと叩き潰されたんだからな。……俺だって、あの侍女の目が合った瞬間に、蛇に睨まれた蛙みたいに動けなくなった。あの女、薄ら笑いを浮かべながら『そこは左足から踏み出すのが嗜みですわ』なんて言いながら、俺の肘を外しやがったんだ」


 向かい側に座っていた旅の商人が、興味深そうに身を乗り出した。


「ほう、例の『公爵令嬢の専属侍女』の話ですか。噂ですと、たった一人で王国騎士団の一個小隊を『掃除』したっていう」


「『掃除』なんて生易しいもんじゃねぇよ。あれは処刑だ。……しかも、ただ殴るんじゃねぇ。完璧な礼儀作法の動きの中で、最短距離で骨を折ってくるんだ。俺たちが槍を構える隙もありゃしねぇ。王宮の中庭があっという間に、呻き声を上げる鎧の山になったんだぞ」


「恐ろしい話ですねー。ですが、おかげさまで王国の膿が全部出たってことでしょう」


 商人は酒を一口飲み、満足げに頷いた。


「ヘンリー王子の横領に偽証工作、全部あの侍女が証拠を揃えてたんだろ? 教会も速攻で動いたって話だ」


「……ああ。王子様は辺境の寺院に流されるそうだ。鼻をへし折られた顔で毎日祈りを捧げるんだろうよ。あんなに傲慢だったお方が、あの侍女に睨まれただけで腰を抜かして這いつくばってた。『お嬢様の涙の数だけ、貴様らの骨を折る』……あの台詞、今思い出しても背筋が凍るぜ」


 騎士は震える手で杯を置いた。


「結局、この国で一番敵に回しちゃいけなかったのは、最強の騎士団でも王族でもなかった。……『ただの侍女』を自称する、あの忠誠心限界突破の怪物だったってわけだ」


「全くだ。今じゃセシリア様は王国のヒロインだ。公爵邸の庭園では、今日もあの侍女が優雅に紅茶を淹れてるらしいが……あそこの門を、不敬な気持ちで潜れる奴はもう一人もいないだろうよ」




(完)



今回はかなり加筆して、それっぽいアクションものにしてみました。

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