最終話
遠ざかる故郷を甲板から眺めるレネ。光を集めて束にしたような金色の髪が揺れている。
やっぱり寂しさを感じるのか、声をかけずらい。
「アタシは向こうで金持ちで社会的地位が高くて背が高いいい男を捕まえるぜ。残念だな、レネ」
センチメンタルな気分をぶち壊すセラさん。何事も前向きなのはいい事ですけど。
そんなセラさんにさすがに笑みをこぼすレネ。
「私は、私の一番に出会いましたから」
そう言って僕を見る。慈愛に満ちたレネの笑顔は
世界中の幸福を集めて凝縮したくらい可愛い。思わず恥ずかしくなるほど。
「フン、アタシは選び放題だからな。後で悔しがったって知らねえからな」
自信満々なセラさん。僕よりもいい男を捕まえるという宣言だろう。僕よりいい男——そんなにハードルは高くないような。
そんな言葉を聞いたレネ。僕の手を取る。
「私を悔しがらせないで下さいね?」
「が、がんばります」
プレッシャーをかけられた。セラさんがこれから出会う(であろう)人物像を考えれば、生半可な努力では足りないかもしれない。
「でも、何があっても私にとってはショウさんが一番ですよ?」
「レネ、小僧を甘やかすな」
「本当の事です」
レネの言葉には迷いが無い。そんな真っ直ぐな愛情表現を僕は出来ているだろうか。
レネの肩を抱いて遠ざかる島陰を眺める。
「レネ・・・僕、レネの想いに応えられるように頑張るから。一杯努力して、レネを幸せに出来るように死ぬ気で頑張るよ」
うまく言葉に出来ない。こうやって命を賭けようと思ったのは初めてだし。
「違いますよ」
レネは僕に体を寄せてくる。伝わって来る体温と、穏やかで甘い匂い。
「一緒に幸せになるんです」
「そっか」
「ケッ、いちぃちゃしやがって」
通じ合った僕とレネには、セラさんの悪態も祝言に聞こえる。でも、これから乗り越えるべき障壁の多さを考えれば、今は許して欲しい。
まずは両親にどう報告するかを考えなければ。同じ学校に通うとなれば、クラスメイトとどう接せればいいかも。僕たちの仲を説明すればいいのか、レネとセラさんはセイレーンだって説明した方がいいのか。
到着するまでに考えておかないと。
「お、あいつら」
セラさんが声を上げる。その視線の方を眺めると、桟橋の辺りからいくつもの小さな影が空に飛び立つのが見えた。
一つや二つではない、数十もの影。
それらは空中を踊るように跳ね回ると、いくつかの影がこちらに向かって来た。
「少年、レネを頼んだぞ」
黒い翼をはためかせるリンさん。
「セラ、オレにもいい男を残しておけよ」
「ああ。エロいセイレーンがいるって宣伝しといてやるよ」
真っ赤な髪を揺らしながら言うイナさんに答えるセラさん。
それはやめておいた方が・・・。
「ショウ君、早まっちゃダメよ?」
ゆったりと浮かぶママ。
どういう意味だろうか。
「皆さん、ありがとうございます」
レネは大きく手を広げると、同時に翼を広げてふわりと浮かび上がった。セラさんも続く。
手を取り合って輪になるセイレーン達。それは天使が戯れているようで、踊っているようで。
僕は今日、そんな天使様と共にセイレーンの島を後にする。
レネのちょっとした『うっかり』で始まったこの漂流生活は、様々な思い出を残してその生活は終わりを告げる。
これから向かうのは天国ではないけれど、この天使様と一緒ならどんな事でも乗り越えられるはず。
この澄み渡る空のように、曇りも迷いもないに違いない。
レネが歌ってしまわないように、それだけは気をつけないと。
嵐はいつでもやって来るからね。
—— 完 ——




