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3話:八椿村の次期村長(1)

意識が戻ってくると、鼻腔に藁の香りが入ってくる。

ゆっくりと瞳を閉じると見知らぬ天井。

首を少し動かすと、日が落ちて空は青と橙が溶けた淡い境界線が見える。


「お目覚めですか?」


透き通った声の主の方へと首を動かすと、布団の傍らに置いた座布団の上にフジヒコが座っていた。


「俺は……いたっ……」


思考がまとまらない。頭は割れるように痛み、数刻前の出来事を思い出させないようにしてるようだった。


「ボクに尋ねたいことがあって神社に来てくださったのだと、コウスケくんから聞きました」

「そうだ……!」


急に起き上がると、体は力が抜けて倒れそうになる。

フジヒコの胸に頭がもたれかかり、フジヒコの安定した脈が聞こえてくる。


──落ち着く。


「……コウスケくんとユイさんならもう帰りましたよ」

「そうか……よかった」


暫く胸を借りていると、不思議なことに頭痛が引いていく。

それは、ユイ姉が帰ったことについて安堵したためか、フジヒコの体温に安心していたからか分からない。


「ありがとう。……もう、大丈夫だ」

「ならよかったです」


俺は何も言わないで上半身の服を脱ぐ。


「へっ?!」


フジヒコは不思議な挙動をした。同性同士なのに、なぜか照れくさそうに両手で顔を覆い、指の隙間からこちらの様子を伺ってくるのだ。


「なぁ、フジヒコ。俺の両腕に何が見える?」

「両腕……?」


フジヒコは俺の体をまじまじと見つめてくる。腕だけではなく、背中、腹、首元──上半身の全てを見る。


「両腕だけではなく、右足からでしょうか。

三日月のような模様がまとわりつくようについています」

「足にまで……」


フジヒコは何かを思い出そうとしているのか、先程までの照れた様子はなく真剣に腕の模様を見つめている。


「何か知っているか?」

「──いえ。何か思い付けないかと思い観察しましたが、これといって特には」

「そうだよな……でも、俺の他に見える人がいたならよかった。

ありがとう」


フジヒコは豆鉄砲を食らったような、そんな、驚いた表情を見せる。


「何かあったか……?」

「あ、いえっ。ただ、キミはそんな風に笑うんだと思って」

「え?」


顔をぺたぺたと触る。当たり前だが、笑っているかどうかは触ったところで分からなかった。

フジヒコの女のようにか細い指は俺の左胸を触る。

手の骨格も骨ばっていて、彼が男なのは分かっているが、さらさらとした指先で撫でられるとどうもくすぐったい。


「お祓いでもしますか?」

「お祓いは別に──」


大丈夫だと。そう答えようとした時に、気を失う前に飲んだ栄養剤の瓶が視界の隅に入る。


「なぁ、フジヒコ」

「なんでしょうか……?」

「この栄養剤は一体何でできているんだ?」

「これ、ですか?」


フジヒコは瓶を持ち上げた。


「植物の根っこや爬虫類の骨等ですね。もしかして、何か食物アレルギーでもありましたか……?」

「いや、そういうのはないんだが。

これを飲んだら急に体が暑くなったから気になって」


いいや違う。

俺はそんなことを気にしていた訳ではなかったのだ。


「もしかしたら、疲れているのかもしれません。

アキラくんが良ければ、今夜は泊まっていきませんか?」


フジヒコは熱を孕んだ瞳で見つめていた──ように見えてしまった。


「い、いやいい。突然の宿泊なんて悪いし、そのための服を持ち合わせている訳でもない──」


目を逸らし必死に断り文句を告げていた、はずなのに。


「ねぇアキラくん」


気が付けば視界が天井を向いている。腰の上にはフジヒコが座り込み、顔のすぐ真横に置いた左手を支えにして、脱いだままの上半身を右手でなぞると、上半身を少し倒して上目遣いで問いかけてくる。


「本当にボクのことを覚えてないの?」


──覚えてない。


たったその一言を告げるだけなのに、口が乾いてしょうがない。


「ねぇ、アキラくん」

「覚えてない!」


俺はどうやってあの場を逃れられたのか……去れたのかは覚えていない。華奢なフジヒコの肩を押し返して、上着を掴んで部屋から出た後の記憶はなかった。

移動しながら服を着て、顔に、体に溜まった熱を発散するように走っていた。


──フジヒコ?いいや、幼馴染は五人なんだ。


幼い頃の日々を思い出そうとしても、頭が記憶の引き出しを開けることを拒んでいる。

お前の記憶はここにはないと。

お前の思い出は開けさせないと。

頭をキリキリと痛めつけては、過去の思い出に浸らせてくれやしない。


「……クソッ」


切れた呼吸を落ち着かせようと肺にめいいっぱいの酸素を取り入れようとする。

落ち着け。深呼吸をするんだ。

何度もその言葉を反芻していると、目の前から光が差し込む。

顔をあげると見覚えのある顔が二つあった。

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