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最終話 「いつかまた」

二人の計画では、鳴海は山中で失踪したことになり、大西は何事もなかったかのように、日常へと戻るはずだった。

 

 それは鳴海の希望だった。責任は平等であるべきだ、と彼は言った。自分は満足して死に、大西は満足して生きる。結末が違うだけで、自分たちはやりたいようにやったのだと。





 だが、大西はその計画を守らなかった。



 山を下り、街へ戻ったとき、彼女の中には妙な静けさがあった。

 鳴海の血の温度も、抱きしめられた腕の感触も、まだ体に残っている。



 あれほど鮮烈だった出来事が、事故として処理されるのは、どうしても我慢できなかった。



 自分たちは、選んだ。

 殺すこと

 殺されること

 それは、もっと大事な事実だったはずだ。



 



 

 交番のドアが開く音は、ひどく事務的だった。

 カウンター越しに警官を見て、大西は一度だけ瞬きをし、それから言った。





 「人を、殺しました」




 説明は求められたが、言い訳はしなかった。鳴海が望んだこと、二人で決めたこと、それらはすべて語られ、調書の黒文字へと変換されていった。

 言葉にすればするほど、彼が「被害者」という単語に還元されていくのを感じたが、それでも大西は語るのをやめなかった。






 拘置所の床は冷たく、天井は低く、夜になると外の音が途切れた。


 眠れない夜、大西は何度も同じ場面を思い出した。

 刺した瞬間、鳴海が笑ったこと。

 力が抜けていく体で抱きしめてきたこと。



 あれは幻ではない。

 確かに、互いが選んだ結末だった。




 数週間後、面会室で父と再会した。

 ガラス越しの父は、記憶よりもずっと老けていた。言葉を探すように口を開き、閉じ、ようやく絞り出す。


 「……どうして…こんなことを」


 大西は迷わなかった。


 「好きな人を殺しました」


 父はそれ以上、何も言わなかった。責める言葉も、理解しようとする言葉も、どちらも出てこなかったのだろう。

 沈黙は長く、だが苦しくはなかった。大西にとって、父と分かり合えないことは、もう新しい痛みではなかった。





 裁判は、淡々と進んだ。

 検察は動機を「痴情のもつれ」と整理し、弁護側は心神耗弱の可能性を示唆した。証拠として提示される写真や記録は、鳴海を一つの事件の被害者へと切り分けていく。


 証言台に立った大西は、終始穏やかな表情を崩さなかった。

 彼女が証言台に立ったとき、傍聴席に鳴海とよく似た顔立ちの女性を見つけた。

 

 母親だろうか、と思ったが取り乱しはしない。

 ただ聞かれたことに答え、事実を積み重ねた。





 判決の日、裁判官の声が法廷に響く



 懲役15年



 その瞬間、大西は小さく微笑んだ。

 自分の行為がはっきりと罪として数字に換算されたことで、鳴海の命がどれほど回収不可能なものかを、改めて突き付けられた気がした。



 それでも後悔はなかった。

 彼女は選んだのだ。自分が鳴海を殺したという事実を抱え続けることを。






 刑務所での生活は、驚くほど規則正しかった。

 起床、点呼、作業、食事のルーティーンを消化する日々。

 季節は塀の向こうで移ろい、桜が咲き、セミが鳴き、また冬が来る、


 大西は模範囚として過ごし、問題を起こすことはなかった。


 夜、薄い毛布にくるまりながら、鳴海の声を思い出す。



 ――後悔しないで。



 その言葉だけが、時間の中で形を変えずに残っていた。






 十年後、出所の日。

 

 空は驚くほど高く、風が軽かった。

 保護観察官から説明を受け、形式的な言葉を交わし、大西は刑務所の門を出た。






 行き先は、もう決まっていた。


 電車を乗り継ぎ、バスを降り、山道を歩く。

 数年越しの同じ場所、同じ季節。

 違うのは、隣に鳴海がいないことだけだった。

 だが、不思議と孤独は感じなかった。






 あの日と同じ、木々に囲まれた場所に立ち、大西は深く息を吸う。

 周囲は月に照らされ、光っている。





 「ただいま」




 誰に向けた言葉かは、もう考えなかった。

 ここに戻ってくること。それこそが、彼女の一番の願いだった。



 大西は落ち葉に寝そべり、ゆっくりと目を閉じた。



 月が輝いていた。





ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

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