ひとりあそび
それはたぶん、親戚が集まる頃だったからお盆か正月かそのどちらかだ。
父方の曾祖母は拝み屋をしていて奇妙な噂が立っていたりしたが、その当時の俺はなにも知らなかった。ただ、父の実家のその家は奇妙で不気味だったことは覚えている。別に曾祖母がその家に住んでいたことはないが、とにかく祖母の家は不気味だった。
まず、玄関を入れば三輪車に乗った等身大の幼児の人形が出迎えてくれる。俺はこの人形がどうも苦手だった。ひとりで夜中に三輪車をこいでいてもおかしくはないと思うほどリアルな人形で、彼女の名前がなんだったかは知らないが、ららちゃんだとかるるちゃんだとかとりあえずラ行の名前だったと思う。彼女はいつも従兄妹の姉さんのお下がりの服を着ていた。そして、彼女を囲むように大量の人形が存在した。大抵はサルやクマのぬいぐるみ。時折道化師の人形があった。階段の一段一段に様々な人形が座っており、手すりに掴まりながら急な階段を上がらなくては宿泊する部屋に荷物を置きに行くことさえ出来ないのだが、大量の人形達がさらにその難易度を上げていた。
宿泊する部屋は、幼少期から父と伯母が過ごしていた部屋で、ここには保母をしていた伯母への寄せ書きや、父が子供の頃に読んでいた古い少年漫画雑誌の山があったりするのだが、この部屋にもまた大量の人形があった。
豪奢なドレスを着た花嫁の人形は祖母の宝物であったようで一度もケースから出た姿を見たことがなかったし、硬いコアラのぬいぐるみはゼンマイ式のオルゴールが内蔵されていて子守歌を歌う。俺はよく、腹を押せば占いをしてくれるキツネのぬいぐるみで遊んでいたのを覚えている。とにかく祖母の家には大量の人形とぬいぐるみがあったし、祖母は人形と絵本をこよなく愛する過保護な人だった。
俺はそんな祖母の家が嫌いだった。今だって出来れば行きたくない。古い家で家全体がきしきしと音を立てるし、トイレは未だに汲み取り式だ。できることならもう行きたくないと本心から思う。
けれども盆と正月は親戚が集まるものなんだ。日本という国は。たぶん。
あの夜、従兄妹の兄さんに宿題を教えてもらっていた。算数の、分数の計算だっただろうか。未だに計算は苦手だが、分数同士のかけ算だったと思う。それを教えてもらって、それから子供五人仲良く揃って心霊特集の番組を観て、みんなして怖い怖いとぎゃあぎゃあ騒いで兄さんにしがみついているのを母と伯母に笑われたのを覚えている。
こういう親戚が集まる日というのは子供にとっては特別な日だ。普段は許されない夜更かしが許される。そして、みんなで散々騒いで、あの忌々しい階段を上がって俺と弟は二階の伯母と父の部屋で寝る支度をする。
けれども興奮した子供というのは中々眠れないもので、古いダイヤル式のテレビでまた別の心霊番組を観ていた。
子供とは妙なものだと思う。怖がるくせに結局心霊特集の番組を観るのだ。きっと下で従兄妹の三人兄妹もポータブルテレビで心霊特集を観ているのだろうと想像できた。怖いくせに怖い話が好きなんだ。明日たぶんみんなで番組の感想を言いながら、母にもっと怖い坊主の話でもされるのだろうなどと考える。
そして、番組の途中で眠気が訪れ、眠りに落ちた。
深夜、父の大鼾で目が覚める。この鼾は公害だと今でも思う。まあ、とにかく目が覚めた。目が覚めたついでだからとトイレに寄り、落ちないようにと注意しながら用を足してトイレを出れば、階段の下からなにか音がした。きっと三人の従兄妹の中の誰かがまだ起きているのだろうと思った。眠気が覚めてしまったからあわよくば遊んで貰おうと階段をゆっくりと降りる。
きいきいと音が鳴っていた。
三輪車の動く音だ。「家の中で三輪車に乗っちゃだめだっておばあちゃんに怒られるよ」と言ってやろうと思って階段を降りた。
「家の中で三輪車はだめだって」
そう言って止まる。
従兄妹はみんな俺より年上だ。もう三輪車に乗れるような大きさの子供は弟しかいない。
「だれ?」
声を掛けた。
ゆっくりと三輪車が脱衣所の方から玄関へと近づいてくる。
三輪車に乗っていたのは、いつも玄関に居る大きな女の子の人形だった。
信じられないものを観た。
俺は慌てて普段は慎重に上がる階段を駆け上がって眠っていた部屋に駆け込み母を起こした。
何事かと母が階段の下を確認すれば、人形はいつもの位置で大人しく座っていたらしく、見間違いで起こすなと怒られたのを鮮明に覚えている。
そして、俺はそれからしばらく心霊番組を観ることを禁止された。
車から旅行鞄を降ろす。お土産の入った紙袋を抱え、インターフォンを鳴らす。少し経ってから祖母の出迎える声が聞こえた。
そして、玄関に入る。この家は昔からなにも変わらない。
昔と同じように従兄妹のお下がりを着たあの人形は三輪車に乗っていた。
「ばあちゃん、この人形、夜中動かない?」
「お人形さんが? さてね。孫のように可愛がっているから動くかもしれないけど、ばあちゃんは見たことないよ」
祖母は笑って、それから人形の頭を撫でた。
その瞬間、子供の笑い声が響いた気がした。




