最終話 秒針はまだ追いつかない。
店のシャッターを下ろす音が、
いつもより少しだけ長く響いた。
「はい、おつかれさま」
店主が言って、エプロンを外す。
「おつかれさまでした」
私と、いとと、ひより。
三人分の声が、微妙にズレて重なった。
ガラスケースの中には、今日も時計が並んでいる。
私の腕には、新しい時計。
文字盤はまだきれいで、
ベルトも、少し硬い。
ローンの明細は、まだ鞄の中にあるけど。
「ねえ琴葉」
いとが、私の腕を見る。
「まだ、ちょっとぎこちないね〜」
「……分かる?」
「分かる分かる!」
「動きがさ、“借りてる感”あるっていうか〜」
「ひどい!」
ひよりが、小さく笑う。
「でも、似合ってるよ」
「……ありがとう」
素直に言われると、ちょっと照れる。
「秒針さ」
いとが、自分の時計を見ながら言った。
「最初は、見てるとずっと速く感じるんだよね」
「速い?」
「うん。追いかけてる感じ」
「分かる気がする」
私も、自分の時計を見る。
確かに、まだ落ち着かない。
父の時計を思い出す。
止まっていた秒針。
何も言わずに、そこで止まっていた時間。
あれは、追いつけなかった時間だった。
「でもさ」
ひよりが、何気なく言う。
「そのうち、気にならなくなるんでしょ」
「なるなる」
いとが即答する。
「気づいたら、横にいる感じ」
「横?」
「うん。一緒に歩いてる感じ」
ひよりは、自分の時計を見る。
「私はさ」
「?」
「時間見る時、服とのバランスの方が気になるかも〜」
「それ、ひよりらしい」
三人で笑う。
「ねえ」
いとが、スマホを取り出した。
「せっかくだし、写真撮らない?」
「写真?」
「うん。三人で!」
「いいね!」
ひよりも、うなずく。
「待って」
私は、慌てて言った。
「時計も、写そうよ」
「え」
「三人で」
「……あ」
いとが、
一瞬考えてから、
にやっと笑う。
「それ、いい」
「三針だね」
「三針?」
「時針、分針、秒針」
「誰がどれ?」
「琴葉は秒針」
「え」
「まだ追いついてないから」
「ひどい!」
でも、否定できなかった。
三人で、腕を寄せる。
それぞれ違う時計。
それぞれ違う時間。
でも、同じフレーム。
シャッター音。
画面に映った写真を見て、
私たちはまた笑った。
ちょっと距離が近くて、
ちょっとバランスが悪くて。
でも、悪くない。
父の時計は、
もう止まっていない。
私の時計は、
まだ馴染んでいない。
いとの時計は、
変わらず元気で。
ひよりの時計は、
今日の服に合っている。
秒針は、まだ追いつかない。
でも、
だからこそ。
時間は、
ちゃんと進んでいる。




