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4話:八椿村の番犬(3)

何度目かの事象には慣れて、光ひとつない漆黒の世界から仄暗い世界へと足を踏み入れる。

見慣れた光景。神社は今日──いいや、今回も変わらず夜で、星空と灯篭の灯火だけが俺たちをこの世界にいることを目の当たりにさせる。


「──タクヤ」

「……」


目の前には、無表情で佇むタクヤがいた。

視線の先は黄金に輝く月がいた。何かに耽っているのか、それとも何かを思い出しているのか。彼の表情からは何ひとつとして読み取れやしない。


「リンを……倒したのか」

その声には抑揚がない。

普段は穏やかで落ち着く彼の声は、こんなにも冷たかっただろうか。


「……ああ」

「そうか」


タクヤは神社の参道に突き刺していた大剣を引き抜いた。

彼の装いは、上は白と黒い縦ラインが入った甚平に下は同じ素材のスラックス。足元は足の甲と足首を守るようにベルトが巻かれているサンダル。

甚平の袖は七分丈であり、袖から出た彼の腕にはアキラと同じように模様が螺旋を描く。


「俺が選ばれるのか、お前が選ばれるのか」


そう告げると、タクヤは一気に距離を詰めて、まるで俺を試すかのように大剣を横に薙ぎ払う。

リンくらいの──大体150cmちょいあるその大剣をタクヤは片手で軽々振り回して見せた。これは、彼からの圧だった。


──全力で来ないと潰すぞ、ということか。


俺も抜刀しタクヤにその剣先を向ける。


「はぁぁぁ……!!」


威勢のいい声を上げて己を鼓舞したながらタクヤの元へと一直線に駆けた。

この世界では身体能力が上がる。

どうやら、それは個体差があるようで、リンが速度ならタクヤは力だろう。俺は──そう、跳躍力だろう。

タクヤが再び大剣を薙ぎ払うと同時に、大剣を踏み台にして飛躍する。

唯一の獲物である刀をタクヤに投げつけると、タクヤの肩から肩甲骨の間に突き刺さり、仮面をつけたように感情のない顔が苦痛に歪む。

タクヤは刀を刺したまま俺の着地位置を読んで距離を離す。

相手の行動を凝視しつつ、宙に浮いたまま右手を掲げると落ちた刀が独りでに戻ってきた。


「っ……」


──こんなことができるなんて。


こんなことができるなんて思いもよらなかったし、理屈も分からないが身体は動く。着地するのと合わせて、こちらもタクヤから距離を離していく。

神社の入口──鳥居の下で立つタクヤは、参道の石に大剣の刃を当てて深呼吸すると、大剣を引きずって距離を詰めてくる。美しく並んでいる石畳は刃に削られ、火花を散らした後は薄らと線が見える。

タクヤは目の前までやって来ると左足を軸に大剣で叩くように振り下ろしてきた。

咄嗟に回避したものの、少しでも反応が遅れていれば頭、或いは肩は持っていかれていた。


「アキラが戻ってこなければ、きっとオレが選ばれていた」


痺れる手を休ませながらタクヤはそう呟く。


「タクヤもスズナリ様に選ばれたい人間なのか」

「ああ」


彼は素朴な問い掛けを肯定する。

その言葉には迷いがなかった。


「なぁ、タクヤ。スズナリ様に選ばれたらどうなるんだ。

リンとは一緒にいられるのか?」

「……居られるようにする。

選ばれたなら、リンを神隠ししてでも彼女を傍に置く」


ここまでずっと無感情だったタクヤが、感情を露わにした瞬間だった。声には頑固として譲らない信念のようなものが感じられた。


「リンは村長になるために頑張っているんじゃないのか」

「リンを村長にさせないんだ。村の掟、神社、スズナリ様──ありとあらゆるもののしがらみから彼女を解放するために、オレはスズナリ様に選ばれたい。

オレは──リンの傍に居られればそれでいいんだ」


タクヤがそんなことを思ってるなんて想像もつかなかった。


──俺の知っているタクヤじゃないかもしれない……いや、同じなんだろう。


リンのことは大事に、本当に大事にしている。

それは小学生の頃から伝わっていたから。


「逆に問う。お前はどうして選ばれたい」


俺には選ばれたい理由なんてない。


「俺にはそんなものはないよ。

ただ、村へ遊びに来たらこんな悪夢を見るようになっただけだ」


タクヤは怪訝そうな顔を浮かべる。


「そもそも、村から10年近く離れていた人間だぞ?

スズナリ様のことだってよく分からない。

ただ──みんなを救えるなら、俺はスズナリ様に選ばれるようにお前と戦うよ」

「そうか」


一言呟くと大剣の柄を握りしめて走ってくる。

横薙ぎを刀で滑らせて首が飛ばされることだけは阻止したが、タクヤは避けられることも読んでいたのだろう。すぐさま大剣を地面に突き刺して、遠心力の反動でみぞおちに蹴りを入れてきた。俺の体は地面を転がっていき、腹の痛みで動きが鈍るとタクヤは再び大剣を叩きつけるように振り落とす。


──ゲームといい、容赦がない!


辛うじて飛びながら後退できたが、腹の痛みは治まらない。

相手のペースに飲まれたら負けだ。それは、ユメも現実も変わらない。

俺は飛んだ。

空中戦に持ち込めば、相手のペースを崩せるんじゃないかというささやかな希望を願ってしまったから。

タクヤも俺の姿を追うように視線を上にあげると、目を細めた。


「タクヤ!!!!」

「アキラァ!!!」


刀と大剣がぶつかり合う。

タクヤは顔を歪ませると左腕が下がっていく。


「痛むんだろ……!」


上から押し込むと、タクヤは体勢を崩して後ろに倒れていく。


「もらったぁ……!」


地面に降りて、瞬時にタクヤの胴を貫く。

死ぬ間際。タクヤは最後の力を振り絞って大剣を振り下ろすが、持っていけたのは俺の左腕だけだ。


「……アキラ」

名を呼んだタクヤは自重で刀の鍔の方へ深く刺さる。


「月影を背中に宿して飛ぶお前の姿は眩しくて、思い出したよ。

俺は、お前に憧れていた、と」


タクヤは力強く背中を掴む。


「あとは、任せた……」

「……バカ」


俺はタクヤと共に血の海へと沈んでいった。

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