45 女子会と説教
賑やかな話し声が聞こえ、僕は目を覚ました。
昨日は結局あの四人のセイレーンに朝から晩まで連れ回され、海で出来る遊びはすべて遊びつくし、疲れ果てた僕は夕食もそこそこに布団に潜り込んだのだった。
そこから泥のように眠り、もうお昼近い雰囲気だ。
当然のように、いつも隣で寝ているレネの姿はない。今日は実際に隣で寝ていたのかどうかも定かではない。全く気づかなかったからだ。
レネの甘い匂いと微かな温もりを感じる気がするので隣で眠っていたのだとは思うが、一緒にいられる時間が残り少ないかもしれない事を考えると、眠る泥になった事を後悔するしかない。
「あと何回一緒に寝られるのかな」
ふいに呟いて、自分で驚く。
いつの間にこんな甘ったれな人間になってしまったんだか。この島を離れた後、一人で寝る事が出来るかどうか不安になるほどだ。
とは言え、数週間も一緒の布団で眠っていながら、おかしな行動を起こさなかった自分を褒めてやりたい。勿論最初は、柔らかいだとか、温かいだとか、触ってみたいだとか、見てみたいだとか、キスしちゃおうかとか、欲望に基づいた衝動にかられる事はあったが、時間が経つにつれ、レネへの想いが募るにつれ、そんな事は思わなくなって行った。
大切にしなきゃいけないとか、傷つけちゃいけないとか。そんな事ばかり考えながら、レネを隣に感じていた。
その気持ちが僕の独りよがりじゃなきゃいいんだけどね——
そんな時を考えながら体を起こす。体が重い。
昨日は散々連れ回されたからなぁ。しっかし、あの四人はセイレーンなだけあって(?)人間離れした体力をお持ちのようで。ダイニングから聞こえてくる賑やかな声はおそらくその四人だろう。
単に僕が四人に遊ばれていたから、消費体力が四倍になっただけかもしれないが、起きるのも億劫だ。
でも、残り少ない時間をベッドの上で浪費するのも勿体無い。
ベッドから抜け出てダイニングへと通じるドアを開ける。
「あら♡ショウ君起きたのね♡」
「あれ?レインさんもいる」
「ママでしょ♡」
「いや、ええ、ママ」
四人だけかと思ったら大ボスがいましたよ。
ダイニングには美女五人が勢揃いしていた。体制としては、正面に座るレネの方を全員が向いている状態。レネが詰められているようにも見える。
「何やってるの?」
困ったような顔のレネの隣に座るリンさんに尋ねる。
「うむ。ちょっとレネに説教をね」
「説教?」
なんでレネが説教されているんだか。
すると、レネの後ろに立っていたイナさんが人差し指を立てる。
「いつもくっついて寝てるくせに、未だに襲いかかってないから説教」
「そんな説教しないでよ」
「イナは不満らしい」
「それに、オレが坊主の寝込みを襲おうとしたら止められたから説教」
「それは止めてもらってありがたい」
「実際止めたのは全員なんだが」
「じゃあ、記念に一人一発ずつ」
一発とか言うな。
「え?私には大切な人がいるから♡ショウ君の事好きだけど、困ったわ♡」
「いや、本気にしないで」
「アタシのハジメテは死んでもやらねぇ」
「ふむ。子孫繁栄の為には合理的かもしれん」
様々な意見がある。いや、でもさすがに本気ではないだろう。
「イナさん、いい加減そういう悪ふざけはやめようよ」
僕が言うと、イナさんは歯を見せていひひと笑う。明らかに揶揄っている人の顔だ。
ったく・・・まあ、皆んなも分かってて軽口を叩いているだけなんだろうけど・・・
いや、一人だけ。
顔を真っ赤にしてぷるぷる震えるレネがいた。
「・・・し、ショウさんがそうしたいと言うのなら私・・・」
「本気にしちゃダメだって」
本気にしたとしてもそんな想像力を掻き立てるような事言ったらダメだって。
つか、レネ意味分かってるの?
「でも記念とは言え唇を交わすのは・・・」
なんか良かった。意味分かってなかった。
そんなレネを見ながらにやにやする他四人。
「多少は説教の効果はあったみたいだな」
「もう一押しだな」
「まどろっこしい奴らだな」
「うふふ♡私の娘、可愛い♡」
なんか企んでるなこの人達。
「そういう訳だから」
リンさんは手を叩くと僕の方を見た。
「これは女子会なものでね。少年にいてもらっては困るのだよ」
「え?困る?」
「聞かれちゃあ恥ずかしい話とかあるだろ。女の子って繊細だからよ」
「イナさんにはなさそうだけど」
「まあ、オレには無いけど」
やっぱり。
「いいから小僧は出てけよ。野郎に聞かせる話じゃねぇんだ」
「ごめんねショウ君。ママと一緒にいたいのは分かるんだけど♡」
どうも僕を追い出そうとする四人。残り時間も少なくて、せっかく皆んな集まってるのに僕だけ除け者にされる寂しさ。
とは言え、僕に抵抗できる訳もなく、
「・・・はいはい。釣りでも行ってきます」
とぼとぼと外へ出た。
「あーまー、釣れないよな」
よくレネと釣りに来る桟橋のように海に突き出た岩の上で、僕はぴくりともしない竿先を眺めながら呟いた。
元より僕には釣りの才能が無いのか、一度も魚が釣れた事がない。大概レネが釣り上げるのを手伝っているか、応援しているかしかない。
どう言う訳か、いつも僕の釣竿には魚はかかってくれない。
レネがお魚さんと心を通わせれば——なんて行っていたが、僕と魚は心が通っていないらしい。
追いかけるだけじゃダメとも言っていたっけ。恋愛みたいだなんて思っていたけど、僕は魚つりにしても恋愛にしても、駆け引きは苦手らしい。
レネへの恋心を自覚したけど、結局どうしたらいいか分からないし。
それを整理させるために僕を一人にしたのかな?だったらありがたいっちゃありがたいけども。
そもそも答えはまだ出ないのだ。僕が本当に帰るのかどうかも含めて。
帰る事になるんだろうって他人事のように思っているけど、あまり実感はない。だからか、あまり真剣に考えられない。
「でも、ちゃんと考えなきゃな」
期限は待ってくれない。来週には船がやって来てしまう。
「いっその事、一回スルーしようかな」
ママの話によると、船は月一回のペースで来るらしい。来月もおそらく同じようなタイミングで来るだろうから、今回はスルーして様子を見る、という手も無くはない。
「でも、それじゃあ問題を先送りしてるだけだしな」
先送りして意味があるのかどうか。
「先送りしてもしなくても、僕がレネの事が好きなのは変わりない」
レネと一緒にいたいっていう気持ちも変わりない。
だったらどうすべきか。
考えられる結論は二つしかない。僕がここ留まるか、レネに一緒に来てもらうか。
そうなるとまた問題なのは、レネの気持ちだ。
僕と一緒にいたいって思ってくれているのか、ただの甘いもの担当だと思われているのか、特になんとも思われていないか。
それを確認——しなきゃならないのかなぁ。
いつも一緒に寝てる現状だったり、この間の温泉での出来事を考えると、自分を卑下にする必要はないのかもしれない。でも、今まで彼女がいた事もなく、告白された事もないような僕が、あんなに可愛い女の子に好かれているなんて、どうしても思えない。
だからやっぱり、ここでは何も無かったフリをして黙って別れた方がいいのだろうか。
結局昨日と同じ考えに行き着く。
でも、『そんなんじゃダメだ!』って力説してる僕もいる。
「はぁ・・・恋愛って難しいな」
こんな事をしみじみ思う日が来るなんて。
僕は魚が釣れぬまま、日が傾くまで悩み続けた。




