49 離さないで
それからたっぷりと時間をかけて心を落ち着かせてから、僕とレネは家に戻る。
レネは僕の隣。手を繋ぐわけでも腕を組むわけでもないけれど、確実に熱くてのぼせそうなその温度を感じる事が出来る。
気恥ずかしさから中々顔を見る事は出来ないけれど、家を出た時よりも幾分足は軽い。
少し息を整えてから玄関ドアを開ける。
「レネっ!」
ドアが開くと同時に飛び出してきたセラさんが、レネに抱きつく。
「あ、あの。セラ?」
目を白黒させるレネ。
「良かったなぁ・・・本当に良かった・・・レネ」
な・・・何でセラさんが号泣してるの?
セラさんに続いて三人も僕らを迎えてくれる。
「うむ。いい口づけだった」
えっ!?
「ロマンチックなキスね。ママ感動しちゃった♡」
えっと、あの・・・。
「いいなぁ。ヤリ放題」
ちょっと今はそれやめよう。
「ねぇ・・・見てたの?」
額から汗が流れる。そりゃあ、見えない距離ではないけども。
「うむ。皆んなで固唾を飲んで」
「いいわねぇ・・・昔を思い出すわぁ♡」
「舌は?舌は入れたか?」
そこ、わくわくしない。
「あ、そうか。舌入れちまったら、始まっちまううからな」
何が?
イナさんは放っておこう。
「うう・・・レネ・・・レネ・・・良かったな・・・良かったよ・・・小僧が思ったほど馬鹿じゃなくて良かったよ・・・」
レネに抱きついて号泣するセラさん。レネは困ったようにその頭を撫でている。
「おい小僧」
ふいにセラさんが涙でぐちゃぐちゃの半眼を僕に向ける。
セラさんは鼻をずずっと啜ると、
「レネ幸せにしなかったら容赦しねぇ。◯すからな」
震える声で言った。
えーと・・・この人達は全部聴いてたのかな?だとすれば僕が言えるのはただ一つ。
「は、はい」
「うおぉぉぉぉぉ!少年が誓ったぞ!」
「言質とったわ♡これでもう離れられないわね♡」
「あああああ!興奮するぜ!レネママキスしていい!?舌入れていい!?裸にひん剥いていい!?」
「あん♡私には大切な人が♡」
「今日だけ!一発だけ!」
・・・僕の一言で大騒ぎが始まってしまった。
何か怖いから逃げようかな。
そう思ってレネと目くばせするけど、
「おい」
セラさんに腕を掴まれる。
・・・碌な事を言われない気がする。
「テメエが本気なら、この場で証明してみろ。ここで、皆んなの前でブチュっていってみろ。出来ねぇなら認めねぇぞ」
「え?」
「ちょ、ちょっと待って下さいっ」
「良いわね♡さっきは遠目からだったし」
「よーし、じゃあここにある坊主のスマホで撮影するか」
い、いつの間に!それに、どうしてカメラが起動しているんだ!
こ、これはイジメではないのか!?
「ほらほら」
「くっつけくっつけ」
セラさんとリンさんにそれぞれ押され、僕とレネは密着させられる。
「はぁ・・・私から娘が巣立って行くのね・・・」
「よぉし。準備オッケーだぜ」
ピロリンと撮影を開始した音がする。
レネと顔を見合わせる。いや、普通に恥ずかしいだろ。
「まあ、少年」
リンさんが僕とレネの肩を叩く。
「皆んな心配しているのだよ。ここで私達を安心させると思って、ブチュっと強烈なのを頼むよ」
「そうは言っても・・・」
人前で平気で出来るほど経験豊富じゃないよ。なんたって実質初めてだったんだし。
困ったように赤くなるレネと顔を見合わせる。
「ほらほら。客を待たせるな」
客って何だ。
「やらない限り帰らないぞ」
なんてタチが悪い客だ。
そうは言ってもそう簡単に出来ないよ。さっきだってとんでもない覚悟が必要だったんだし。レネだってそうだよね?
「ショウさん」
レネも同意すると思って、レネの方を向く。
すると、
「ちゅ」
レネの唇が僕の唇を捉えた。
「「「「おおっ!」」」」
盛り上がるオーディエンス。
呆然とする僕。
唇を離したレネはしてやったりという顔をしている。
「ショウさんは私のものです。もう我慢しません」
きっぱりとした宣言。
さっきの今なのに。女の子って怖い。
喧騒が去り。
四人は帰って行った。怪しげなにやつきを残して。
そして寝室にレネと二人。
・・・気まずい。
いや違う。これがいつも通りじゃないか。いつも一緒の布団で寝ているじゃないか。いつもと何が違うんだ。
これまでと違う事——二人で気持ちを確かめ合って、想いあっている事を確認した。
そんな状況で一緒に寝られる訳ないだろう。
僕の衝動が止められる気がしない。
「・・・僕は床で寝るよ」
「え・・・?」
「うん。僕は床で寝る」
「・・・はい」
レネはたっぷり間を置いて返事をして、ベッドに潜り込んだ。僕の気持ちを察してくれたみたいだ。
僕はレネからブランケットだけもらい、床に横になる。床は硬いけど、僕の衝動を抑えるにはこれで充分。
レネが部屋の電気を消す。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
言ったものの。緊張が取れない。
僕の大好きな人で、僕の事を想ってくれている人が同じ部屋にいる。
意識するなというのが無理な話だ。
何だか息苦しい。全然眠くない。
レネとくっついていないから眠れない、という訳じゃない。もしくっついていたとしたら、もっと眠れない。
暗闇を見つめる。
「ショウさん?」
暗闇からレネの声。
「どうしたの?」
僕が答えると、レネの方から布の擦れる音。うっすらと、ベッドから小さな手が伸びてきた。
「手を握っていたいです」
「・・・うん。いいよ」
その小さな手を握る。
「ふふっ・・・こうしていると安心出来ます」
お互いの体温を感じる事で心が休まる。それは僕も同じだ。
「離さないで下さいね?」
「分かってるよ」




