5話:スズナリ様(1)
先程まで激痛を感じ、息絶えかけていた身体は薄らと覚醒し、重い瞼を微かに開けると、カーテンの隙間から月がおはようと主張している。
コウスケの寝息が聞こえる部屋は暗く、早すぎた目覚めに改めて寝直す気持ちも枯れてしまった。
枕元にある携帯で時刻を確認すると三時過ぎた頃。ただの人間が動き出すには少しばかり早すぎる。
──神隠しだの、名誉だの、スズナリ様に選ばれるって一体なんなんだ。
胸の中にある疑問。
粘度のある熱に溶けた金属のように、胸を燃やして落ち着かない。
──この意味を明かしたい。俺だけに、話されてないこの意味を。
俺は静かに準備して、コウスケの家を出た。
家から神社まではそれなりに距離がある。
足場の悪い道を走って向かうと、ようやく日が昇る時間にも関わらず、神社の境内には人影が見える。
「アケミさん!」
それはかつて、俺たちに五色の鈴を渡した張本人で、この訳ありのような神社の神主であった。
「帰ってきてたのね」
アケミさんは昔と変わらない風貌で俺の目を見つめた。
「コウスケのところに遊びに来ただけなんです」
「そう……でもアキラくん。貴方はもう、村から出られないわよ。貴方は選ばれたのだから」
「それはどういう意味ですか」
アケミさんは当たり前だが知っているのだろう。俺たちが何をしているのか。そして、この腕の模様が何を意味しているのか。
──朝起きて、俺の四肢すべてに模様が描かれていた。それはつまり、昨日のユメセカイで刃を交えたタクヤが言う通り、あれが選ばれるための戦いだったということなのだろう。
「──だって、まだスズナリ様に選ばれるためには供物を捧げたりていないじゃないですか」
俺は目線を下に向けて口を押さえた。
何を口走っているのだと。
口を押さえたまま顔をあげると、目の前にいたアケミさんの瞳が驚きを訴えている。
「アキラくん、貴方は誰に、どこまで聞いているの」
アケミさんは肩を掴んできて、俺の目を真っ直ぐ見つめてそういった。まるで、知られてはならないことが漏れてるかのように。
「俺はリンや他のみんなに、ユメセカイはスズナリ様に供物を捧げるために行う儀式だと……、これは、光栄な儀式だと……」
──そういえば、ユメセカイを教えてくれた少女は誰だったのだろうか。
「そう……供物については」
「ユメセカイの俺たちの命だということは……」
アケミさんは目線を左下に逸らし、考えながら言葉を紡ぐ。
「村にいれば教えられる、伝統の範疇だけ──どうして、足りていないと思ったの」
「無意識でした。俺はただ、スズナリ様に選ばれる意味知りたくて来たんです」
アケミさんはそう、と一言話すと俺の肩から手を離して、後ろに一歩下がる。
「村を離れる時に一時的に記憶喪失や人格障害といった内面的な事由に悩まされることはなかった?」
「そういったものの記憶はなくて……ただ、村を出て割と直ぐに大きな病院で検査入院してましたね」
アケミさんは頷いた。
「私が鈴を渡した貴方たち五人はスズナリ様候補者──スズナリ様に選ばれる可能性のあるこどもたち。
それを知った貴方のご両親は、候補者でありながら息子を村から出したのだけど、貴方は心の一部を村に置いていってしまった」
──じゃあ、置いていった心とは?
そう尋ねようとした瞬間、アケミさんの背後であり、視界の隅にフジヒコが微笑みながら立っていた。
「着いてきて」
俺の目線で察したのか、アケミさんは続きは述べずに神社の奥へと促した。
玉砂利の上をしばらく歩いて辿り着いたのは、神社へ何度か遊びに来ていたにも関わらず記憶にない、重厚な扉で閉められている倉である。
倉の前には神々しいと表現して良いのか分からない、みずみずしい椿の木が佇んでいる。
その椿の木に見蕩れてながら歩いていると、扉の前に辿り着いたアケミさんが扉の傍らにあるボタンを押すと扉が音を立てて開いていく。
扉が開くにつれて光が差し込み、その倉に納められているものの輪郭が浮かび上がってくる。それは、異形の存在だった。
人の形だったもの。それは、今の俺たちと変わらない大人になってる人の形。しかし、腕や足からは無数の触手が生え、背中は6つのコブが膨れ上がっている。髪の毛はなく、顔も胎の中にいる赤子のように目を閉じている。
「これがスズナリ様よ」
「え」
目が離せない。
神は俺たちの前に姿を表さないとまで思っていた。
しかし、実態は違う。神社の奥の倉の中でまるで罪人のように木造の檻の奥で捕らえられていた。
「息子がスズナリ様に選ばれることを拒んだご両親は、貴方の心が既にスズナリ様の元にあることを知らなかった。なぜなら、これは候補者だけにしか知らされない禁忌だから。
そのせいで、十年近く経つ今でも貴方はスズナリ様の因果からは逃れられなくて、引っ張られるように村へ足を踏み入れてしまった」
後ろにいたフジヒコは横に並ぶ。
「そして、取り残された君の心は、器であるボクに継承された」
フジヒコは微笑んでいた。
「だからね、キミがボクを覚えていないのは、鏡合わせの存在であるアキラだから──つまり、ユメセカイで具現化するはずだったアキラくんの心だからだよ」
「器ってなんだ」
フジヒコは答えずにスズナリ様の方へとゆっくり歩いていく。
檻の前までたどり着いて振り返ると、フジヒコの頭にスズナリ様の触手が伸びてきて、頭を撫でるような動きを見せた。
「ボクは、スズナリ様と神主の妹君である巫女が交わって産まれた半端者。不完全で未熟。人間としての人格を生まれながらにしては得られなかった」
ね、お父さん、と触手へ手を伸ばす。
隣に立っているアケミさんの表情を伺うと寂しそうな顔をしていた。
「神社では、代々スズナリ様候補が居なくならないように、百年椿が咲いた年にスズナリ様になり得る子を成す風習がある。
もちろん、スズナリ様に選ばれる人間は性別を問わない。時としては、神社外の村人から生贄を選ぶこともあった。
──十九年前にスズナリ様に捧げられた生贄は、私の妹トウカだった」
ふと思った。
「スズナリ様に選ばれるというのは、スズナリ様の生贄という意味ではないんですか」
選ばれる。召使いなり、食事なり──色々考えられるが分からない。
アケミさんは首を振った。
「スズナリ様に選ばれるというのは、神であるスズナリ様自身になるということ。
そうして、このスズナリ様はようやく、百年の役目を終えて開放される」
ゆっくりと前を向き、フジヒコの奥にいる異形の存在に目を向けた。
百年ちょっとしか生きられない神でありながら、この村を守護する役目を担うために人ならざる姿になる神をこの村は崇めている。
──そして、スズナリ様になるだって?
決して倉が冷えたわけではないのに、どうしてか手足が冷たく感じて、震えていた。
「かつて、この実態を知ってスズナリ様に命を捧げることを拒んだものがいた。
それ以降、どういう現象かは不明だが、現実と乖離した人格を架空の世界──ユメセカイに送り込み、供物を捧げるようになった」
ちりん、と鈴の音が鳴り響く。
「そのための道具が、この鈴と村で栄養剤と呼んで服用する薬物だ」
アケミの手からは誰の手にも渡っていない白い鈴がぶら下がっている。
スズナリ様候補者たちが鈴を手渡されるのは、ユメセカイへの強制的な転移のため、ということなのだろう。
そして、ユメセカイのみんなに共通していた凶暴性は、供物を捧げるための儀式を確実に遂行させるため。
しかし、そこで疑問を抱いた。俺のもうひとつの人格であるフジヒコは現実世界に溶け込み、ユメセカイ特有の凶暴性が見えなかった。
──それはどうして?
フジヒコ、と名を呼ぼうとした瞬間だった。
背後で何度も聞き慣れた軽い鈴の音が鳴る。
咄嗟に振り向いて視界に映った人物は、コウスケたちだった。




