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第二話 「自己紹介・大西」


 大西が最初に「私は普通じゃないのかもしれない」と思ったのは、小学生の頃だった。


 校庭の端にある古い鉄棒は、いつも人気がなかった。順番待ちの列ができるのは、いつも決まってブランコや滑り台で、鉄棒の周りには、いつも静かな空気が漂っていた。

 昼休み、大西はよくその鉄棒の下にしゃがみ込み、人の顔に見える小石を探しては、指で地面に並べていた。



 頭の中では、よく図書館で借りた本の続きを再生していた。



 血が噴き出す音。悲鳴。ページをめくるたびに誰かが死んでいくような物語。大西は、それを怖いとは思わなかった。むしろ落ち着いた。胸の奥が、ひどく静かに。


 最近新しくなった市の図書館ではそんな本ばかり借りた。

 新設と同時に書架整理が行われ、本が増えたときには夢中になって探したものだ。


 自分がそんな本を借りようとカウンターに持っていくたび、決まって司書さんたちは顔を歪める。




 「グロいの好きだよね」



 そう言ってきたのは、同じクラスの女の子だった。図書館で借りた本の表紙をうっかり見られてしまったのだ。いつもはカバーをかけて表紙は隠すようにしていたのだが、その日に限ってうっかり忘れてしまった。


 一瞬、どう答えればいいか分からなくなったが、結局小さくうなずいた。


 「まあ、ちょっと」


 相手は顔をしかめた。「よく平気だね」と言って距離を取った。

 その反応は、想定の範囲内だった。図書館では見慣れているものだ。


 だから、傷つきはしなかった。

 ただ、確信しただけだ。



 ――これ以上は、言っちゃだめだ。



 それ以来、大西は話す相手を選ぶようになった。信頼できる最低限の人間にしか、自分の好みを見せない。

 特に一番気をつかったのは、父親だった。


 大西の父は、警察官だった。正義感を体現したような人物で、とにかくルールにうるさい。


 正しくありなさい、と彼はしつこいくらいに自分に言ってくる。


 自分はそうだと、まるで疑っていない。

 そんな彼を、善意をプログラムされたアンドロイドみたいだな、とうっすら軽蔑していた。




 大西は、自分の欲を俯瞰的に捉えていた。


 殺す、という行為には責任が伴う。それは誰がどう考えたって明白だった。もし仮に、「殺されたい」なんて思っている人がいたとして、それとは根本的に違う。前者は加害であり、後者は被害だ。

 社会がどちらをより重く裁くかなど、考えるまでもない。



 それが分かっているからこそ、大西は自分を抑え、隠した。


 中学生になると、スプラッタホラー映画にのめり込んだ。深夜、ヘッドホンをつけ、部屋の明かりを消して画面を凝視する。

 内臓が飛び出し、体がバラバラになっていく映像を見ていると、胸の奥に積もっていたストレスが、少しだけ薄まった。



 完全に消えることはない。だが、十分耐えられる程度になる。


 それで十分だと思っていた。


 高校生になるころには、欲の扱い方も上手くなっていた。勉強も、部活も、それなりにこなした。

 友人もいた。恋愛の話題にも、適当に相槌を打った。タイプを聞かれても、うまい返しはできなかったが。

 「輪切りにさせてくれる人」と答えられたなら楽だろうなと思いながら、社会の中で生きていくための正解を、大西は感覚的に理解していった。


 だからこそ、余計に思うことがあった。



 

 ――不公平だな。



 殺したいと思っているだけで、自分は常に「危険者」に分類される。実際には何もしていないのに、想像の段階ですでにアウトだ。もし、殺されたいと思っている人間がいたとしても、その責任は最終的に、行為を実行した側――つまりは自分に押しつけられる。


 同じ異常者なのに。


 その考えは、何度も頭をよぎった。だが、大西はすぐにそれを打ち消した。

 理屈では理解している。被害者と加害者という構図がどうしても生まれてしまう以上、仕方がない。納得はできなくても、受け入れるしかない。



 大学を卒業し、働き始めてからも、その感覚は消えなかった。


 満員電車の中、隣の人間の首筋を見て、想像が走る。

 手をのばせば届く距離。


 だが、同時に別の声が響く


 ――やらない。やれない。



 それは恐怖ではなかった。倫理でも、良心でもない。

 もっと単純な、計算だった。やれば、すべてが壊れる。それだけの話だ。



 いつしか大西は、ネットに入り浸った。


 匿名掲示板、裏サイト。誰にも特定されない場所で、自分の欲を言葉にする。


 「殺してみたい」


 その文字を打ち込むとき、指先が少し震えた。

 だが、それ以上の感動はなかった。


 返事は、意外なほど静かだった。


 多くは冗談か、煽りか、空虚な共感だった。


 自分は違う、

 ネットの中でも、疎外感が完全に晴れることはなかった。






 ある日、いつものように掲示板に書き込んでいると、一つだけ、違う反応があった。



 「殺されたい」



 短い言葉だった。説明も、装飾もない。ただ、事実のように置かれていた。


 大西は、画面を見つめた。


 胸の奥が、ゆっくりとざわめいた。自分と正反対の欲。

 それなのに、不思議と嫌悪感はなかった。むしろ、理解できてしまった。



 ――同じだ、



 社会から見れば、どちらも異常だ。

 だけど、方向が違うだけで、本質は似ている。

 そう思った瞬間、大西は初めて自分の欲を誰かと共有できる気がした。


 だが同時に、現実的な思考が顔を出す。


 もし会えば、

 実行しようという話になったら、責任は自分に来る。

 相手が望んでいたとしても、殺す側になるのは自分だ。

 

 それは変わらない。


 それでも、大西はメッセージを送った。


 理由ははっきりしていなかった。確認かもしれないし、ただの好奇心かもしれない。

 あるいは、長いあいだ押し殺してきた衝動が、静かに背中を押したのかもしれなかった。


 やりとりは、驚くほど淡々としていた。


 感情的な言葉はなく、互いの欲について、まるで天気の話でもするかのように話した。その冷静さが、大西には心地よかった。






 そして、待ち合わせの場所と時間が決まった。


 駅前の小さな喫茶店。夕方。


 当日になっても、ガラス越しに見える街は、いつもと変わらない。人が行き交い、信号が変わり、誰もがそれぞれの目的に向かって歩いている。


 その中に、自分と同じ「異常」を抱えた人間がいる。


 大西はコーヒーカップに口をつけながらそう思った。


 これが、鳴海との出会いだった。



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