48 私を
次にやって来たのは砂浜。目の端にレネの家がみえるここはそれこそを思い出が様々ある。
「昨日は皆んなで遊んだしね」
「ショウさんよっぽど疲れていたんですね。今朝、全然起きませんでしたから」
口元に手をあてて笑うレネ。
「楽しかったからね」
もしかすると一年分遊んだかもしれないな。
「その前は二人で泳ぎの練習したし」
あの時のレネの水着姿を思い出して顔が熱くなる。克明に思い出す事は出来るけど、さすがに実物にはかなわない。
「ほとんど遊んでましたけどね」
「あの時も楽しかったよ」
恋人同士みたいだった。
やっぱりあの時が一番だな。
それにしても、レネがあの時僕の頬にキス攻めしてきた事は覚えているのだろうか。あの時は夢に出て来た甘い物と勘違いしているだけだと思っていたけど、どうなんだろうか。
あの水着も含めて、僕が勝手に悩殺されそうだった。
「ショウさんはどっちの水着がお好みでしたか?」
悪戯っぽく聴いてくるレネ。
いやこれは難問。布面積が微妙に足りない前回の水着も良かったけども、昨日の可愛らしい水着も悪くない。いやでも、どっちが、って決めていいものなのだろうか。
「どっちも可愛かったよ」
卑怯な答えだけど、これが本音。きっとどんな水着を着ていても、レネが着ているだけでそれだけで可愛いに違いない。
でもレネはその答えに不満そう。
「もっと布面積が小さい方が良かったですか?」
「・・・っ!」
「冗談ですよ」
揶揄っているな。レネ。思わず妄想しちゃったじゃないか。
でも、せっかくなら際どいのも着てみてもらえばよかったかなーと思ったりもする。着てくれるかどうかは分からないけど。
「私が勝負に勝った事を覚えてますか?」
「ああ、そう言えばそうだね。僕に言う事を聞かせられる権利を持ってたんだっけ。何をさせるか決まったのかい?」
「まだです。まだ・・・もうちょっと・・・」
「まだって、もう——」
時間がない。
と言いかけて、言葉を飲み込む。
それを再確認するのが怖い。
こうして思い出話をしている場合でもないのかもしれない。
僕は大きく息を吐く。心臓が一度だけ大きく跳ねる。
ただ、その後は自分でも意外な程落ち着いていた。
「でも、レネには改めてお礼を言わなきゃいけないかもね」
僕はそう言ってレネと向かい合う。月明かりの中でも、星空の下でもその彩を失わない、その青い瞳。その瞳の中に僕が映っている。
「お礼ですか?」
「うん」
この場所はそう、波にさらわれて溺れた僕を、レネが救ってくれた場所でもある。
「結局レネには二回も命を救われた事になるんだね」
「私は、必死だっただけです」
そう言うとレネはうつむいた。
「それに、最初は私のせいでした」
消え入りそうな声。心がムズムズする。
「そんな事言わないでよ。そのおかげで僕はレネと出会えたんだ。僕にとっては、それが何より大切な事だよ」
「でも・・・」
「でもじゃないよ」
僕はレネの髪の毛に触れる。闇夜の月明かりのような、美しくて気高い金色の雫。
「僕にこんなに大切なものをもたらしてくれたんだ・・・僕が人生をかけて守りたいって、初めて思えたよ・・・」
レネが顔を上げる。驚いたように息を飲む音が聞こえる。
月明かりに照らされたレネは白くて、儚くて、手を離せば遠くへ行ってしまいそうな危うさがある。だからしっかりと捕まえておかなきゃならない。
「ねえ、レネ」
僕はレネをそっと抱きしめる。
「覚えてる?あの時ここで約束したの」
僕が目を覚ました時、泣いているレネと交わした約束。
『約束して下さい』
『私を一人にしないって』
『一人にはしないよ』
あれは決してその場しのぎの言葉じゃない。
レネが小さく頷く。
「でもやっぱり僕は帰らなきゃいけない。残して来た物が多すぎて、帰らない訳にはいかない」
「はい・・・」
「ごめん。僕がもっと大人だったら、ここでレネと一緒にいられたかもしれない。でもやっぱり僕はまだ子供で、何の能力もない」
残念だけど、それが現実。まだ、大人の庇護の元でしか生きられない。でも、それだけで諦めるわけにはいかない。
「僕は・・・レネの事が大好きだ。このままずっと離れたくない・・・レネを一人にしたくない。だから・・・」
僕は決めた。もう逃げない。
ここで抵抗されても、拒絶されてもかまわない。僕はレネに真っ直ぐに想いを伝える。
「だから・・・僕と一緒に来てほしい」
沈黙が流れる。
吐息がかかる距離で、僕とレネは見つめあう。
潤んで見開いた瞳。震える唇。その答えは言葉じゃなくてもいい。
それに、断られたっていい。このまま黙って後悔を残してこの島を去りたくない。断られたとしても、レネを好きなまま笑って別れたい。
僕の独りよがりな気持ち。でも、これで最後だ。
ここから全ての音が消えた気がする。
音の無い世界で、どちらからともなく唇が引かれ合う。甘くて震える吐息。そして震える唇が、声にならない言葉を紡いだ。
それと同時に閉じた目から一筋の涙が流れる。
僕も声にならない言葉を唇で紡ぐと、ゆっくりと目を閉じて——
確かに重なり合ったレネの唇は、少しだけ涙の味がした。
ほんの数秒の触れるだけのキス。唇だけでなく、裸になった心も触れ合い、混ざり合う。
「あ・・・」
唇が離れると、レネは小さく声を漏らした。
甘い物を食べた時よりも溶けたレネの瞳。レネは一度その目を伏せて、決心したようにもう一度僕を見上げる。
レネは僕の首に腕を回し、背伸びをして再び唇を押し付けてきた。
今度は熱く、長く、強い。
それに負けないくらい、僕はレネを強く抱きしめた。
それから数秒、数十秒——
時間を忘れていた僕たちがどちらからともなく離れ、至近距離で見つめ合う。
——急に恥ずかしくなってお互い目を逸らす。
今になってから心臓が信じられないくらいに暴れ出す。それはレネも同様。触れ合った体から伝わる鼓動は、僕の物か、レネの物か。
そして改めて実感する。レネとキスをした。受け入れてくれた。その事実で胸がいっぱい。
僕の胸に額をぐりぐりするレネもそんな気持ちなんだろうか。
表情を見たいけども——全然顔を上げてくれない。
こうしたまま数十秒。唇を触れ合わせていた以上の時間おいて、レネはようやく顔を上げる。
「ショウさん」
上目遣いのレネ。月明かりの頼りない灯りの下では、頬の染まりは分からない。
「私がショウさんに何をお願いしようとしていたか知りたいですか?」
「うん。知りたいな」
まだちょっと目を合わせるのは恥ずかしいな。
レネはゆっくりと瞬きをして目を細める。
「私を一緒に連れて行って下さい」
「え?」
「ふふっ。でも、この権利を行使する必要は無いようです」
「・・・それって、それが答えだって思っていいのかい?」
僕の問いかけに、レネは一瞬の間を置く。ここへきて違うと言われたらどうしよう。
レネは口元に笑みを浮かべる。
「お願いを変えなければなりませんね」
笑っているのか、泣いているのか分からないレネは、目を閉じて一つ大きくゆっくりと息を吸い込んだ。
「私を離さないで下さい」




